第39話 観察
外から忙しない感じで足音が近付いてきて、ひとりの男が部屋に飛び込んできた。
青色の短髪が特徴のナイスミドルだった。
銀色の甲冑に身を包み、腰には一本の剣を差している。
通りで見掛けたことがある、この街の衛兵の出で立ちである。
その男は部屋の中を見渡して怪訝な表情をしてから、僕に視線を向けてきた。
状況がわからないので、説明してほしいのだろう。
天井に刺さってる男とか、奇妙すぎる光景だしね。
「この宿に宿泊している客から通報を受けて来たんだが、これはどういう状況か?」
ふむ。あれだけ派手に部屋を探していれば、通報もいくか。
「この男が、うちのサーシャを襲っていたから、返り討ちにしたんだよ。どうやら、この3人は略奪旅団とかいう組織に所属しているらしいね」
「なにッ!?略奪旅団だと!?それは本当か!?」
途端に顔色が変わって、凄い剣幕で問い質してくる衛兵の男。
僕は少し引きぎみに、頷く。
「それが誠ならば、大手絡だな……ん?今、3人と言ったか?」
「あぁ、もうひとりは、下の受付で家具とかの下敷きになってるよ」
「そうか、わかった。そっちも回収しておこう…………」
じーーと、こっちを凝視し始めた男。
僕の顔に何か付いているんだろうか。
「君はもしかして……ザブンという男を知っているか?」
男が聞いてきたのは、門番に引き渡したあの奴隷商人のことだった。
「ザブンって奴隷商人の?それなら衛兵に」
「そうかッ!やっぱり君たちか。黒髪黒目の少年と獣人の少女という組み合わせは中々ないからな。思った通りだ」
「……なるほど。ちゃんと届いたんだね」
「うむ。ザブンのバックには、この街の領主であるガバッド・プルーク子爵がいてな。中々手を出せないでいたんだが、今回違法奴隷の現行犯で捕らえることができたんで、奴の屋敷を捜索したら、不正や犯罪の証拠が大量に出てきたんだ。まぁ、現行犯といっても捕らえた本人がいないし、証拠もなかったからギリギリだったが、都合よくガバッド子爵がいなくてな。ザブンも気絶しているということで、そのうちに捜索を敢行したというわけだ。というわけで、俺たちこの街の衛兵は、お前さんに感謝してるんだ。今回の件も含めて礼を言う。ありがとう」
「いえいえ。しっかり捕まえてくれたならよかったよ」
まぁ、大量に犯罪を犯していたみたいだったからね。
当然の帰結かな。
それから、数人の衛兵がやってきて、略奪旅団の男たちを連行していった。
一階で、暫く店主のおじさんを看ていたら、奥さんと娘さんが帰宅した。
どうやら、ただ単に買い物に出掛けていただけみたいだった。
奥さんは、衛兵の人から事情を聞くと、何度も僕に頭を下げてきた。
僕は何もできなかったので、凝縮しっぱなしだったが。
どうしても何かお礼がしたいと言うので、別の部屋に変えてもらい、そこにリオラを寝かせた。
「本当にこんなことでいいんですか?主人を助けていただいて、なんでしたら、滞在中は宿泊費タダでも……」
「いえ、さすがにそこまでしてもらうわけにはいきませんよ。僕は間に合わなかったので」
正直、サーシャが守れればそれで良かった。
店主のおじさんのことなんて、ドアを開けるまでは忘れていた。
だから、ここまで低姿勢で感謝されると、僕はペースを乱される。
なんとか奥さんを宥めて、おじさんの部屋から出ると、壁にサーシャが寄りかかって僕を待っていた。
「敬語使うなんて珍しい」
僕は少し思うところがあって、地面を見ながら呟く。
「僕は自分のことしか考えてなかった。あの人を助けたのだって、言ってしまえばサーシャのついでだよ。感謝されるようなことはしていないから……」
「ケイは優しい」
意図しないことを言われて、顔を上げると、視界が塞がった。
この柔らかい感触で、僕はサーシャに抱き留められているのだと、一拍遅れて気付く。
「ふーひゃ」
「ケイの意外な弱点見つけた。これは、リーザもエンリも知らなそう」
「?」
「結果的にケイが助けて、店主のおじさんは助かった。それで、あの人は、ケイにお礼を言った。ただそれだけのこと」
「…………ふぉう、やれ」
「うん」
「ふーひゃ………ふるひい」
「あっ、ごめん」
サーシャの胸から解放されて、一息つく。
どうやら、慰められたらしい。
「ありがとう、サーシャ。………行こうか」
「うんっ」
サーシャは結構着痩せするようだ。
胸に埋まって、危うく窒息するところだった。
◆◆◆◆◆
僕はサーシャを伴って、ガンド商会の本店へ戻ってきた。
そこには、明らかに褒めてほしそうな、したり顔のリーザとエンリがいた。
「ケイー!もう、どこ行ってたの?アカネについての有力な情報が聞けたよ」
「本当?それは良かった。ありがとう」
トテトテやって来たリーザの頭を撫でると、凄く気持ち良さそうな顔で身を預けてくる。
相変わらずの甘えん坊さんで、こういうところはよく茜に似ている。
「ケイ様、おかえりなさい。サーシャさんがいるということは、宿に戻っていたんですか?」
エンリの疑問に頷いて、さっきまでのことを話す。
粗方話終えると、ふたりはさっきまでのしたり顔が消え、申し訳なさそうにする。
「サーシャたちがそんなことに……そうとは知らず、呑気にパフェなんか食べててごめんなさい」
「パフェ食べてたんだ」
「だって!ガンドお爺さんが勧めてきたんだもん」
「すいません、ケイ様。私も一口食べてしまいました」
どうやら、サーシャが大変なときに、助けてあげられなかったことが悔しいらしい。
そして──パフェ。
あるのか。
「ガンドの爺さんは?」
「あっ、なんか、仕事の用事が入ったらしくて、さっき出ていったよ。依頼完了のサインは貰ったから」
「くっ───パフェ………」
僕は手をついて、項垂れる。
「えっ!?もしかして、ケイも食べたかったの?」
「あーうん。まさか、この世界にパフェもあったとは」
「パフェなどの人気がある甘味は、ほとんど勇産と言われてますからね。……でしたら、私が今夜お作りします!」
「ほんと!?」
「はい」
エンリがパフェを作ってくれると聞いて、上機嫌で街を歩く。
ちなみに、『勇産』とは勇者産業の略で、異世界の勇者が持ち込んだ技術を総称してそう呼ぶそうだ。
どおりで、アンバランスな世界だと思った。
適当に昼食を済ませた後、僕たちはラメアの街を出る。
目的はもちろん、サーシャに手を出したあの連中の元凶を叩くためだ。
この街から少し西に行ったところに、奴等のアジトがある。
少しと言っても、皆で雑談して歩きながらなので、到着したのは街を出てから1時間後くらいだった。
幸い、賊にも魔物にも出くわさなかったので、これでも早い方だと思う。
「でも、あれ?おかしいな、この辺のはずなのに」
「本当にこの辺なの?なんか林しかないけど」
迷ったわけではない。
『ラメアより西に5km程離れた雑木林』とあったので、この目の前にある林で合ってるはず。
この辺の地理に詳しいサーシャも、恐らくここのことだろうと言うし。
だが目の前にあるのは、小さな木が乱立している雑木林しかない。
ふと、昔、居合かじりたての頃に、刀の師匠に言われたことを思い出した。
あれは……そう。
山で熊を斬るまで帰らせないし、飯も食わせないと無茶な難題を吹っ掛けられたときだ。
腹ペコになりながら、血眼になって熊を探す僕に、師匠は言った。
「そろそろ見つけないと、刀を振る力も無くなるぞ」
「そんなこと……言われても……熊なんかいないんじゃ……」
「フン。それはお前が、本当の意味で観察をしていないからだ。ただ眼で見るだけならば、そこらの動物にもできることだ。見るのと観察するのとでは大きく違う」
「……………」
「それがわからなければ、お前に刀の扱いは教えん」
何故か、今思い出した。
「観察か………」
僕は遠視スキルも使用して、雑木林を観察した。
疑ってかかると、不可解な点が幾つか見つかる。
まず、この水分の少なそうな大地で、一ヶ所だけ不自然に緑がある。
木々も、よく見れば等間隔に生えている。
自然の林では、まずあり得ないことだ。
そして極めつけは、虫、鳥、その他小動物がまったくいないということだ。
葉を食す小さな虫すらいないというのは、おかしいだろう。
「ふーん、なるほどね」
3人には少し離れてもらい、紫怨を抜く。
それを大上段に振りかぶり、寸分のブレもなく真下へ振り下ろす。
地中を斬撃が抉り、空洞に到達すると、足元の地面が崩れ落ちる。
地盤には、人が通れる程の道が存在していた。
慧の師匠は、ホームズ好きなのかもしれませんねー(^。^;)




