第38話 略奪旅団
感知結界。
時空魔法と索敵スキルを上手いこと合わせて作った、僕のオリジナルだ。
無色透明で、阻むのが目的の結界ではなく、この結界を通過したモノを術者に知らせる効果がある。
さらに、ただ入ったことがわかるのではなく、そのモノのシルエットとでもいうのか、結界を形成する膜を破られるイメージで、それの外的特徴を捉えることができる。
これにより、僕はサーシャたちの部屋に仕掛けていた結界を通過したふたりの人物に気付いた。
どちらもそれなりに身長があり、外から入ってきたということは、敵の可能性が非常に高い。
サーシャたちの知り合いが訪ねてきたという可能性もあるが、これはたぶんない。
なぜなら、感知結界に最初に触れたのは人の足で、歩いて触れるには少し高い位置だったからだ。
これは、ドアを蹴って開けないとまずこうはならないはず。
故に確信した。
僕の仲間に害を加えようとしている敵がいる、と。
茜を失ったあの一件から学んだことがある。
それは──もしものときに大切な人を守れる算段がないのなら、決して離れるな──というものだった。
◆◆◆◆◆
魔力節約のために、小分けして転移しながら、『月明かりの美女』という宿屋へ到着した。
道中、気を失って倒れていた男を拾い、引き摺りながら。
「サーシャもやるね。これは……僕の出番はないかな?」
そう呟いて宿屋に入ると、チンピラのような風貌の男が短剣を店主のおじさんに突きつけていた。
「はっはっ、ひでぇ顔だ。こりゃ、奥さんが見ても判別できねんじゃねぇか?つーわけで、お前のだーいじな家族は俺が売り払っといてやるよ。安心してあの世へ行け」
僕の視界に飛び込んできた状況、殴られ続けていたのか顔が腫れまっくている優しげだった店主のおじさん、それから今短剣を持っている男が言ったセリフ。
全てを加味したら、僕の中で何かがプツンと切れた。
短剣を振りかぶった男に一瞬で接近すると、力任せにがら空きの頬へ裏拳を叩き込んだ。
「ぶべえぇッ──」
豪快な音を発して真横へ吹き飛び、受付へ突っ込んで、家具の下敷きになる男。
その付近には、男のものと思われる欠けた歯がいくつか落ちていた。
下手したら、首が折れてしまったかもしれないが、今はおじさんの方に意識を向ける。
「おじさん、大丈夫?」
「うーー」
「……じゃないよね。今治癒魔法を掛けるからね。……ハイヒーリング!」
僕がおじさんに手の平を向けて魔法を発動すると、たちどころにおじさんの顔が元通りになる。
目を開けて優しげに微笑むと、気を失ってしまった。
「とりあえずは、これで安心かな。奥さんと娘さん、どこに行ってるんだろう。まさか、こいつらに人質にされてるとかじゃないよね?まぁ、それは後で聞くことにして、次は上か」
僕は、店主のおじさんを椅子を並べてそこに寝かせると、外に吹き飛んでいた方の男が目覚めそうだったので、引き摺りながら階段を上り、目的の部屋へ向かった。
僕は扉のない部屋の前にくると、無意識に掴んでいた男の首根っこを離した。
「お前、サーシャに何してんだ?」
自然と出た普段とは違う声音で、僕は自分自身に驚いた。
もうすっかり、サーシャのことを大事な守るべき仲間として認識していた。
もちろん、何かあったときのために感知結界を仕込んでいたのだが、ここまでキレるとは思わなかったのだ。
サーシャに少しずつ近付いていた男は、僕に向き直って口を開く。
「ほう、お前が──ウゥッ」
ゴンッ!──ドコンッ!
縮地法で男に肉薄し、顎を殴り上げて、天井へ男の頭を突き刺した。
それだけで意識を失ったのか、体がぷらんぷらん揺れている。
「汚い声で話しかけるな、不愉快だ」
僕はそれを一瞥してから、サーシャに近寄っていく。
「もう大丈夫。よく頑張ったね」
「ケイ……ごめん、油断した」
「これから強くなっていけばいいよ。それで、麻痺かな?」
立ち上がろうとしても、足が少し痙攣しているのを見て、状態異常回復魔法、コンディションヒーリングを掛ける。
そうして、麻痺の効果が消えたサーシャは僕の懐に飛び込んできた。
「………良い匂い」
「ん?」
「どうして、戻ってきたの?凄いタイミング」
「この部屋に結界を張っていて、もし何者かが通れば分かるようにしてたんだ」
「抜け目ない……さすが」
サーシャは心底信頼しきった目で、僕を見つめてくる。
ここまで体を無防備に預けられると、少しこそばゆく感じる。
いつまでも抱き合っていると、変なムードになりかねなかったので、サーシャの肩を掴んで少し離す。
断じて、フサフサの耳や尻尾が触りたくなってきたからではないよ、うん。
◆◆◆◆◆
サーシャが蹴っ飛ばした男が、一番浅く気絶していたので、最初に目を覚ました。
縄を縛っていたので逃げられる心配はなかったが、ギャアギャア煩かったので、軽く殺気を当てて黙らせた。
最初は、如何なる質問にも無言を貫いていた男だったが、僕が徐々に殺気を強めていくと、ある時を境にあっさり色々話し出してくれた。
まず、こいつらは何者なのか。
サーシャを相手に、卑怯な手段を使ったとはいえ打倒できたのだから、ただのチンピラということはない。
とは思っていたが、どうやら僕が想像していたよりも遥かに大きな組織のようだった。
その男が口にしたのは、『略奪旅団』という組織の名前だった。
詳しく聞くと、いくつかの国に跨がって活動している超巨大組織で、力でなんでも奪う盗賊団に近い組織らしい。
規模は、そこいらの盗賊団とは比較にもならないみたいだけど。
国も殲滅に乗り出してはいるものの、いつも蜥蜴の尻尾切りで、中々厄介な連中らしい。
まぁ、他国にまでは手を出せないみたいだからね。
噂では、帝国が略奪旅団を庇護しているとか、皇帝がその組織のボスだとか色々あるみたい。
それが本当だったら戻って凝らしめないとだけど、この国はだいぶ帝国を敵視しているみたいだから、信憑性は低い。
略奪旅団の名前も知らない僕に、その男もサーシャまでも驚いていたぐらいだ。
余程有名な組織なのだろう。
まぁそれはいいとして、一番重要なのは、こいつらの目的だ。
この目的次第では、元をしっかりと絶っておく必要がある。
今後もちょっかいを出されるのは、鬱陶しいことこの上ないからね。
「じゃあ、目的はなに?やっぱり、サーシャたちか?」
目を細めて、またも殺気に力を入れる。
すると男は、ガタガタと肩を震わせて失神してしまった。
床には、黄色い液体が流れている。
むさい男の失禁とか誰得?とか思いながら、クリーンで部屋を清潔にする。
「これじゃ、部屋変えてもらわないとだよ、まったく」
「ケイ、敵には凄く容赦ない……」
なぜか、またうっとり見てくるサーシャ。
見つめ合ってると、本当にヤバい。
茜を見つけるまでは、禁欲すると決めているから。
やっても、頭を撫でるぐらいまでだよ。
僕はサーシャから視線を外し、気絶している男に向き直る。
チラッと横を見ると、サーシャは普段の顔に戻り、話しかけてきた。
「でも、どうする?また寝ちゃったけど」
「どうしようか。こいつらは衛兵に突き出すとしても、目的聞けなかったね」
「あっ、そいつが少し話してた」
サーシャはそう言って、天井から体がぶら下がっている男を指指した。
「ケイも含めて、5人連れていくのが目的だったみたい……そういえば、あのふたりは?」
「リーザとエンリなら、情報収集をしてもらってるよ。でも、僕らもか……と、なると。この街に入ってから変な視線は感じなかったし、相手は限られてくるね」
男3人にそれぞれ神眼を使い、情報を比べてみると、一致する場所があった。
たぶん、ここがアジトかな?
「黒幕がいるはずだし、手痛いお仕置きをプレゼントしようか」
僕が不敵に笑っていると、またもやサーシャの熱い視線を感じた。
そのサラサラで柔らかい髪の毛を梳くようにして撫でていると、外からドタドタと足音が聞こえてきた。




