第03話 交通事故
前半茜視点、後半慧視点です。
「茜。ちょっとここにいてくれ。すぐ戻る」
怖い笑いを浮かべてそう言った慧を見て、私は顔も知らないストーカーに同情した。
あまりやりすぎませんように、と。
カフェオレを飲みながら少し待っていると、言葉通り慧はすぐに戻ってきた。
「ただいま。ストーカーにはちょっと寝といてもらって、今さっき警察呼んだから、茜は先帰ってな」
めんどくさそうにそう言ってくる。
私はやりすぎてないかが心配なんだけどなぁ。
でも、私がいても邪魔なだけだろうしね。
「うん。わかった!じゃあ、明日ね」
「うん、また明日!あぁ、もう暗いしなんかあったらすぐ電話してね」
いつもの慧の心配性が炸裂した。
私は苦笑いしながら頷くと、手を振りながら帰路についた。
家に帰ったあと、夕飯を食べていると警察の人がきたけど、少し事情聴取をして帰っていった。
犯人の人は結構な怪我だったらしく、全治二か月だと聞いた。
やっぱりやりすぎだと思ったけど、その人は刃物を持っていたらしい。
慧ならそれでもどうとでもできそうだけど、傷でもついたらどうするのよ!
少し心配になった私は、慧に電話して長々と相手をしてもらった。
やっぱり慧の声大好きだよ。
――次の日。今日は日曜日。
午後から慧とデートです。
なんたって正式に付き合ってから初めてのデートだからね。気合が入る。
私はさっきからずっとデートの準備をしていた。
「慧はショートパンツ好きだからね。やっぱこっちかな~。色は白だよね」
鏡の前で、あれじゃないこれじゃないとかれこれ30分くらい服を選んでいる。
鼻歌を歌って独り言をこぼしながら上機嫌に準備をしていると、時刻は既に13時を回っていた。
「うそっ、やばっ!あんまり遅刻すると不貞腐れちゃうよ!」
私は急いで支度を終わらせると、家を出る。
待ち合わせ場所は今年できたショッピングモール。
今日の私の服装、なんて言って褒めてくれるかなぁとか考えながら交差点を渡ろうとしたとき、それは聞こえた。
プウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!
車がクラクションを鳴らしながら、赤信号を突っ切っていたのだ。
そしてその車の先には、横断歩道の真ん中で立ち尽くしているひとりの子供がいる。
私は気が付いたら、体が動いていた。
目を開けると、視界には雲ひとつない青空が広がっていた。
体はほとんど動かせず、周りは仄かに温かい。
朦朧とする意識の中で、子供の泣き声や人の悲鳴が聞こえてくる。
ああ、たぶん私は酷い状態になってるんだと思う。
首が動かせないから体を見れないけど、なんとなくわかる。
これはかなりヤバイって……。
ふいに今までの記憶が次々に現れては消えていった。
これ……走馬灯って本当にあるんだね。
こんなに早く体験するとは思わなかったけど。
悲しい記憶や楽しかった記憶、怖かった記憶や恥ずかしかった記憶。
これらたくさんの思い出が駆け巡っていく。
最後には慧の無邪気な笑顔が、茜の脳内を独占する。
自然と両側のこめかみを涙がつたい、落ちる。
あぁ、これからデートだったんだけどなぁ。
せっかく可愛くおめかしもして、今日は大人にしてもらおうと思ってたのに……。
こんなことならもっと早く告白しとけばよかった。
──死にたく、ない、よ。
「ごめんね――――――――――けい」
◆◆◆◆◆
僕――相良慧は、とあるショッピングモールに来ていた。
普段、日曜日は筋トレや格闘技の鍛錬に充てているんだけど今日は特別だ。
そう、茜とのデートだ。デートなのだ。
茜とのデートは何よりも優先されるイベント。
なのに、家に迎えにいくと言ったら断られてしまった。
なんでも、現地で待ち合わせした方がデートっぽいらしい。
たくさん一緒にいられる分、迎えに行った方が良いと思うんだけどね。
「しっかし、遅いね。なんかあったのかな」
時刻は14時過ぎ。もう待ち合わせの時間から30分過ぎている。
『着いたよ』とはLINEしたのだが、既読がつかない。
もう少し待ってみて来なかったら電話してみるか。
それからさらに一時間経っていた。電話してみたが一向に繋がらない。
茜の家の電話にも掛けてみたのだがこちらも繋がらない。
段々と言い様のない不安が押し寄せてくる。
さらに一時間経った……。
僕はついに茜の家に行くかと決心したその時、スマホが着信を告げた。
『もしもし、お母さん?どうかした?』
それは母からの電話だった。なんか急な用件だろうかと思っていると。
『慧!大変よっ!茜ちゃんが―――――』
『………っっ!!』
僕は母から事のあらましを聞いたあと、急いで近くの病院へ向かった。
ほとんど道を使わずに最短距離で突っ切る。
それはさながら、今話題のパルクールのようで、障害物を飛び越え屋根の上を疾駆する。
「茜は!茜の病室は!」
病院の受付で部屋番号を聞くなり、院内地図を一目見て目的の病室へ直行する。
階段の段差を飛んで無視し、わずか二歩で上の階へ行く。
患者さんやナースを躱しながら、猛スピードで突き進む。
ナースの注意など遥か後方に置き去りである。
「茜!!!」
僕は普段の数倍の声量で茜の名を呼びながらドアを勢いよく開いた。
そこには――綺麗な顔でベッドに横になっている茜がいた。
傍には、茜の両親とひとりのナースがいる。
ナースは機材の片づけをしているようだった。
僕はこの部屋の雰囲気を感じて、瞬時に悟ってしまった。
「あ、ぁ、あかねが、そんなはず…………」
声が上ずって上手く言葉が出せない。
僕は恐る恐る茜に近づくと、その頬を撫でた。
「づ、づめだぃ」
あまりのことに思考が働かない。
体の力が抜けてへたり込みそうになり、咄嗟にベッドに手をつく。
うそだ、そんなはずない!これからデートなんだから!
僕は涙が出そうな目に力を入れて、決して涙を出させない。
そしてそのまま数分、頭が真っ白になった僕は微動だにせず、茜を見つめ続けていた。
少しだけ落ち着いた僕は、後ろにいる茜の父親――和輝に問うた。
「誰が茜をひいたんですか」
恐ろしく低い声だ。
その問いに答えれば、すぐにでもその人物を殺しに行くのではないかと思わせるぐらいの、強烈なプレッシャーを放っていた。
だが和輝は、淡々と事故のあらましを語った。
「―――その運転手は、心臓に病を患っていて、運悪く運転中に病状が悪化し意識を失った。そして、子供を守った茜を轢いて、そのまま近くの店に突っ込み、その運転手は亡くなったそうだ。以上が今回の事故の全てだ」
目を真っ赤に腫らして俯いている茜の母親の背中をさすりながら、和輝は僕に視線を向ける。
「慧……憎しみをぶつけられる奴はいないんだ」
言葉が出てこなかった。僕は間違いなく復讐をするつもりだった。
それがたとえ、故意ではない事故だったとしても。
それが和輝にはお見通しだった。
僕はまだ、この人を追い抜けていなかったのだろうか。
茜の父親――和輝は空手の有段者。
僕が小学生のとき、空手を始めたのもこの人の影響だ。
空手ではもう追い越していると思っていた。
実際組手試合では中学のときに勝ち越している。
でも、精神面ではまだこの人には遠く及ばないらしい。
ここで憎しみの道に進むわけには行かないと、僕は自分を落ち着かせる。
ひとこと和輝にお礼を言うと、彼は笑って「気にするな」と言ってくれた。
この人も心底辛いはずなのに……。
僕は近くにあった椅子に座り、茜の手を握る。
強く握る。
「茜。茜のいない世界は僕にとっては無価値だよ。少し掛かるかもしれないけど、必ず会いに行くよ。それまで待っててね」
僕は一筋の涙を流しながら、茜にキスをした。
次で異世界へ行きます!




