第37話 ヒーロー
ビビリな依頼主、マイクから預かった箱をガンド商会の会長へ届けにいった。
その商会の本店は、凄く近代的な感じだった。
何しろ、冒険者ギルドやバーサス帝国の皇都にすらなかった自動ドアがあるのだ。
大きさも、この街の冒険者ギルドと遜色がない。
「凄いね。中が透けて見える」
「これ……ガラス?」
商会の建物内がよく見えるガラス?張りの前で覗いていると。
「ちと惜しいのう。それは、ガイラス鉱石という石を加工したものじゃ。光が反射する見事な透明度に、中々の強度を持つんじゃ。この国の超貴重品じゃて」
そう言いながら近付いてきたのは、極道の組長と見紛う程の強烈な人相をしている爺だった。
外見を見ただけで、この人が噂のガンドだとわかった。
なるほど。これは怖がるのも頷ける。
今は普通のことしか言っていないのに、怪しいことをしようとしていそうな雰囲気があった。
「ほんで、儂の商会に何かようかの?注文なら中に入ったらええ」
「違うよ。僕たちは冒険者で、これを渡しにきただけだから」
そう言ってマイクから預かった箱を渡す。
「こいつは……まさか、マイクの坊主からか?」
「うん」
「あやつ……こんな大事なもんを人に頼みおってからに」
「大事なものなの?」
「あーいや、なんでもないぞぉ。それより、悪かったのぉ、こんなくだらん依頼で。手間をとらせた」
「いや、大丈夫──ッ!?」
ガンドと話していると、突然自分のテリトリーに目障りなコバエが飛んできたような、そんな感覚を覚えた。
……念のためだったのに、ほんとにひっかかったのか?
「ん?どうしたんじゃ?」
「ケイ?どうかした?」
「ケイ様?」
何か様子が変な僕に3人が問いかけてきた。
それをスルーして、ガンドに視線を向ける。
「ガンドのおじさん。このふたりをお願い」
「ん?……まぁ、話をしているぐらいならええけどのぉ」
「リーザ、エンリ。僕はちょっと用事ができたから、ふたりでこの人から情報収集しておいてくれない?」
ふたりは頭に疑問符を浮かべてキョトンとしている。
可愛いけど、今はそれに癒やされている場合ではなかった。
ふたりが返事をする前に、僕は駆け出した。
宿泊している宿屋へ向けて。
◆◆◆◆◆
この街でケイたちが宿泊している宿屋『月明かりの美女』。
その名の通り、美女が経営……しているわけではなく、店主は普通のおじさんだ。
ならば、奥さんか娘が美女かと思わなくもないが、それも違う。
いや、娘は3歳なので将来はそうなるかもしれないが。
なんでも、店主が昔魔物に襲われているところを助けてくれたエルフが凄い美女だったとか。
そのとき、月の光に反射してさらに美しさを増していたそのエルフに一目惚れした店主が、奥さんの反対を押しきって、こういう店名にしたらしい。
この話を聞いたとき、ケイはどっかのバカが言っていたような傲慢な種族じゃないようで安心していた。
その宿屋に、ガラの悪そうな3人の男が入っていった。
彼らはアイコンタクトを図ると、長身の男が代表して受付に行く。
「おい。この宿屋にメイドや獣人の女らが泊まっているだろう。何号室か教えろ」
受付にいる店主を睨み付けながら、そう問い質す男。
だが、おじさん店主はいつものことだというように冷静に男を見返す。
「申し訳ありませんが、そのような特徴のお客様は宿泊されておりません」
「ほう、嘘をつくのか?こっちは客だぞ?」
「でしたら、そのようなことを聞く必要はないのでは?……宿泊ですか?それとも、お食事でしょうか?」
「チッ──」
イラついた様子の長身の男は、拳を振りかぶって店主を殴ろうとするが、それを後ろにいた男に止められる。
「なぜ止めるッ」
「よせ。ここで暴れる必要はない。そのための情報だ」
後ろから近付いてきた男が、店主に視線を向けて話し出した。
「店主。あんた、家族がいるんだってな?妻と娘がふたり」
「…………何のお話でしょうか?」
「いーや。ただなぁ、俺たちはあんたが思ってるような街のチンピラじゃねぇってことだ。〈略奪旅団〉って聞いたことないか?フッ、家族が大事なら、ちっとは利口になった方がいいぜ?」
「───なッ!」
「で?何号室だ?」
「……………そのような、お客様はおりません!」
何かを決意した表情で、男たちを見返す店主。
人質をとられたような状況で、こう言える者がはたしてどのぐらいいるだろうか。
しかし、こういう男たちには一切わからない気持ちであろう。
彼らのような人種にとって、自分よりも大切なものなど存在しえないのだから。
「そうか……なら、一部屋ずつ探すか。もう止めないから、好きに殴っていいぞ……もう殴ってるか、ハハハ」
長身の男にタコ殴りに会う店主は、しかしそれでも自分の矜持だけは捨てなかった。
◆◆◆◆◆
昨日からまったく起きる様子のないリオラの隣で、私は昼寝をしていた。
すると、ふいに嫌な感じがして飛び起きる。
「この感じは!?」
──バコンッ!!
部屋のドアを蹴破って、ふたりの男が入ってきた。
「おう、ようやく見つけたわ。だが、ふたりしかいねぇな」
「……そうだな。隣か?」
言って、ひとりの男が部屋を出るが、すぐに戻ってくる。
「隣には誰もいないな。だが、誰かが泊まっているのは間違いなさそうだ」
「なるほど。お出かけ中か?なぁ、嬢ちゃん、他の3人はどこだ?」
部屋の角にリオラを置いて、私はふたりの男を観察する。
どちらもそれなりの腕前だと分かる。
私と同じBランク冒険者級の実力を持っているのは一目瞭然であった。
だが、彼らは大いに油断しているように見える。
目的がいまいちわからないけど、そこを突けば無力化できる自信はあった。
「……あんたたち、何者?」
私がそう聞くと、男たちは口角を吊り上げる。
「このふたりだけでも充分じゃねぇか?」
「いや、姐さんの狙いは一緒にいるはずの少年らしいからな。まぁ、とりあえずこいつらを拐えばいい。やれ。獣人だからあまり油断するなよ」
それに頷いた片割れの男が近付いてきた。
「ちょっくら寝ててもらうぜぇ。起きたら楽しいことが待ってるからなぁ」
下卑た視線を私に向けながら、鳩尾に拳を振るってきた。
一撃で気絶させるつもりのようだった。
「ウッ──」
私は避けずにそれを敢えて受けて、蹲る。
来ると予測できていれば、威力を殺すことは容易かった。
「さてと。んじゃ、運ぶか」
男が後ろの男に意識を向けた、その瞬間──。
私は、左手を床につき腕の力で足を宙に浮かして、男の脇腹に豪快な蹴りを放った。
「グッハッッ!!」
もろに入った男は、部屋の窓を破って外へ吹っ飛んでいった。
「もうひとり……」
私は、突っ立っている男を見据えて、体勢を立て直す。
「これは驚いた。俺が以前に殺した獣人の女は雑魚だったが……獣人にも色々いるんだな」
見ると、さっきまでの油断が消えていた。
連続で攻撃を仕掛けていれば、意表を突けたかもしれないと僅かに後悔した。
「何が、狙い?」
「さぁて、なんだろうなッ!」
両手に短剣を取り出した男は、一気に接近して腕を振るってくる。
私はそれを紙一重で躱しながら、思考を練る。
(まだ昼前のはずだし、ケイたちが帰ってくることはないから、助っ人は期待できない。となると、私ひとりで倒さないといけないけど、予想以上に強いッ。決定打を狙う暇もなく攻め立ててくる……)
私は僅かな隙を見逃さずに、横蹴りを放つが。
「グッ──」
手傷を負ったのは、私の方だった。
左腕に小さな切り傷だったが。
「……カウンター」
「ふっふ。中々の身のこなしだった。だが、もう終わりだ。お前は大人しくやられるしかない。あぁ、殺しはしないから安心しろ」
「?もう勝った気でいる?それは、侮辱。私はまだ本気を──ッ!?」
左腕が、動かないッ。
「この短剣には、即効性の麻痺毒が塗ってある。持続性はあまりないが、効果は抜群だ。もう左半身はあまり動かないだろ?」
私は、その男の言うように左足の力が一気に抜けて、前のめりに倒れ込んでしまった。
徐々に、右側にも麻痺の効果が及んできている。
「麻痺……まさか、奴隷商人?」
「奴隷商人?フフ、あんな薄汚いのと一緒にしてもらっては困る。我々は、欲しいものがあればなんでも力で奪う。金などというオモチャは使わない。信頼できるのはそんなオモチャなどとほざく輩がいるが、それはバカの発想だ。全てを得ることのできる要素、それは力以外にない」
「つまり、盗賊?」
「ほう、そっちの方がまだ近いか。しかし、怯えが足りないな。もう全身動かなくなっているはずだと言うのに」
「それは……まぁ。私たちには無敵のヒーローがいるから」
「はぁ?」
「気付かない?この匂い……ケイだ」
あのときにも颯爽と現れて……ほんとヒーローみたい。
次の瞬間、ケイが扉のないドアの前に立っていた。
ひとりの男の首根っこを掴んで引き摺りながら。
「お前、サーシャに何してんだ?」
それは底冷えするような怖い声音だったけど、私はなんだか凄く安心して、抵抗をやめて横たわった。
床のヒンヤリとした温度が私の頬に伝わってきて、ケイが側面の壁に立っているように見えた。




