第29話 ケイの第六感
一本道を隔てて、右側に樹海が、左側には見渡す限り草原が広がっている。
緑豊かで、なかなか空気が澄んでいて気持ちいい。
僕たちは、その一本道に沿って徒歩で北上していた。
前の世界でのことや、リーザやエンリの過去について等、話しながらのんびり歩いていると、遠方から猪のような外見をした魔物、プギーが短い足を素早く動かして突進してきた。
「もしかして……。あれが、プギー?」
「あ、プギーですね。食肉用では、最もポピュラーな魔物です」
「じゃあ、ここらへんでバーベキューでもしようか」
僕たちは、通りすがりの人に聞きながら、レイザード王国の商業都市、ラメアへ向かっていた。
どこか大きい都市で、情報収集や休息を取ろうということになったのだ。
僕の今の魔力は3000そこそこで、再び転移できる状態ではないからね。
「ねぇ、ケイ。あれ、私が倒してもいい?」
そう言って、プギーを指差しているリーザに頷きを返す。
「いいよ。けど、食べるから外傷は少なくね」
「はーい!」
元気よく返事をしたリーザは、プギーに向かって駆けていく。
風のように速く、川のように滑らかな動きで、プギーとの距離をあっさり詰める。
「ウィンドプレッシャー!」
無造作に突き出したリーザの右拳から、衝撃波が空気中を伝い、プギーを吹き飛ばす。
「プギーーーン!」
可愛い鳴き声を上げて、後方数メートルまで吹き飛ばされ、やがて動かなくなった。
最もポピュラーな魔物とあって、ゴブリンよりも弱いようだ。
ただし、突進をくらえば大怪我をすることもある為、油断は禁物だ。
「どう?私の魔法。"纏"してるように見える?」
「まとい?」
聞き慣れない言葉が出てきたので、僕が問うと、エンリがクスクス笑いながら、説明してくれた。
「ケイ様も、"纏"使ってましたよ?……そうですね。"纏"とは、属性魔法を体や武器に纏わせて、様々な能力を引き出す魔法技術のことです。そして魔法というのは、基本的に魔力を属性変換させ、放出するものです。まぁ、いくつか例外もありますが、ほとんどの魔法は体外でこのように、望む現象を引き起こします。これに加えて、"纏"を上手く使えれば、ケイ様がやったような、刀に雷を纏わせるといったことができるのです」
「なるほどね。つまり、全身に火を纏わせれば、格闘戦で触れただけで相手は火傷を負うということか」
「全身に纏う場合は、多くの魔力と卓越した魔法操作力が必要ですけどね。一歩間違えれば、自分が火だるまになりますし」
「じゃあ、リーザのさっきの魔法は普通に放出されてたし、ただの魔法じゃないの?」
僕が疑問に思いそう聞くと、リーザは肩を落としてしゃがみこみ、いじけてしまった。
──イジイジ、イジイジ。
こら。地面に絵を書くのやめなさい。
手が汚れるよ。
◆◆◆◆◆
プギーの焼き肉は、なかなか美味しくてつい食べ過ぎてしまった。
でもこれで、夜までもつだろう。
バーベキューの後片付けをして、さあ出発しようと思った時。
僕の強化された五感──嗅覚が、微かに漂ってきた血の匂いを捉えた。
「ん?………この先か」
遠視スキルを使うと、一本道の先でゴブリンの集団に襲われている一行を見つけた。
御者の乗る馬車を囲むようにして、剣を構えた冒険者風の出で立ちをしている集団が展開している。
彼らは、馬車を守りながらゴブリンたちを一匹ずつ仕留めていた。
しかし、それはただのゴブリンの群れではないようで、魔法を扱う個体や斧を振りまわしている個体もいて、なかなかに苦戦を強いられているようだ。
「加勢にいくかな」
「ケイ、どうしたの?」
僕の呟きを拾ったリーザとエンリから視線を向けられる。
「この先で、どうやら馬車がゴブリンの群れに襲われているみたいだね。腹ごしらえに丁度いいと思うんだけど、ふたりもくる?」
「もちろん行く!」
「お供致します!」
ふたりを伴って、そこに到着した。
いまだゴブリンとの膠着状態は続き、なんとか馬車は守りきっているが、6人いた護衛は半分が既にこと切れていた。
対して、ゴブリンどもは多くの死体を晒しながらも、まだ数十匹はいる。
それらの一番奥には、一際図体のデカイゴブリンが不敵な笑みを浮かべて立っている。
見るからに、あれが親玉で間違いなさそうだ。
僕は、馬車を背に剣を構えている人たちとゴブリンどもの間に、素早く割って入る。
「ここからは、僕が引き受けるから」
「ッ!?お、おまえは?」
「あ?なんだこのガキ……」
「お、おい!死ぬぞ!そいつらはただのゴブリンじゃねえ」
後ろで煩い3人の言葉を無視して、一歩大きく踏み込むと紫怨を抜き放ち、一閃する。
それだけで、周りにいたゴブリンは一斉に首と胴体がお別れすることになった。
たった一太刀で、20はいたゴブリンを地に伏した。
そのあまりの技量に、後ろにいる3人の護衛は言葉もなく唖然としている。
残ったのは、木の杖を持つゴブリン3匹と、その後ろにいる親玉だけ。
紫怨を鞘にしまい、かる~く神眼を発動する。
***
ゴブリンメイジ
魔法属性:火
ゴブリンメイジ
魔法属性:風
ゴブリンメイジ
魔法属性:土
ホブゴブリン
スキル:身体強化[Lv.2] 棍棒[Lv.1] 熱耐性[Lv.1] 威圧[Lv.1] 指揮[Lv.1]
***
ふむ。あれと戦ったあとだと、物足りない。
「ケイ、私の獲物も残しておいてよ」
リーザが隣にやってきて、そう愚痴ってくる。
あぁ、ついうっかり。
「ごめん。じゃあ、あとの4匹は任せるよ」
「やったー!」
リーザは嬉しそうに、腰に差していた黒い杖を抜くと、それをゴブリンどもの方へ向ける。
リーザの愛刀ならぬ愛杖らしい。
"黒鉄の短杖"という杖で、杖そのものをメイスのように打撃武器として使うこともできる。
さらにこの杖には、魔法発動速度+と耐久力+の効果も付与されており、魔法杖としての評価はかなりのものだそうだ。
「まとめて倒すわよ!ウィンドエッジ!」
リーザの頭上に、緑色の風の刃がいくつも形成され、それがゴブリンどもへ殺到する。
その刃は、ゴブリンメイジの腕を切り飛ばし、脚を切り飛ばす。
頭を斜めに切り飛ばし、腹を半分近く切断した。
その攻撃が終わった頃には、無数の切り傷を残し、ゴブリンメイジ3匹の死体が転がっていた。
だが、その後ろにいたホブゴブリンは、多少の切り傷を負いながらも、リーザを見据えて立っていた。
「グギギギギギィィィィ」
キレたホブゴブリンが、濃密な殺気を突き刺してくる。
威圧のスキルの効果で、通常よりも気配が大きく、周りにいる敵の動きを悪くする。
事実、リーザの動きも少し固く、顔がひきつっていた。
だが、その殺気は突如霧散する。
なぜなら──。
僕の対象固定の威圧を、ホブゴブリンに向けたからである。
真正面から格の違うそれを受けたホブゴブリンは、踵を返して慌てて逃げようとする。
僕の威圧のスキルレベルは確か5だ。
生物の本能が危険を知らせたのだろう。
だが、背を向ければそれは、少し動くただの的にすぎない。
再び発動したリーザの風の魔法が、逃げ去るホブゴブリンの腹に穴を開けた。
ぶっ倒れたホブゴブリンの背中を見据えて、リーザを労う。
「リーザ、お見事」
「えへへー。ありがとね、ケイ」
「おふたりとも、お見事です」
リーザとハイタッチしたあと、後ろを向いた。
「すげぇな、あんたら。まさか、全部倒しちまうとはな」
「礼を言う。正直やばかった」
ゴブリンどもを倒したあと、馬車の護衛をしている人たちから礼を受けた。
「いや、気にしないでいいよ。偶々通りかかっただけだから」
戦闘が終わって話していると、馬車の幌の中から人が出てきた。
その人物は、肥え太っていて、いかにも悪どいことをしていそうな雰囲気を漂わせている男だった。
「おい!何をグズグズしておるんだ!魔物の掃除が終わったならさっさと出発せんか!」
その男はそう怒鳴り散らして、憤慨している。
護衛たちも慌てて、亡くなった仲間を一ヶ所に集めて、燃やし始めた。
運ぶのが難しい場合、こうやって火葬するようだ。
埋葬した場合には、アンデッドとして産まれることがある為、火葬するのが正しいらしい。
僕が、なかなか面倒そうな主人で大変だなぁとか思っていると。
その太った男は、僕の隣にいるリーザとエンリを見つけて、舌舐めずりした。
「ほぉ。これは……なかなか。惜しいが、今はこちらが優先か」
そう意味深なことを呟くと、幌の中に戻っていった。
「では、我々はこれで。本当に助かったよ」
「これからラメアだろ?気いつけてな」
そう言って、出発しようとする一行。
僕は無言で、その馬車の前に立ちはだかった。
「ケイ?」
「ケイ様?どうされましたか?」
「なんだ?」
「おい、どういうつもりだ?進めないだろ」
僕は、ゆっくり紫怨を抜くと、その切っ先を馬車へ向ける。
「今、嫌な予感を覚えた。このまま別れれば後悔しそうな、そんな予感が。……あの日も、ちょっとした嫌な予感はあった。だが、彼女がどうしても現地で待ち合わせが良いというからその通りにしたんだ。でも結果は……」
「な、いったいなんなんだ?」
狼狽を見せる男たちを無視して、鋭い眼光で馬車を、いや、馬車の中にいるあの男を射ぬく。
「出てこい、奴隷商人。その幌の中を見せろ」
テンプレ『姫様の乗る馬車』を書きたかったです( ´Д`)
そのうち絶対書こうと思います!




