第28話 ゴブリンの巣窟
洞窟内にユアンの絶叫が木霊し、リオラとサーシャは同時に振り向いた。
そこには、手に火傷をおって、ゴブリンジェネラルから距離をとっているユアンの姿があった。
「「ユアン!!」」
慌ててユアンへ駆け寄るリオラとサーシャ。
「くっ。こいつ、ただのジェネラルじゃねぇぞっ!亜種だ!」
「亜種!?」
魔物の亜種。
それは、ある特定条件下でのみ生まれる、種の上位生物である。
ものによっては、魔物ランクが上がるのまでいる為、判別を誤ると死に直結する。
今回の場合で言うと、ゴブリンジェネラルに似通った外見をしていて基本性能は同じだが、火属性を備えていて物質に伝播させる特殊能力を持っている。
このように亜種とは、通常種になにかの能力をプラスアルファした種をいう。
「暗くて気付かなかったが、ケツが赤い。亜種の特徴だ」
「たしかに亜種ね。ユアンの剣に火を流したみたいね……もうその剣と左手使えないでしょ?」
「ああ。痛みで痺れてきやがった」
そう言って、火傷をおった左手を抑えるユアン。
剣も、火を受けて黒く煤だらけになって使い物にならなくなってしまっていた。
「じゃあ、逃げるしかない。亜種じゃ、接近戦は危険」
「そうね。すぐに退却───」
──するわよ。
そう口にする前に、ジェネラル亜種が動いた。
「ガガガギギガガギィ」
先程投げつけた棍棒を掴むと、それを振り回しながら突進してきたのだ。
「チッ!ふたりとも、早く下がれ!俺はこいつを抑える」
右手に握る剣を構え、一矢報いる、という強い気持ちでジェネラル亜種を迎え撃つユアン。
ガン!ギィン!ギャイン!
棍棒と剣がぶつかる音が絶えず聞こえてくる。
それに加えて、ユアンのくぐもった声も。
棍棒を伝い、電流のように火が流れてくるのだ。
(くっそっ!もう、右手の感覚が希薄だ。このままじゃ、剣がすっぽ抜けるっ!そうなりゃ……)
そう諦めにも似た事を思った時、ユアンの顔の横すれすれに矢が通過する。
その矢は、吸い込まれるようにして、ジェネラル亜種の右目に突き刺さった。
「グギギギギギイイイィィィ」
右目を失い暴れまわるジェネラル亜種の背後に、素早い身のこなしで現れる犬獣人の少女、サーシャ。
彼女は、その大きな背中に掴まり、腰から短剣を抜くと、その首を半分近く掻っ切った。
大量の血を吹き出し、大きな音を立てて、地に伏すゴブリンジェネラルの亜種。
その血を少し被ってしまったサーシャは、疲労からか息を吐き尻餅をつくと、ひとこと呟いた。
「終わった」
◆◆◆◆◆
リオラは、洞窟の端に置いておいた小さなリュックから、水と包帯を取り出すと、ユアンの応急処置をする。
獣人には、ほとんど魔法の適正がなく、この3人も例に漏れず魔法が使えない。
その為、不便ではあるがこういった備えはしっかりしていた。
「はぁ。もうダメかと思ったぜ」
「ふふ。私たちの囮になってくれてありがと」
「おい……その言い方は酷くないか?」
「ユアン。格好良かった」
「──ッ!やっぱり、サーシャは優しいなぁ~」
そんなことを話しながら、しばしの休息をとっていた。
そして、ユアンの応急処置がとりあえず終わった為、ここで引き返すことにした。
「欲を言えば、もう少し先を調べたかったけど、しょうがないか。まだジェネラルがいないとも限らねぇしな」
「そうね。早くギルドに戻って正式な調査をお願いしましょ」
来た道を引き返し、100匹近くのゴブリンの死体が転がっている道を通りすぎたまさにその時、前方から無数のゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。
「「「ッッ!?」」」
「うそ……。ここは一本道だったはずじゃ」
出口へと続く前方から、道を塞ぐ程のゴブリンの群れが迫ってきたのだ。
「おいおい。今日は厄日だな。もう当分ゴブリンは見たかねぇぞ」
「同感」
「もう。矢、残り少ないっていうのに」
そうして、3人がそれぞれ戦闘体勢を取った。
刹那──。
"悪夢"とも言うべき存在がやってきた。
それは突然やってきた。
サーシャの本能が鋭敏に危機を察知し、背後を振り返ようとした瞬間──。
背中に強烈な衝撃を受け、受け身すらまったく取れずに、地面と水平に吹っ飛び、洞窟の岩肌に激突した。
「──ガハッ!!」
血反吐を吐き、腕が変な方向へ折れ曲がったサーシャは、地面にずり落ち、無惨な状態になっていた。
「「……ッ!?サーシャ!!」」
一拍遅れて現状を理解したユアンとリオラは、同時に後ろを振り向く。
そこにいたのは……。
禍々しいオーラを身に纏い、ジェネラルよりもさらに大きい体躯をしている存在。
その身に内包する魔力は、桁違いに大きい。
ゴブリンロード───。
ゴブリン最上位個体にして、Sランク級の魔物。
冒険者では最高ランクとされているSランク案件である。
あるいは、軍が動くレベルの魔物だ。
たかだかBランクの冒険者では、到底太刀打ちできない本物の化け物である。
「ハハ。うそだろ……」
「これが、ロード?あのサーシャが──」
リオラは、その先の言葉を紡ぐことができなかった。
なぜなら、一切反応できず、腹に衝撃を受けて、後方へ吹き飛ばされたからだ。
それは、巻き戻しをしたかのように、サーシャ同様の末路を辿ることになった。
「ッ!!リオラアアアアアアアアァァァァ゛」
人間の限界ともいえる程の大声量で絶叫したユアンは、いまだ感じたことのない恐怖を、唇を噛んで弱める。
そして、震える手で、剣の先をロードへ向ける。
今、彼の心中にあるのは、後ろのふたりが無事に生き延びること。
ただ、それだけであった。
「リオラ……サーシャ……。逃げてく──」
──ブワォン!!
リオラとサーシャが受けた正体不明の攻撃。
今度は、その数倍の威力を伴ってユアンへ直撃し、その首をはね飛ばした。
地面に置く筒花火のように、血を噴射させて……。
◆◆◆◆◆
目を覚ますと、そこはまさにゴブリンの巣窟とも言うべき様相を呈していた。
洞窟内の巨大な空洞に、ゴブリンがひしめきあっている。
その中には、魔法を扱うゴブリンメイジや、剣を扱うゴブリンナイト等、ゴブリン種が勢揃いしていた。
(ここ、洞窟の奥?こんな、ゴブリンの楽園みたいな場所が──ッ!?)
激痛が走る全身に鞭打って、上体を起こしたサーシャの隣に落ちていたのは。
ユアンの、たまに見るサーシャが格好いいと思う表情をしたままの、生首だった。
それは、何か大切なものを守るときに見せる男の顔である。
「ユッ………」
驚愕の声をなんとか押し留め、周りのゴブリンどもに気付かれないようにする。
この辺りに、サーシャの生来の冷静さが伺えた。
(ユアン……。ごめんなさい。私がもっと、、強ければ)
そうして、ユアンに黙祷を捧げると、もうひとりの仲間を探す。
幸いに、連れてこられただけで拘束などはされておらず、ゴブリンたちも何かに夢中で、まだサーシャが目を覚ましたことに気付いていなかった。
(リオラ……どこ?ゴブリンの習性は、男を殺して女は種の繁殖の為に苗床にするはず。なら、リオラも)
まさにその通りであった。
格上のゴブリンロードが、リオラとサーシャを殺さない程度の攻撃で捕らえ、ユアンはあっさりと殺したのだ。
それに、ゴブリンとは学習していく、それなりに知能の高い魔物である。
故に、ユアンの死体を持ち帰り発見させないようにした。
ギルドも本来、そのぐらいで調査隊を送ることはなく、新たな依頼として発行されるだけ。
良くも悪くも、冒険者は自己責任なのである。
見つからないように辺りを見回して、リオラを探していたサーシャの片耳に、聞き覚えのある、だが普段聞いたことのないような弱々しい声が届いた。
「も、、もう、やめっ。これ以上は、死んじゃう」
普通なら聞き逃してしまう程の小さな声。
それにどうやら、サーシャは片耳の鼓膜が破れているようだ。
しかし、獣人の五感は人間の上をいく。
微細なリオラの声を、なんとか拾ったのだ。
その声のする方を向いても、ゴブリンが集っていて見えない。
サーシャは嫌な予感に突き動かされ、スキルを発動した。
「獣強化!」
サーシャの全身を灰色のオーラが包み込む。
意を決して地面を強く蹴り、真っ直ぐ突き進む。
その一直線上にいるゴブリンのみを蹴飛ばして、声のしたその中心へ向かう。
そうして、サーシャが見たのは、できれば嘘であってほしかった光景そのものであった。
怒りで冷静さを失ったサーシャは、リオラの回りにいるゴブリンを回転蹴りで凪ぎ払うと、闇雲に暴れまわり数匹まとめて屠っていく。
目を真っ赤に腫らして、ぐったりしていたリオラは、見たこともないサーシャの姿を呆然と見つめていた。
だが──。
ふいに、リオラはサーシャの腕を掴んだ。
「ッ!?」
困惑するサーシャに、笑顔を見せたリオラが言った。
「サーシャ。助けてくれて、ありがとね。本当に嬉しかったわ。でもこのままだと、サーシャもあいつらの餌食になる。あの奥にはロード、もいるわ。ユアンも、殺されちゃって。サーシャ。もうあなたしかいないのよ、私たちの無念を晴らせるのは。お願い。あなただけでも、ここから生き延びてッ」
そう必死に訴えてくるリオラに、サーシャの両目から自然と涙が零れる。
「なら、リオラも」
「ここからふたりで抜け出すなんて、無理なのはサーシャも分かるでしょ?」
サーシャは余程悔しいのか、力強く握られた拳から血が滴り落ちていた。
普段の無表情な彼女とは違う、本気で悔しくて感情を露にするその様は、リオラでもほとんど見たことのないものだった。
「……サーシャ。あなたは強い子よ。私とユアンの思い、託したわよ」
サーシャは、ゴシゴシと涙を拭うと力強く頷いた。
そして、決意に満ちた強い瞳で、リオラのそれを射ぬき──。
「絶対、戻る!リオラも諦めないで!」
その励ましの言葉を最後に、再びゴブリンの群れへ突撃していった。
必ず、助けを連れてくると心に誓って。




