第27話 疾風の三角形
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
薄暗い洞窟内を、ひとりの少女が息を切らせながら、懸命に走っていた。
その少女は、傷だらけで今にも倒れそうな程弱々しい。
だが、その瞳に諦めないという強い意志を宿して、必死にその足を動かしている。
頭からは、犬のような耳が生え、腰の辺りにはフサフサの尻尾が体の動きに合わせて揺れていた。
動物の特性を持ち身体能力が高い種族、獣人である。
◆◆◆◆◆
──数時間前に遡る。
冒険者ギルド、ラメア支部。
そこに、目立つ3人組の少年少女がいた。
いずれも人間とは違う、高い身体能力を持つ種族、獣人である。
ここレイザード王国は、バーサス帝国と違って様々な種族が暮らしてはいるものの、魔法大国として名を馳せるこの国では、獣人は魔族を除き最も珍しい種族といえる。
おまけに、この街では実力も若手ナンバーワンと言われる冒険者パーティー"疾風の三角形"。
目立つのは自然な流れであった。
「サーシャ、なんか良い依頼あったか?」
たった今、ギルドに入ってきた少年がそう声を掛ける。
銀色の凛々しい耳が特徴のその少年は、"疾風の三角形"のリーダーを務めている狼の獣人である。
その声に反応して、見ていた依頼ボードから目を離し、振り返る少女。
"疾風の三角形"のメンバーで、名をサーシャ。
幼い顔立ちながらも、意志の強さを感じさせる目をしている。
犬の獣人で、柔らかそうな耳と尻尾がゆっくり揺れていた。
「あんまり」
無表情でひとことそう言うと、また依頼ボードとにらめっこをするサーシャ。
素っ気ないようだが、これが本来の彼女だ。
少年も特にそれについては気にせず、「そっか」と返す。
「なぁ。リオラはどこ行ったんだ?」
その問い掛けに、サーシャは首だけで振り返り。
「ユアン。デリカシーない」
「え、なんで!?」
「……………」
「な、なんだよー!」
そうして不貞腐れていると、視野の広い少年──ユアンは、トイレから出てくるもうひとりのメンバー、リオラを捉えた。
狐の獣人で、背中に矢筒を背負い、腰には弓を提げている活発そうな雰囲気を漂わせている少女だ。
「あっ、そういうこと。いや、それだけでデリカシーないことになんの!?」
「なる」
そして、また依頼ボードに目を移すサーシャを見て、ユアンは溜め息混じりに微笑をこぼす。
「サーシャどう?いいのあった?」
そう言って近付いてくるリオラに、また「あんまり」と返すサーシャ。
この少女は、基本誰に対しても素っ気ない。
だから、要らぬトラブルを呼ぶこともしばしばあるし、良く思わない同業者も少なからずいる。
それでも、ユアンとリオラは全然気にする素振りも見せず、仲良くじゃれあっている。
サーシャは誰よりも努力家で、心根優しい子だと知っているからだ。
依頼ボードをじっくり吟味していたリオラが、おもむろにある依頼書をひっぺがし、他のふたりに薦める。
「あっ、これなんかいいんじゃない?ある洞窟に巣くっているゴブリンの討伐。報酬は金貨8枚よ」
「8枚!?なんでそんなに?これDランクの依頼だろ?」
「たぶん、洞窟が最近発見されたばかりだから。違う?リオラ」
「その通り。つい一週間前に、旅人が偶然見つけたみたいよ」
「なるほど。それでか……」
発見されたばかりの洞窟やダンジョンだと、調査があまり進んでないケースが多く、それに応じて危険度も増す。
そのため、この手の依頼は比較的報酬を高く設定し、簡単な調査も併せて行ってもらうという、ギルド側の思惑も存在している。
それ程危険を伴う依頼ならば、高ランク依頼に、と思うかもしれないが、ゴブリン討伐とはそもそも、一人前に成り立てのDランク冒険者が肩慣らしで受けるレベルの依頼である。
Cランク以上に上げてしまえば、さらに受ける者はいなくなってしまう。
依頼のランクとしては妥当な設定であろう。
それを何故、若手で一番勢いのある"疾風の三角形"が受けようとしているかというと。
彼らは、自分たちの実力を上げる為に高ランク依頼を受けると同時に、ギルドへの貢献も怠らない。
それは、こういう滞っている依頼も達成することで得られる、ギルドからの信頼である。
これは、冒険者にとって大切なもののひとつ。
この3人は、それをよくわかっていた。
「よし、じゃ決まりね。受付けてくるわ」
「おう!」「うん」
◆◆◆◆◆
ユアンとリオラ、サーシャの3人は、ラメア南東にある洞窟にきていた。
「サーシャ!そっちに2匹行ったぞっ!」
ユアンのその言葉通りに、2匹のゴブリンがサーシャへと向かっていく。
「うん。問題ない」
サーシャは、棍棒を振り回すゴブリンの顔面に掌底打ちを叩き込み吹っ飛ばすと、もう片方のゴブリンへ回し蹴りを繰り出し、その首をへし折る。
「さっすが~。私も負けてられないわね」
サーシャの瞬殺劇を見て奮い立ったリオラは、矢を2本取り出すと、同時に弓につがえ、それを引き絞り、放つ。
空を切り裂いて飛翔した2本の矢は、狙いたがわずにユアンに接近していた2匹のゴブリンの首に深く突き刺さった。
違う標的の首へ、同時に命中させる。
その技量には、凄まじいものがあった。
もちろんユアンも負けてはいない。
2本の剣を両手に持つ双剣スタイルで、ゴブリンを次々に屠っていく。
辺りは一面、血の華が咲き、その中央で無双しているユアンには、鬼神を連想させる凄みがあった。
数十分同じ場所で、ゴブリンとの戦闘を繰り広げていたが、それがようやく一段落し、休息を取っていた。
「ふぅ。まったく。いったい何匹いやがんだよ」
「ほんとね。もう百匹近く倒したんじゃない?」
「早く進も。この辺は血生臭い」
そう言って3人が腰を上げた瞬間、洞窟内に地響きが反響する。
それは徐々に大きくなっていき、ゴブリンとは比較にならない程の気配が迫ってくる。
──ズン、ズン、ドズン。
やがて、3人の視界の先に姿を見せたのは。
ゴブリンよりも二回り以上大きい上位個体、ゴブリンジェネラルであった。
「まじかよ……」
「ジェネラル。ここのゴブリンたちの親はこいつだったのね」
「ホブゴブリンじゃねーのかよ」
「どうする?ここで逃げても依頼失敗にはならないよ」
本来の依頼は、ゴブリンの討伐。
それにジェネラルは含まれていない。
ここで逃げても、依頼失敗にはならないし、ここでの情報を持ち帰ることで臨時収入にもなる。
もちろん倒すに越したことはないが、相手はBランク級の魔物。
安全を考えるなら、ここは逃げの一手であった。
「いや、俺たちはBランク冒険者だぞ。ジェネラル程度ならなんとかなる。きっちり倒して帰るぞっ」
「そうね。援護はまかせて」
「わかった。私、奥」
「俺は右から行く」
「私は左から射るわ」
そうして、ゴブリンジェネラルを3方向から取り囲む。
パーティーの名前の由来にもなった三角形の陣形である。
「おらー!」
まずは、ユアンが双剣で切り崩そうと突貫する。
だが、ジェネラルはこれを右腕で防ぐと、剣ごと凪ぎ払う。
──ブワンッ!
「グッ」
あまりの風圧に、攻めきれずに一歩下がったユアンへ、ジェネラルの拳が迫る。
だがその拳は、空を切ることになった。
サーシャの素早い足払いが成功し、ジェネラルは体勢を崩したのだ。
その隙をつくかのように、リオラが放った矢が、肩口へ深々と突き刺さる。
「グギギギギガガギ」
怒りで暴れ狂うジェネラルは、腰に差していた棍棒を抜くと、それを予備動作なしで、リオラへ投げつけた。
「──ッ!!」
それにいち早く反応したのは、サーシャだった。
彼女は瞬時に移動すると、間一髪でその棍棒を蹴り飛ばした。
サーシャとリオラのふたりが、ほっと息をついた次の瞬間──。
「ぐああぁぁぁぁ」
洞窟内にユアンの絶叫が木霊した。




