閑話 リーザの出会い
バーサス帝国帝都、皇宮にある魔法訓練場。
そこで、数メートル離れて向かい合っているふたりの少女がいた。
「行くわよ!ウィンドアロー!」
リーザが木の杖をかざし魔法を唱えると、風の矢が向かい合っている相手──エンリへ向かって飛んでいく。
「水壁魔法、アクアウォール」
その風の矢を阻もうと、エンリの唱えた水の魔法が遮る。
だが、その矢は水の壁を突き抜けてエンリに迫っていく。
リーザの魔法がエンリのそれを打ち破ったのだ。
そして、風の矢がエンリに直撃する寸前、彼女はメイド服を翻し回転しながら、華麗にそれを躱す。
「さすがリーザ様です。魔法の威力がまた上がっていますね。では、次はこちらからです」
エンリはそう言うと、両の手のひらをリーザに向け、先程よりも大きな魔力を練り上げる。
「水放魔法、ウォーターレーザー!」
数秒してエンリがそう唱えると、手のひらから水が一気に吹き出し、凄い速度でリーザへ突き進んでいく。
「甘いわね、エンリ。ウォーターストーム!」
リーザの背後の地面から吹き出た水の渦が、生き物のように空中を流れ、エンリの魔法を飲み込むと、あらぬ方向へ突き進んでいった。
そして、物凄い音を立てて地面を抉る。
「ギャーーーー!!」
そこには、リーザのふたつ上の兄、ロイドがいた。
ロイドは水の渦に飲み込まれ、流されていってしまった。
「あははははは。狙い通りぃ~」
「お見事です、リーザ様。今日の朝はこのぐらいにしておきましょうか」
「そうね。ん~気持ちいい風。今日の朝食は庭でとるわ。エンリ、用意してくれる?」
「かしこまりました。では、私は先に行って用意していますので、リーザ様はゆっくりいらっしゃって下さい」
エンリはそう言うと、スルスルと先へ行ってしまった。
◆◆◆◆◆
皇宮にある手入れがよく行き届いた美しい庭園。
私が来ると、席には既に朝食が用意されていた。
ん~良い匂い。さすが、エンリね。
私はその席につき、向かいにエンリを座らせ一緒に食事をとる。
メイドと一緒に食事をするのは変だけど、ひとりで寂しく食べるよりかは断然良い。
「あっ。リーザ様、お口にソースがついていますよ」
そう言って、私の口元を拭いてくれるエンリ。
こんなことが、私には凄く嬉しく感じる。
友達との食事はもっと幸せなのかな?
「リーザ様、どうかしましたか?」
エンリは私の感情の揺れに機敏に反応する。
心でも読まれたような感じで、少し恥ずかしい。
「なんでもないわよ!そんなことよりも、今日よね?勇者を喚ぶの」
「えぇ、そうみたいですね」
「私、良いこと思い付いたの。聞いてくれる?」
「はい、もちろんです。私はリーザ様のメイドですので」
勇者召喚の儀が始まって少しして、エンリを"召喚の間"へ向かわせた。
勇者は、若くて鍛えがいのある体──10代の少年少女が喚ばれることがほとんど。
つまり、私の配下という名目で友達を作るチャンスなのよ。
これを逃すわけにはいかないわ!
「あなた、私の配下になりなさい!」
んー。これじゃ、上からすぎるかな?
しっかり伝えた方がいいのかも。
「私と、その、と、とも、ともだちに……」
ダメー!
皇女ともなる私が友達のひとりもいないなんて、そんなの言えない。
私は……そう!
勇者を配下にして多くの戦績を残せば、今皇宮にはいないお姉様たちを見返せる。
しっかりした目的があるのよ。
「あなた、私と友達になりたいの?しょうがないわねー。なら、私の力になってくれない?」
これいいんじゃない?
友達ができて、私の配下にもなってくれる策。
まぁ、相手が友達になりたいと思ってるかはわかんないけど、強引に押せばいける!……はず。
「リーザ様。練習ですか?」
「ひゃ!?」
突然、背後からエンリの声がして素っ頓狂な声を出してしまった。
「エ、エンリ。何勝手に入ってきてるのよ!……聞いて、たの?」
「扉が開いてましたので。ちゃんと閉めとかないとダメですよ」
「うー」
恥ずかしい~。
私はいったい何をやってるんだろう。
「そ、それで、勇者は?」
「それです。聞いてください、リーザ様。勇者様は疲れていたようで今は客室で休まれてるのですが、なんとあのアシッド様を倒したようなのです!」
「え、え!?うそー!あのゴリラを!?」
バタン!
エンリが素早く扉を閉めた。
「リーザ様。声が大きいですよ」
「あ、うん。そうね。本当にあれを倒したの?」
「はい、それは間違いないかと。アシッド様とは二回り以上の体格差がある小柄な少年でした」
ふ~ん。男なんだ……。
ふふふ。良い策が浮かんできたわ!
「エンリ!あなたのその身体で、勇者を誘惑しなさい!」
私は皇宮の廊下を歩きながら、鼻歌を歌っている。
ふふふー。
今頃はエンリが上手いことやってくれてるはず。
エンリはなんでもできる凄いメイドだからね。
「聞いたか?今日召喚した勇者の話し。あのアシッドさんを倒したって」
ふいに騎士たちの話し声が聞こえた。
無駄口叩いてないでちゃんと仕事しなさいよ、もう。
「うん、聞いたわ。なんでも超が付くほど可愛い少年なんでしょ?」
──ッ!?
か、可愛い少年なの!?
エンリはそんなこと、容姿に関しては一言も。
「ああ、そうらしいな。あのメリアが煩かったからな」
メリア!あの女が何か企んでるの!?
こ、こうしてはいられないわ。
他の人間より先に、私の元におきたい。
私は、急いで夕食をする部屋へ向かった。
この後、リーザは運命的な出会いを果たすことになる。
今まで見たこともない、格好良くて可愛い、我が道を往く強き少年に。
この出会いは、彼女に何をもたらすのか。
それは神すら知り得ないだろう。




