第10話 皇女の稚拙な計画
今日も寒いですね。
皆様、健康には気を付けて温かくしてお休みください。
僕は、皇宮の長い廊下をエンリの後をついて歩いている。
エンリの心の声がだだ漏れで、今になってちょっと罪悪感を感じてきたよ。
(これから勇者様のお背中をお流しして、私も服を脱ぐ。そして、勇者様をゆ、誘惑して私のは、はじ、初めてを貰って、もらう。そうすれば、リーザ様の計画通りに勇者様は責任をとってリーザ様の……大丈夫。私ならできる!リーザ様の専属メイドなんだから)
なんか凄いことを聞いてしまった。
大人びている女性の印象だったのに、心の声を聞くとイメージが崩れてしまう。
面白いからスキルを切るつもりはないけどね。
リーザっていうのは、たぶん皇女かなんかなんだろう。
フィーネの話しと合わせて考えると、僕を配下にしたいというのは本当らしい。
う~ん。
なんとかして、風呂に入ってこさせないようにしないと。
僕は茜ともまだそういうことはしてないしね。
エンリの止まらない独り言を聞いていると、いつの間にかお風呂に到着したらしい。
「勇者様、こちらが大浴場になります。どうぞ、お入りください」
そう言って、緊張した様子で扉を開けるエンリ。
僕が「ありがとう」と言って大きな脱衣所に入ると、エンリは当たり前のように追従してきた。
「勇者様、お召し物を脱がさせて頂きます。し、失礼しますね」
そう言って、僕の服に手を伸ばしてくる顔の赤いメイド。
そんなに照れるなら無理しなくていいのにと思うのだが、その目は本気だ。
少しイタズラ心が沸いた僕は、先んじてエンリの肩にそっと手を置いた。
「え!?ゆ、勇者様!?」
手が大きく上下する程わかりやすく反応するエンリを見て、笑いそうになるのを堪えて顔を寄せる。
そして、以前読んだ少女漫画のあるシーンを真似して、彼女の耳元でぼそっと囁いた。
「エンリ。恥ずかしいよ。だからさ、少しの間でいいんだ。外で待っててくれないか?」
瞬間、ボフン!と聞こえたような気がした。
彼女は顔をさらに真っ赤にすると「待ってます!ずっと待ってます~!」と言って、凄い勢いで外に出て行った。
凄い。こんなに効果てきめんなんだ、これ。
(顔が近い~。み、みみみ、耳に息がぁ──)
………なんか聞こえてきた。
うん、聞こえなかったことにしよう。
少女漫画のおかげ?で、僕はゆっくりお風呂を堪能することができた。
まるで温泉プールのようで、巨大な湯船に、周りはキラキラ光る高そうなタイルが敷いてあった。
そこに、貸し切りのようにひとりで寛ぐのは、中々に贅沢だと感じた。
底は低かったけどね。
「はぁ~さっぱりした。やっぱり風呂上りはコーヒー牛乳が欲しいよね」
着替え終わって、そんなことを呟きつつ廊下に出ると。
「勇者様、コーヒー牛乳です!どうぞ」
そう言ってエンリが、グラスに入った茶色い飲み物を渡してきたのだ。
「え、あるの?本当にコーヒー牛乳?」
「はい。南の方でコーヒー豆が取れるそうで定期的に輸入しているらしいです」
おぉ、凄い。
まさか、コーヒーまであるとはね。
「ん、おいしい!牛乳も凄いおいしいね」
「はい!しぼりたてですので」
そう言って嬉しそうに微笑んでいる。
心の声は聞こえないが、このコーヒー牛乳を作ったのはエンリなのかもしれない。
少し、いや、かなり可愛いと思ってしまった。
僕の癖、必殺ナデナデをしようとして、なんとか思いとどまる。
可愛い成分(茜)を早急に補給しないとなぁ……。
と言っても、僕はまだこの世界について全然知らない。
リーガンもああ言ってたし、少しこの世界について調べてから行く方がいいかもね。
それから僕の力についても謎だ。
リーガンとの時は少し頭に血が上っていたから気にしなかったけど、今の僕の力は異常だ。
スキルの力が加算されてヤバいことになっている。
そのうち、どこか広い場所で検証したい。
自分の力をしっかり把握できていないというのは色々とまずい気がする。
僕は基本的には楽観的だから、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどね。
簡単に明日からやるべきことを決めると、皇族の人たちがディナーをするという部屋に案内されることになった。
エンリに案内されてたどり着いた場所には、僕が召喚された部屋と同じくらいの立派な扉があった。
それは威風堂々としていて、扉というより門という単語の方がしっくりくる感じだ。
エンリはその扉に近づき、力強くノックした。
ゴンゴンゴンッ!
「エンリです。勇者様をお呼び致しました。失礼致します」
エンリはそう言うと、その重そうな扉を細い腕で力強く開けた。
そして、その先に待っていたのは──。
「ふふふ。ようやく来たわね!あなたが勇者よねっ、騎士が言ってた以上に可愛い顔してるわ!」
そう言って仁王立ちしている少女がいた。
髪は薄い茶髪でロールにしていて後ろに流しており、目がクリクリしてリスみたいに可愛い。
この小動物のような少女に可愛いって言われる僕って……と、少しダメージを受けた。
***
リーザ・ベイ・バーサス
種族:人族 性別:女 年齢:12
ジョブ:魔法師
魔法属性:水 風 光
スキル:所作[Lv.2] 乗馬[Lv.1] 回避[Lv.2] 杖術[Lv.2] 詠唱省略 速読[Lv.2] 探知[Lv.1] 魔法威力上昇[Lv.1] 色別の魔眼
称号:バーサス帝国第5皇女
***
やっぱりこの子がリーザか。
うん?ここにも魔眼スキルがある。
***
対象:色別の魔眼
説明:魔眼スキルのひとつ。効果は生物の感情を色で読み取る。個別に感情の色が異なる場合がある。
***
ふむ。読心スキルの下位互換みたいなものだね。
「そう?君の方が可愛いと思うけどね。僕はケイ、ケイ・サガラ。よろしくね」
「うむ!私はリーザよ!さっそくだけど、エンリの責任をとってもらうわよ!」
そう言って、ビシッと僕を指差してくるリーザ。
なにこの可愛い生き物。
僕はなんとか耐えて平静を装いながら、口を開いた。
「ほんとうにさっそくだね。それで、何の責任?」
「とぼけても無駄よ!ねぇ、エン………リ?」
ここでエンリの方を見たリーザは途端に困惑顔になる。
(あれ、あれ?紫色?恥ずかしかったときとかは、いつも薄いピンク色なのに……どうして?この色はいつも落ち込んでるときの、まさかッ。下手くそな奉仕で落ち込んだ、とか?)
へぇ、色別の魔眼か。思ったよりかなり使えそうなスキ───ッ!?。
奉仕ってなんだよ!
僕はそんなに軽い男じゃないよ、たぶん。
「も、申し訳ありません、リーザ様!その、できませんでした」
エンリがリーザに頭を下げて謝っている。
なぜ?このちっこいのが変なことを言っただけなのに……。
「(上手く)できなかったのね。でも、エッチした事実が大切なのよ!」
なんだろう。話が噛み合っていない。
そして、ストレートにエッチときたか。
「あっ、いえ、えっ……してないです」
「え?」
「ち、してないです」
「………………ッ!?してないの?私、あんなにレクチャーしたのにー!どうして──」
ようやく自分の勘違いに気付いたリーザは、エンリに対して怒り始めた。
呆れていたけど、なんとなく少しカチンときた僕は殺気を発しながらリーザにゆっくり近付いていく。
可愛いけど、それとこれとは別。
リーザの膝がかくかくいってるが、気にせずに目の前まで行く。
「リーザ。僕を配下にしたいなら自分でやってみてよ。メイドに頼らずに、さぁ!」
僕がさらに迫ると、リーザの膝がかくんと崩れて女の子座りになった。
「ご、ごめんなさーーい。そんなつもりじゃなくてぇ、ただ男の子の友達が欲しくてぇ。ごめんなしゃ~いぃ」
リーザは泣き叫びながら、僕のズボンを握りしめている。
うん、なんか絵面ヤバイねこれ。
美少女を泣かしている男子高校生の絵面だ。
僕がどうしようかと思っていると──。
「あらあら。もうリーザと仲良くなりましたのね、勇者殿」
フィーネがクスクス笑ってそう言いながら、奥からやってきた。




