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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鏡の向こう

作者: kars

 気がつくと私は教室で一人ぼっちだった。夕日の朱が眩しい。随分と永い間ボーっとしていたようだ。

朝から授業を受けていたはずなのに、筆記用具どころか教科書すら机の上に出していなかった。どこからか飛んできたのだろうか、白い小さな花びらが1枚乗っているだけという有り様で、よく先生に叱られなかったものだと思う。あるいは叱られてることに気づかず反応を返すことすらしていなかったのかもしれない。


 ボーっとして、考えるのはいつも同じ。親友だったミキちゃんのこと。私とミキちゃんが仲良くなったのは1年生の5月、最初の席替えで私がミキちゃんの前の席になったときだった。ふとしたきっかけからお互いに同じ歌手が好きであることに気づき、それから二人でカラオケに行ったりお互いの家に泊まりに行ったりとどんどん仲良くなっていったのだった。何をするにもいっしょで、夫婦などとからかわれるほどであった。いつも私が旦那と言われるのだけは納得いかなかったが、夫婦と言われて悪い気はしない程には仲が良かったのは確かだった。


 だがあの日、もうそろそろ1年が経つのだったか。こんなふうに夕焼けが眩しい日・・・、私とミキちゃんは落下してきた屋上のフェンスの下敷きになった。


 あの日は部活が急遽休みになって、駅前のカラオケ店にでも行こうかと二人で話していた時だった。私たちが校舎を出た直後にゴォッと、とても強い風が吹き、そして・・・、空の方から聞こえてきた逃げろという叫び声につられて視線をあげた私たちが見たものは・・・、屋上のフェンスだった。


 ぶつかった瞬間のことはよく覚えていない。覚えているのは一面の赤。朱い夕焼けよりもさらに赤い赤。それだけ。あとは何がなんだか分からなかった。そして・・・、私にはたいした怪我は無かったのだけれど、ミキちゃんは違った。当たり所が悪くほぼ即死だったらしい。


 事故後のおぼろげな状態のなかで聞こえてきた話では、ぶつかる瞬間に私はミキちゃんをつき飛ばそうと肩を押したらしい。でも、とっさのことで間に合うはずもなく2人揃って下敷きになった。私がミキちゃんをつき飛ばそうとしなければあるいは・・・、そう考えずにはいられなかった。ぶつかった瞬間のことを覚えていないのはきっとそのことが原因なのだろうと思う。カウンセラーの先生は、考えないようにしなさいとか言っていたような気がするが、土台無理な話だと思う。ずっと、どのくらいかおぼえていないくらいずっと、どうすればよかったのかを考え続けていた。


 いけない。またボーっとしてしまった。陽はさらに傾いていて、教室の中は紫がかった朱の、なんとも言えない色に染まっていた。


 席を立ち、教室を出る。私たち三年生の教室は三階にある。朱紫に染まった、誰もいない廊下を歩き階段へ向かう。廊下は全くの無音で生き物のいる気配がしなかった。私の歩く音すら鳴ることはなく、階段まで教室2つ分の距離しかないはずなのに随分と長い距離を歩いているような感覚を抱いた。


 階段には一つの古ぼけた鏡がある。

他の階段には鏡なんて無いのに、なぜかここ、三階から二階へと降りる階段の踊り場の西側の壁にだけ鏡が取り付けられていて、その不気味さとなぜここにだけ鏡があるのか誰も知らないというミステリアスさからずっとこの鏡は怪談の種になっている。


 曰く、この鏡は死後の世界と繋がっている。曰く、真っ赤な夕焼けの時刻に鏡の前に立つと死後の世界に引きずり込まれる。


 馬鹿馬鹿しいと思う。もしそれが本当ならば、この学校では行方不明者がたくさんいなければおかしい。でもそんな話は聞いたことが無い。


「鏡に写る世界は真逆。似ているようで、似てない世界。鏡は色々なものを写すのよ。

鏡は真実を写し出すという考え方もあるし、この怪談のようにこの世ではない世界が写るという考え方もあるわ。」修学旅行の夜に、定番の怪談話をしていた私たちに、朝桐さんはそんなことを言った。


 そのときは気にも留めていなかったけれども。もし本当に死後の世界と繋がっているのなら、ミキちゃんにもう一度逢うことができるのだろうか。


 そんなことは有り得ないと思いながらも、気付けば私は鏡の正面に立っていた。背後から夕日が朱く、赤く照らすその光景は、なるほど確かに怪談にふさわしい、ある種のおぞましさがあった。


 鏡に私の姿が写る。


 夕日のまぶしさをこらえながら、鏡に映る光景をじっと見つめるが当然おかしなところなど何も無い。一切無い・・・とそう考えたその瞬間、急に夕日の赤さが増した。慌てて回りを見回すが、色あいが変わったと感じるだけで他に変わったところは何もない。鏡に視線を戻すがそこも・・・。


 おかしい。


 夕日がさっきよりも赤くなったからだろうか、鏡に写った私の姿は真っ赤で・・・。


 私はとっさに目を閉じた。見てはいけない、本能的にそう感じた私はほとんど反射的に目を閉じていた。

そのときフッと、辺りの雰囲気が変わった。そして・・・、「ユウちゃん」と。懐かしい声が聞こえたような気がした。


 私は目を開け、そして自分の目を疑った。目の前の鏡に写る風景は変わらず・・・、その中にいる人物だけが変わっていた。見間違えようも無い。鏡の中にいるのは、死んだはずのミキちゃんだった。何も変わらない、いや、少し大人びた感じがする懐かしいミキちゃんの姿だった。


 「ユウちゃん   」声は聞こえなかったが、ミキちゃんの唇がそう動いたのが分かった。


 「こっちに   」そうミキちゃんの唇が動いた次の瞬間、フッとミキちゃんの姿が掻き消えた。


 代わりに鏡に写ったのは、  赤く  血に   染まった     私の        姿。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」叫び声を上げ走った。無我夢中で、とにかく外へ向かって走った。そして、昇降口から外へ出ようとして愕然とした。


 外が、無かった。ただ夕焼けの赤い色が続くだけで何も無かった。


 「なにが・・・、どうなってるの・・・・・・・」分けがわからなかった。なぜ鏡にミキちゃんが写ったのかも、なぜ外が無いのかも。そして・・・、カツン   カツン   と響いてくる足音も。


 「ユウちゃん。       迎えに    来たよ。        いっしょに        」私は声にならない悲鳴を上げ、逃げ出した。外には逃げられない。校舎の中を逃げるしかなかった。裸足のまま廊下を走った。無我夢中で階段を上り、でも当然逃げ場なんてなくて・・・。


 突然首が痛む、こらえきれないほどに。耐えきれず、私はとっさに目についた図書室に飛び込んだ。あまりに動転していたため、図書室に入った瞬間に足がもつれ転んでしまった。すぐに立ち上がれない。転んだ拍子に倒した棚から新聞があふれた。


 私を追いかける足音が聞こえた。


 そして、ミキちゃんの声も。「どうして   逃げるの   私よ   ユウちゃん」逆光でミキちゃんの顔が見えない。


 じたばたすることしかできない私にミキちゃんは近寄り     その手を    私の    首に 





 ギュッとミキちゃんは私を抱きしめた。


 「え・・・」どうして。


 動転し、泳いだ私の目が    すいこまれるように     床の新聞を捉えた。


 捉えてしまった。


 「ユウちゃん    」


 いやだ。


 「また    」


 アレを見てはいけない。


 そう思いつつも私の目は、あの事故が報じられた新聞から目をそらすことが出来なかった。


 「逢えたね」


 そして私の目は、真実を見つけてしまう。<亡くなったのは、田辺 優子さん(17)>





 「そういうこと・・・、だったの」全部が腑に落ちた気がする、いろいろと気づいていなかった・・・、いいや、気づかない振りをしてきたことがすべて、そういうことであったのなら納得がいく。いってしまう。ようするに本当は私は。あのとき死んだのは私で、無事だったのはミキちゃんだったのだろう


 「あのとき。あのあと、どうなったの。ほんとうはどうなったのかしら」泣きはらし、ぐしゃぐしゃになったミキちゃんの顔を見ながら促す。泣き虫なところは変わらない。まったくもっていつも通りのミキちゃんだった。


 「ぐす・・・、えっとね。あのとき、とっさにユウちゃんが私をつき飛ばしてくれたの。だから私は軽い捻挫で済んだんだけど。私をかばったユウちゃんが・・・」それを聞いて私の全身から力が抜ける。「わわっ」力を抜いて仰向けになった勢いでミキちゃんが引っ張られ、互いの額がぶつかってしまう。ミキちゃんが痛がるが、私は痛みを感じない。それもまた、そういうことなのだろう。


 あらためて、死んだのは自分であることを理解して、私は心の底から安堵した。ホッとした。私がつき飛ばしたせいでミキちゃんが死んでしまったなどということがなかったのだと、全身全霊で喜んだのだった。


 「そうなのね、よかったわ」


 「よくないよっ! どうして私だけが無事で、私はいっつもユウちゃんに助けられてばっかりで」そんなふうに感じていたのか。ミキちゃんを助けているなんて意識は全然なかったのだけれど、それでも、親友だから、そう接して過ごしてきたんだ。泣かれるようなことはなにもない。


 「えぐ、私ね、中学の時いじめられていたの。いつもひとりぼっちで。でも、高校ではユウちゃんと仲良くなって。いろんなお話をして、いろんな思い出を作って、そしてユウちゃんのおかげでクラスに、学校に馴染めて。ぜんぶユウちゃんのおかげなんだよっ!」そうだったのか。それでもそんなことはどうでもいい。私はただミキちゃんが好きで一緒に過ごしてきただけなのだから。


 私はただ無言で、泣いているミキちゃんの頭を抱き寄せる。もう触れている感覚もなく、そして少しずつ体が透けていっているのが分かった。どうやらゆっくりと別れを惜しむ間も与えてくれないらしい。無情なことだが、おそらく私のせいでミキちゃんが死んでしまったのではないかという懸念が解消されたことが原因だろう。未練が無くなった幽霊である私は、きっと成仏とか昇天とかそういった感じのことになるのだ。


 それならば、あのことだけは確認しておかなければ。


 「ねえ、さっきから首がものすごく痛いのだけれど。フェンスが当たった所ってやっぱり」


 「う、うん。ちょうどユウちゃんの首の後ろのところに刺さって」


 「刺さったの?!首が飛んだりしていないわよね。私嫌よ、首チョンパなんて死に方だけは」


 「・・・」


 「('ω')?」


 私がそう聞くとミキちゃんはしばらくキョトンとした顔で固まった後、ゆっくりと笑い出した。「やっぱりユウちゃんだね。いつもかっこいいんだけど、ときどき天然で」


 失敬な、私は別に天然などではないぞ。そしてかっこいいと言われるのもいささか不本意ではあるが、ミキちゃんを泣き止ませることができたのだし良しとしよう。やはりミキちゃんには笑顔が似合う。お別れは泣きながらではなく笑顔で済ませたい。


 もう私の体はかなり透けていて、そして少しずつ意識が遠くなっていく。お別れを言おうとするが、もう口も動かない。一気に意識が遠くなっていき・・・そして。


 「待って、ユウちゃんは死んでなんかいないの! でも意識が戻らなくて、私が連れ戻しに来たの!」






 そうして、私は重い目蓋をゆっくりと上げる。ぼやけた視界の中でまっしろな天井が見えた。


 「あら、ようやくお目覚めね。眠り姫さん」


 視線だけを動かして横を見るとそこには朝桐さんが居た。ちょうどいいと、今の状況を聞こうとするが唇すら動かすことができなかった。


 「無理しないほうがいいわ。1年近く意識がなかったのだから相当体が弱っているはずよ。いまナースコールを押したから、後は担当医の指示に従いなさい。」


 ひととおり体を動かそうとして諦めた私は、視線を動かして了承の意思を伝える。


 それにしても自分が生きていたとは思わなかったし、それならあの夕焼けの世界はなんだったのだろうか。昏睡状態で見ていたただの夢だったのだろうか。


 「違うわ。あなたは死にかけてあの世とこの世の境にいたのよ。鏡の向こう側、何もかも真逆の世界に。あなたを連れ戻しに行った美紀さんに感謝なさい、私の補助があったとはいえ最悪この子も戻ってこれなくなる恐れがあったのだから」


 そう言われて私の左手をなにかが握っているのが分かった。視線を動かすだけでは見えないがこの感触は間違えない。ミキちゃんの手だ。ミキちゃんのあったかい手の感触だ。その温もりを感じて、ようやく私は生還したのだという実感を持つことができた。


 少しだけ私の手が動き、それでミキちゃんが目を覚ました。


 「おかえりユウちゃん」

  ただいまミキちゃん。

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