1 - 2/起と承の狭間
ゲーセンでのひと時を終えて、オレと千代が新宿をあとにしたのがつい一時間半ぐらい前の話。ゲーセンから出て、駅に戻ると、そこから電車で三〇分ほど揺られて、自分たちの住む町に戻ってくる。駅に併設されているショッピングセンターで買い物をして、家に戻るころには一〇時半を過ぎていた。
家について、オレは部屋で一旦スーツなどを脱いで、部屋着に着替えると、すぐに晩飯の準備。互いに晩飯なんか口にしないままゲームに没頭していたので、ゲームから離れると、途端に腹が減る。本当は夜遅くの食事は体によくないらしいけど、腹減ったまま寝るのも嫌なので、軽めの食事をオレが用意する。ちなみにオレが料理している間、アイツはシャワー浴びたり、部屋でのんびりしたりしてる。畜生過ぎるだろ、こちとら仕事して、ゲームして、んでもって食事も作るのかよ、ええい。ゲームはオレが好きでやってることだけどよぉ、こういうことは違うと思うよ、僕はぁ!
色々と文句を言いたいことはあるが、全部無駄なのでそこは我慢する。別にアイツが家事をしないとか、できないとか言うワケじゃない。ただ釈然としないだけだ、うん。
さて、夜の食事で作る軽めのものっていうと、ご飯系はあまり思いつかない。それに時間もないのでできるだけ手短に作れるものが一番だ。そうなると、即席麺とかが真っ先に思い浮かぶのだが、即席麺は昨日作ったので却下する。となれば、手短に作れるのはパスタぐらいしかない。茹でてソースかけるだけで良いからな。我が家には、電子レンジでチンするだけでパスタが茹で上がると云う文明の利器パネェな存在があるので、それで良しとして、パスタソースを取り出すだけで良い。うむ、オレとしてもあまり面倒もなくて一石二鳥だな。
「ミートソースと、ナポリタン風味、どっちが良い?」
台所の棚に入っているパスターソースのラインナップを見て、オレは千代に問いかける。
「和風きのこソース」
「ねぇものを要求するんじゃねぇ」
棚のなかの状況は千代も知ってるハズだ。
「……じゃあ、ミートソース」
最初からそう言えば良いものの……。そんなことを心で呟きながら、オレは鍋を取り出して、そこに水を入れる。火にかけて、沸騰したところでそのなかにソースの袋を入れて、数分。電子レンジに入れたパスタが出来上がるよりも前に、ソースのほうは温め終わる。さらに数分後、電子レンジで温められていたパスタが完成して、水を切って、皿の上に盛り付けると、パスタソースを掛けて終わり。実に、ラクチン。
「ほれ」
完成したパスタをテーブルの上に置くと、寝転がっていた千代も体を起こして、パスタのほうに手をつける。手前にあるモニターにはなにも映っておらず、本当になにもせずゴロゴロしてただけなんだな、と思う。ま、この時間になっちまったらもう飯食って、シャワー浴びて、明日の準備して寝るだけだしな。
「むぅ……ナポリタンのほうにはウインナー入ってるんだ……」
食事の途中、ミートソースをぐちゃぐちゃとパスタにかき混ぜながら、千代がそう言った。
「そっちにもミートが入ってんだろうが」
「や、ミートはそんなに感じるものじゃないし。ウインナーみたいに、あぁ今肉食べてる! って食感が薄い気がするの」
それに対してはまぁ解らないでもない。そもそも、ミートソースを単品で食べることなんてないし、パスタに乗せるぐらいだから解らないけど、オレはミートソーススパゲッティ食べてるときは肉が乗ってるんだなぁ、ってカンジはする。
「ってワケで、そっちが良いな」
「……」
口をつけている状態で言わないで欲しかったが……。こっちはもう口つけたし、そっちはミートソースぐちゃぐちゃ状態だし。どっちも交換できるような状況ではないと思うが、千代はそうは思っていないらしい。
「今更気にするような仲でもないでしょ?」
意地悪げな笑みを浮かべて、顔をおもむろに近づけてくる千代。……あぁ、くそ! それには弱い!
「解ったって。解ったから、ほら」
とりあえず、逃げ腰で。そんな雰囲気に釣られても良いことなんて一切ないだろうしな。どうせ、千代のほうから有耶無耶にするに違いないだろうし。今日はオレのほうから拒否するとしよう。
ちょっとだけ残念そうな顔をした―――ように見えただけかもしれない―――あと、千代はオレの手前からナポリタンを取り上げて、自分のミートソースのほうをオレの手前に追いやる。とんだワガママ女だ。世の中の女ってのは皆こうなのかねぇ……。青春時代にまともに付き合った女は千代ひとりだけだから、なんとも言えないけど。
無言のままパスタをすする音が部屋に響く。テレビもつけてないし、まぁ、こうなるよな。別に互いに無言なのは珍しいことじゃないし、こうなるのが怖いと思うような仲でもないので、結構上手くいっている仲だと思ってる。恋人になった一年ぐらいは、互いになにを口にしていいのかも解らなかったし、こういった沈黙がひたすらに気持ち悪かった。だけどオレたちにはゲームってものがあったし、ゲームをしている間だけは、無言でも心地が良かった。それがいま、ゲーム以外のところでも感じられるようになった分、進展なのかも知れないなぁ。
「それより、今日は咲さんに久しぶりに負けてたけど……」
ふと、思いついたかのように切り出す。電車のなかでは、オレは携帯電話をいじってたし、こいつは携帯電話持ってないからずっと無言で暗闇の外を眺めていたから、会話とかしなかったんだよね。
「なんで? 咲さん、結構やるようになってたの?」
別に、咲さんを莫迦にしているワケじゃないんだけどね。いつもだったら、勝ってるし、そもそも普通に眺めてみればいちごを使っているプレイヤーなんて多いワケだし、対策していないほうがおかしいレベルだ。毎日、あれだけの試合数をこなしている千代が、今日に限って負けるワケがない。
「んー……」
千代が手加減とかをするワケはないだろうし……多分、本当に負けたんだと思う。
「完全に読まれてたのかなぁ。中足だけ」
「は? 中足だけ……?」
「そ」
たったそれだけだった? オレはあのときの試合を思い出す。確かに、こいつの中足に反応して、咲さんは前中足を入れていたように見えた。
「こっちは中足を入れたいのよ。だってそれが基点だし、入ればコンボとかにもいけるし」
コンボとかオマエできないじゃねーか、って言うツッコミは心のなかだけにとどめておいて、確かに、抹消リョウの中足は強烈だ。出は遅いけど、強い判定があるし、当たれば次の「覇道龍拳」―――手から弾丸を出す、飛び道具で、通称「覇道」―――が連ガ確定だし。ゲージがある状態なら、そこからキャンセルして、大パンチからの強烈なコンボへと繋がる。多くの抹消リョウ使いの人間が如何に中足を入れて、そこから攻撃を繰り出すか、ゲージをためるか、に重点を置いてる。そしてそれは千代もまた同じだ。
「でもよ。そんなの前々から解っていたことだろ? だから、中足の間合いに入らないこと。甘えた中足に対する差しかえしが、超重要なワケで」
その回答に、千代も頷く。
「私の結論はソレともうひとつあるの」
「もうひとつ?」
中足に当たらない対策。その結論。そもそもの間合いに入らないこと、そして中足と云うそこそこの速度を誇る攻撃に対して差し返せる反射神経。千代の結論……
「わざと、中足をうたせること」
一瞬、ソレに対して理解が及ばなかったが、すぐに理解する。なるほど、確かに、そうか。
「カウンターか。ワザと中足の間合いに入って、相手に中足をうたせてから対応する」
「そ。〝なにもしないことで、相手の行動を誘う〟って云う戦略は、当然、知ってるよね」
「無論」
それぐらいは常識だ。間合い外から発生の早い攻撃をブオブオ振るのも、その一種でもあるワケだし。ま、あの行動には他にもフレーム消費―――特定のタイミングを合わせる際、そのタイミングまでの時間と同等のフレーム量を持つ技を空うちすることで合わせるテクニック―――とかの意味もあったりするんだけどさ。つまりワザと隙を作っておいて、相手の行動を誘うこと。
「なるほど、だからあんなに……」
「あそこで上手かったのは、それを行うときと行わないときの切り替えね。さすが、私と何度もやってるだけあって、私の癖とか読んでたね」
「つまり、人読み、ってことか」
人読み。対戦相手を知っているからこそできる対策。他人とやる場合は一切役に立たないけど、特定の人間にだけ有効な対策。一般的には敬遠される対策ではあるわな。なにせ、キャラクター対策と違って、その人間にしか効果のないものだしな。無論、大会とか、出てくるのが解っているのならそれをするに越したことはないだろうし、その辺は情報戦だよな。誰が、どのキャラクターを使っていて、クセとか色んなものをチェックして、対策して…………
ゲームって、想像以上に難しいものだ。特に対人戦は。
やってくる行動に対して、どういった行動をするのか。どれが磐石で、それをどう崩すのか……。一般人が思っている以上に、ゲームってのは、奥が深い。だからこそ、そこに命―――は、言い過ぎにしても―――を掛ける人間がいる。
オレもまたそのひとりだ。