1/起 - 下
オレの一日は、まぁ、そこそこ早いと思っている。もっと早くに起きて仕事にいく人間だっていると思う。けど、学生時代のオレにとって、今の自分の睡眠時間は信じられないほどで、昔はもっと寝てた。
朝五時半。設定していたアラームが鳴るよりも一時間早く、仲代工大の一日は始まる。アラームはあくまで最終時間であって、起きる時間じゃない。二度寝対策にもなるしな。
眠い目をこすって、あくびをかみ殺しながら、オレは体を起こす。肩が痛い。横を見ると幸せそうな顔をして、まだ夢の世界に居るであろう、千代の姿があり、微笑ましくもあり、殺意も沸いてきたり。あらぶる殺意のポーズをする。
朝起きてまずすることは、目覚まし一発、シャワーを浴びることだ。人間寝ている間にも汗を掻くらしいので、まぁ、夜入っても、もう一度朝にもシャワーは浴びる。ボディソープとかは使わないで、単に頭からお湯を被るだけだけどね。
「―――っかぁ」
思わず、声が漏れるレベル。この程度で目が覚めるか、と言われればそれまでだけど、なにもしないよりは幾分かマシ。特に夏は朝酷いことになってるしな。冬は地獄だけど、もう慣れた。
浴室から出る前に体を拭いて、着替えてからドライヤーで髪の毛を乾かすと、炊飯器をパカリと開けて、中の白米を茶碗に突っ込む。朝はお茶漬けって決まってんだよね。ケトルで沸かしたお湯をお茶漬けの素と一緒にご飯でぐっちゃぐちゃにして、一気にかき込める。夏はサラリといけるし、冬は体が温まる。まさに年中無休、一石二鳥の飯だと思っている。
布団とか部屋の状況は確認する必要はない。その辺は、千代がやるしな。家のことは殆ど、千代に任せている。それでも、夜の片づけはオレがやるんだけどさ。
飯を食い終わって、歯を磨いて、スーツに着替えると、もう準備は万端。時間は、六時半を過ぎた頃合で、まだ三〇分ほど時間がある。空いた時間は、主にPCで動画を見る作業になる。まぁ、他人のゲームプレイングを見て勉強するのも、オレたちの日課のひとつになってるし。オレはその回数が、千代よりもひとつ多いだけだ。
時刻がそろそろ七時を差そうとしたところで、もぞもぞと、千代の布団が動く。どうやら、起きたらしい。
「んー……」
前まではそんなに早起きじゃなかったんだけど、なんかオレが仕事朝早く行くのに、それを見送らない自分もなんか変ってことで、最近はこうしてオレが出かける時間に合わせて起きるようになった。
「おはよう」
「んー……」
ごろごろ、と布団のなかを転がる千代。まだ寝ぼけてるな。休日のときもそうだけど、コイツは一度起きてから本調子になるまで時間がかかる。
「いくのー?」
「あぁ。そろそろ出るよ。悪いけど、PCの電源落としといてくれ」
「んー……」
見送り、っつっても寝起きの千代にはこれが限界。立ち上がって、仕事場に持っていくバッグを手に握って、玄関に向かう。その後ろから―――
「いってらっしゃーい……」
―――なんとも、眠そうな声で。
「ん、行ってくる」
それだけ応えて、オレは外に出ていく。
ゲーマー、っつっても、四六時中ゲームができるワケじゃないのは、当然のことだ。学生時代ならともかく、社会人として自立してしまった以上、仕事をして、飯を食う金を稼がないといけない。あぁ、ニートになりたい。
社会人が金を稼ぐ理由って云うのを考えてみたことがあるけど、大体は今日明日を生きる為。あとは、自分の生活を豊かにする為。あとは、自分の家族を養う為、っていうところ。大方同意できる内容ではあるし、オレも似たようなもんだ。
オレはゲームをする為に仕事をしていると言っても過言ではない。自分の趣味の為に仕事をしている。そして、それと同時に自分の家族を養う為に仕事もしている。何せ、ぐーたら女を養っているのでな。そういうのはちょっとアレか、好きで一緒にいるワケだし。
とにかく、ゲーマーは金が掛かる。一部の人間からすれば「え、なんで?」ってことになる。彼らは高いゲーム機本体を買ったら、あとは長く遊べるものだと思っているから。ソフトとかも結構頻繁に出ているし、それをひとつやって、飽きたら新しいのを買う。遊んだゲームは売ればいい。なんて考えに行き着くと、結果として、一ヶ月に一万円も掛かってはいないんじゃないの? って誰しも口を揃えて言う。それもまたひとつの回答ではあるけどね。
だが、世の中には金のかかるゲーマーだっている。それこそ毎月のようにゲームなんてのは発売されるワケだし、そんなのを追ってたら金も掛かる。が、オレたちはそうじゃない部類に入る。オレたちはゲームを買うのに金が掛かるんじゃない。ゲームをするのに金が掛かるんだ。
朝から死にそうな顔をしている人間の殆どが、満員電車と云う名の肉体労働を強いられているからである……いや、オレもそうなんだけどね。朝っぱら、出勤ラッシュ。ぎゅうぎゅう詰め。これでもか、ってぐらい人間の肉を詰め込んだ電車は走る。頭イカれてるよな、毎日こんな思いして、かつ、そこから最低八時間も労働しないといけないとか。マジこの国ってイカれてるわ。別に勤勉じゃなくても生きていけるって。
オレの済む某埼玉県は、どちらかと言えば住宅地の印象が強い。東京とか言う頭おかしい都市に隣接している住宅地。そりゃ人間もたくさん住んでいるワケで、そこから都市部である東京に向かうワケであって。電車が混むワケで。遅延するワケで。
ため息なんてのは何回吐いたか解らない。電車のなかで罵声が飛ぶのだって日常茶飯事だ。無駄な体力を朝っぱら使うなんてご苦労なことだなクズ野郎。どちらかと言えば田舎から東京に出てきた人間って言うこともあって、都会の人間のことはどうにも理解できない。まず、他人に対して無関心すぎるし、自分勝手だし、ルールは一切守らない。頭のネジが出荷の段階で外れてるんじゃないかな。彼是、七年ほどこの都会に住んで、こんな連中に挟まれていれば、連鎖的にこうなるものか、とも最近は思うようになった。
電車のなかでは基本的に携帯電話にお世話になる。一昔前では考えられなかった光景が、もう、目の前には繰り広げられている。高校? いや中学のときぐらいに携帯電話が普及し始めて、それが今ではひとり一台の時代になっている。動画も、ニュースも、コレ一台で全部事足りる時代になった。携帯電話でニュースを確認し、欠伸をかみ殺しながら、電車で揺られること一時間ほどで、目的の場所に着く。このご時世、電車一本、乗り換えなしで職場に着くのはまぁまぁ恵まれているのかもな。
携帯電話をポケットのなかにねじ込んで、目的地のビルに入る。エレベーターホールはまだそこまで混んでない。これがもうちょっと時間が経つと死ぬほど混む。第二の電車となってしまう前に、職場のある階層まで行ってしまうのが一番だ。
うぉおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
鈍い音を立てながら、エレベータは上へと向かう。今乗っているエレベーターは三階から一〇階までをとばして一気に向かうヤツで、結構したから押し上げられている感覚がくる。結構なスピードが出てるんだろうな、と思う。
腕時計をチラリと見る。仕事が始まるのが八時半。現在時刻は八時二〇分。一〇分ほどの余裕を持って目的の階層へとたどり着く。―――チン、と乾いた音が鳴る。
エレベーターから出ると、入口はすぐそこ。カードリーダーに入館証をかざすと、扉が開く。スーパーハイテク、とか云うワケではなく、最近のこの業界はみんなこんなカンジ。情報漏えいを防ぐ為にも重要なことだからなぁ。このカードも、当然機密情報のひとつになっている。失くすとエライことになるので、まぁ、大事に……おっかねぇ。扉を開くだけじゃなくて、自分のPCを起動させるのにも必要だったりするから、本当に大事。いつもは首から下げてるから、落とすことはあんまりないとは思うんだけどな。
「おはようございます」
座席に着く前に挨拶をひとつ。社会人としての基本だ。大体、返ってこないけどな、挨拶。朝っぱらから疲れている人間たちだし、ま、仕方ないか。オレはまだまだ若手だし、挨拶ぐらいはキチンとしておかないとな。
自分の座席に座るとため息ひとつ。あぁ、長い一日が始まる。面倒くせぇ。とっとと終わって、家帰ってゲームしたい。あと寝たい。ぐーたらな日々を過ごしたい……。そんな願望が叶った試しはない。
……そんないつも通りのことを考えていると、PCの見慣れた青い壁紙が見える。悪いほうのブルースクリーンじゃなくてね。ガタガタガタガタガタ。
◇
―――ゴロゴロ……がんっ。
頭をぶつけて、私はやっとこさ眠気から解放される。よく寝た。毎日の睡眠は重要。ちゃんと八時間睡眠とらないとね。
ごーーー、と音がするのは、シャワー浴びていったアイツが風呂場の換気扇を回していったから。あぁ、私も一回シャワー浴びないとだな。まだもうちょっち眠い。
いま現在、私はうつ伏せの状態で、頭を壁にぶつけている状態。フリーなのは右腕なので、右腕を動かして、時計を探す。確か、布団の脇にひとつ置いておいたはずなんだけどなぁ……。ちなみに携帯電話は持っていないので、携帯電話で時間をチェックするっていうことはできない。まぁ、ぶっちゃけ持ってなくても不便はあんまりないし……ただ、私のじゃないけど、タブレットは部屋の端にあるテーブルに置いてあるから、いつもはそれを使ってる。家だとPCもあるしね。
やっとの思いで時計をみつけて、手前に持ってくる。頭に設置されたボタンを押すと、時計のディスプレイに灯りが灯って、暗闇でも時間がわかるようになる。時刻は八時ちょい。アイツが出て行ってから、一時間ぐらい経ったかな。
あー……眠いような気がするけど、そろそろ起きないと。ルーチンワークを変えるワケにもいかないしね。
うつ伏せだった自分の体を転がして、今度は仰向けになる。布団は既にはだけてて足元にぐるぐる巻きで放置されている。上半身だけを起こして、眠い目を少しこすって横を見ると、アイツの眠ってた布団だけがそこにある。あと、すくりーんせいばー? とかいう映像を流し続けているPCだけ。……そういえば、電源落としておいて、って言われてた気がする。
寝起きでふらふらする足をそのままに、私はPCのマウスを操作して、電源を落とす。ぶっちゃ毛PCは使わないしなぁ。情報収集ツールとしては優秀だけど、それだけ見てても、それしか学べないし、意味ないし。なんてことを言ったら「それは天才の考えかただよ」ってアイツに言われた。セオリーを学ぶには使えるからいいのよ。
さて、寝起き一発。とりあえずシャワー浴びてから行動を開始する。このままだと、ちょっと嫌だし。夏が過ぎて、大分涼しくなってきて、朝も暗くなってきたけど、それでも朝シャワーは浴びておかないとスッキリしないんだよね。
服を全部脱いで、そのあと髪の毛をまとめる。朝っぱらから髪の毛は洗わないし、とりあえず、髪は極力ぬれないように、っと。ここ最近髪の毛伸ばしてるんだけど、ちょっと邪魔になってきた気がする。
「はぁ……」
熱いシャワーを浴びると、心の底からそんな声が漏れる。また夜に浴びるのとは違った気持ちよさがあるよねぇ、朝シャワーって。夏とかだと、朝から浴槽にお湯を張って、お風呂、とかでもいいんだよねぇ。まぁ、やらないけど。
……シャワータイムは、体を洗う時間とか含めて一五分もあれば充分。バスタオルで体を拭いて、服を着込んでからまとめていた髪をもとに戻す。これでよし、と。朝の行動に移す準備がこれで整ったことになる。
着込んだ服は、いつも着ているような女の子らしい服装―――じゃなくて、単なるジャージ。動きやすい、っていうのもあるし、別にまだ外に出るワケじゃないから、これで充分。部屋の片づけとかで汚れちゃうかもしれないし、女の子らしい服装は昼間でお預け。
テレビをつけて、ニュースを横目にまずはいつも寝ているメインの部屋から片づけを始める。メインもなにも、この部屋以外活動する場所ないんだけどね。あんまり広い部屋に住んでも掃除が大変なだけだし、このままでもいい気がするよ。
布団を片づけて物置にしまうと、足元に散らかっている紙ごみとか、ペットボトルの山を片づける。いやはや、ゲームしてるときは別に気にしてないけど、いざ我に返ってみるとよくもここまで散らかしたものですなぁ。感心、はしないけど、頭悪いとは思う。脱ぎ散らかした服とかもあって、それは洗濯籠のなかにぶち込むとして。やっと足元がキレイになったところで掃除機を取り出して、スイッチ、オン。
うぃーーーーーーーん。
と、朝っぱらから音を立ててそれは足元の髪とか、色んなものを吸ってくれる。便利なヤツですね。本当に。とは言え、掃除機は麻になれば大体の家が音を立てて動かしているから、問題なし、っと。最近だと、音の少ない静音タイプの掃除機とかもあるらしいね。この掃除機が天寿を全うしたらそう言うのにするのもアリかもねぇ。まぁ、まだまだ三年ぐらいしか使ってないし、もうちょっといけるでしょうけど。
部屋の片づけ、掃除機を終えると、こっちの部屋はもう大丈夫。掃除機を部屋の端に追いやって、そこからはまた別のところの掃除を始める。
部屋を筆頭に、台所、風呂場、トイレ掃除、廊下・玄関の掃除、あと洗濯物。大体そんなところかな? 毎日やっているだけあって、そこまで酷い状況にはなってないし、アイツも気を使ってちゃんとキレイにしてくれているってのもあるし、大体二時間もあれば終わりを迎える。ふぃー。
時刻は一〇時ちょっと前。これで私の家でやるべきことは終わり、っと。洗濯物はまだガタガタ音を立てて回っているけど、それはまた昼過ぎにでもやるとして。
さて、ここからが私の時間になる。本当にやらないといけないこと、私のルーチンワークの時間がやってくる。
ジャージはそのまま、バッグにタオル、財布、手帳を入れて、出かける準備をする。お出かけだけど、ジャージから着替えないのにはワケがちゃんとあって、それはこれから私が向かう場所が、私服よりもジャージのほうが良いってだけの話。
今日の天気は晴れ。雲は若干見えてるけど、晴れてるから問題なし。とりあえず、目指すのは、駅。歩いて大体一〇分ぐらいかな。結構立地条件はいいと思ってるのよねぇ、いま住んでる場所って。駅自体は大きいものじゃないし、各駅停車じゃないと停まってくれないけど、ここから新宿ぐらいまでだったら三〇分もあれば着いちゃうぐらいかな。
時間は一〇時すぎってこともあるから、朝のラッシュ時のような人ごみはなく、居るのは世のおば様たちだけ。駅にあるのは小さなパン屋と、美容室と、スーパーだけ。改札も機械は三つだけ。駅中って、イメージでは高級なカンジがするけど、この街のこの駅に限ってはそうじゃない。駅が高級なのって、東京とか、そうじゃなくてもその都市の一番中心となる駅ぐらい。で、もって、この街はそうでもない。どちらかと言えば住宅地のイメージが強い。
駅のスーパーで買い物はよくする。その日の夕食当番のひとが主に。今日は私だから、帰り際に寄っていくことになると思う。いまはそのときじゃない。駅のなかには入るけど、それは駅の向こう側の出口に用事があるだけで、単なる通り抜け専用ってところ。電車にも、パン屋にも、スーパーにも用事はないし、美容院にもいかない。あー、けど朝ごはん食べてないし、動く前になにか食べておいたほうがいいのかなぁ。
駅の出口に出たところで、ふと、お腹を抑えて、回れ右。パン屋さんでパンでも食べていこう、っと。駅の改札すぐ横にあるパン屋さんに入って、適当に、パンをふたつぐらい購入して、ついでに紅茶でも頼んで、食事コーナーで適当な場所に座って食べる。やっぱり、朝ごはんは大切、うん。力の源だしね。見渡してみると、やっぱり時間も時間だし、お年寄りのかたとか、子連れのひとしかいないね。年寄りでもないし、子連れでもない私はひとりだけど……
……いけない、このままだとなんか空気に押しつぶされてしまう気がする。
「……」
食事するスピードを若干早めて、早々にパン屋から撤退する構え。直接言われたことはないけど、この空間の空気に言われているような気がして。
パンと共に受け取ったお盆をお店に返して、パン屋から撤退する。んー、昔と違って、なんかこう、ちょっと後ろめたさを感じるようになった気がする。昔じゃ当たり前の構造だったんだけどなぁ、いまじゃちょっとねぇ。とはいえ、うちもそこそこ厳しいみたいだけど。家計簿とかちゃんとしたヤツをつけてるワケじゃないけど、なんかそんなことアイツが言っていた気がする。あの日以来、そのことは言わなくなったけど。
パン屋を出て、また駅の通路を歩いてきた方向からは反対の出口に出る。向こう側が住宅街だとすれば、こっち側は開発途上のなんかこう殺風景なカンジを覚える。寂しいカンジ。目立つのはパチンコ屋の巨大な駐車場ぐらい。先に言っておくと、別に私パチンコ屋に行くワケじゃない。
駅から出て、上に見える電車の線路下を通って右側へ。この線路を伝っていけば、目的地にはたどり着ける。途中信号で二回ほど停まりつつも、真直ぐ、真直ぐ。
線路沿いはまた、住宅街の色が濃くなってくる。一軒やなどが立ち並んでいるワケじゃなくて、アパートとか、マンションとかが並んでいる。途中、公園なんかもあって、朝から外に遊びに出ている子供連れの女性が多い。もちろん、さっきのパン屋のときと同じで、お年寄りの方々も体を動かすのにせいをだしている。
とまぁ、そんな光景を横目にしていると、ネットに囲われた建物が見えてきた。今回の私の目的地はあそこになる。大体、家を出てから一五分~二〇分ぐらいかな? そんなに遠い位置にあるワケじゃない。
近づいていくと見えるのは、ネットの内側にある広場は、テニスコート。
そう、ここは屋内運動場。屋内、って言ってるけど、見たとおり、テニスコートは外に存在している。中には学校の体育館のようなものがあって、バスケットボールとか、バトミントンとかに勤しむひとたちがいる。体育館は二階層になっていて、一番下にはそう言った運動場があって、上の二階部分にはランニングコースが存在している。他にも、施設の奥のほうにはジムなんかもあって、筋トレなどもできる。
受付で手続きを済ませて、私は更衣室へ向かう。ここの市民だと、割引で年間パスポートを買うことができるので、まぁ、普通よりは安く私は平日毎日ここに通っている。まぁ、肉体を鍛えることで、反射神経とか、少しでも肉体の衰えを軽減できればってところ。なにもしなければ、ぶくぶく太っていくだけだしね。私がジャージで来たのも、運動するから動きやすい服がいいってことと、更衣室で着替えるのが面倒くさかったっていうのもある。
―――私の午前中は大体、こんなところで時間がつぶれる。朝の片づけとか、そんなものをさっさと終わらせて、そのあとの体を鍛えることに時間を費やす。ここ数年で私の体重はちょっと増えてるけど、これって筋肉なのかなぁ? それとも単に太っただけなのかな……
そんなことに少しブルーになりつつも、私はまずランニングから始める。
◇
昼ってのは凄く眠い時間でもある。午前中はそこまで目立った問題もなく、行き詰ることなく、時間が過ぎていった。まぁ、プログラマーなんてのは、設計書に沿ってプログラムを作るだけだからな……。そりゃ、いままでの経験を使って、効率よく、かつパフォーマンスの良いプログラミングをするのも仕事だけどさ、まだ三年とかいう短い期間だから、そこまでアレンジすることはない。ひとつの言語をしているワケじゃなくて、色んな言語を使ってるからなぁ、ひとつずつの言語の熟練度は一年にも満たない。
んで、そんな時間が過ぎ、三時間で午前中の仕事が終わりを告げる。前々から思ってるんだけどさ、午前中三時間で、午後五時間も働かないといけないのはおかしいと思うんだよねぇ、時間バランス的に。そんなんだったら、三時間三時間にして欲しいわ。
昼休みになると、大方の人間は外に食べに出かける。残りの人間は、コンビニかなんかで買ってきた弁当とか、おにぎりとか、なかには愛妻弁当とかを口にする人間もいる。ちなみにオレはコンビニで買う人間。恋人が居ても、その恋人が弁当を作ってくれない星からきた人間なんでね。まぁ、仕方ないか。
「仲代さん、たまには外どうっすか?」
まぁ、仕事仲間のひとたちは誘ってくれるのであるが、生憎、今日はコンビニで買ってるのでノーセンキュー。
「すみません。今日はコンビニで買ってきちゃったんですよ」
「あー、んじゃまた今度ね」
「すみません」
別に行かないのがデフォルトじゃないし、ああいうひと付き合いも面倒くさいけど大切ってことも知ってる。……クソクラエな風習だとは思っているけどな。自分のやりたいことを貫けない社会とか、マジ腐ってるわ。
世の中には働きたくても働けない人間が居る、って母親に言われたことがある。じゃあ、働きたくなくて働いていない人間はどうなんだって話。それで金貰って遊んで生きているとか社会問題になっているらしいけど、ぶっちゃけできるならそうしたいわ。働きたくない、働きたくない。そんなことを言いながらも、今日も生きる為、ゲームをする為に働かないといけないのだ。
「あー…………だるい」
携帯電話でゲームの動画をちまちま眺めて研究・勉強をしつつ、オレは怠惰な一時間を過ごす。昼休みって、もっと楽しいものだと思ってたんだけどなぁ、高校時代でも大学時代でも、休み時間ってのは心が安らぐ以上に、友人との他愛のない話で盛り上がれる、学校を忘れられた時間だったんだけどなぁ。悲しいことに、大人になると、大人は目の前の「仕事」のことにしか興味がない連中ばっかりだ。「遊び」にだけ目を向けるのが良いとは言わないけどさ、「生きる」だけに金を稼ぐのになんの生産性も感じないんだよなぁ。オレの心がまだ子供なのかもしれないけど。
心が子供、って言うと、千代にもよく言われるな。考えかたが幼くて、感情的で、理論がまったく通っていない。感情とか、なんとなく、で生きている。―――おい、ボロクソじゃねぇか!
その辺は才能なんじゃないかな、とか最近思い始めた今日この頃。まぁ、もう諦めてるけどね。オレはオレなりにやるだけ、って、もう決めてるんだけどさ。理不尽ってのは一日一回は感じるもんさ。
「仲代くーん」
「はい?」
……嫌な予感がする。
オレは苦笑いしながら、振り返る。
◇
『どうしてそんなに強くなれたんですか?』
―――良く聴かれるセリフ。それは、もうここ五年ぐらいずっと聴かれている。けど、それは私には正直理解できない質問。だって、正解を私は持っていないし、それを探している途中だと思っているから。
一二時半を過ぎて、肉体を鍛える時間は終わり、一時帰宅する。洗濯物を干していかないとね。あと汗だくになった服とかを洗濯籠に入れないとね。疲れてるし、ゆっくり―――とかしていると、寝ちゃうから辞めとく。
洗濯物を乾して、服もジャージから「女の子らしい!」服に着替える。そのあと家を出ると、再び駅のほうへと向かっていく。今度は、駅を通り過ぎるんじゃなくて、電車に乗るために駅に入る。改札を抜けて、ホームに向かうと、ラッキーなことにすぐに目的の電車がきた。まぁ、いつも乗ってるし、大体どんな時間にくるかは解っているけど、ジャストに乗れるのはラッキー。
……電車に乗って揺られること三〇分ぐらいで、私は目的地の駅にたどり着く。時刻は二時を少し回ったところ。とりあえず、食事でもしようと思って、アイツに教えてもらっていた油そばのお店に……。なんか、ラーメンとは全然違うんだけどこれはこれで美味しいものなのねぇ。感心。
食事を終えて、再び歩き出す。駅を中心として、食事をした場所とは反対に戻っていく。そして、駅を通り過ぎて、目的地に。午後からの私はまた違う私になる。
かつかつかつ、と音を立てて、その建物の下の階層へと降りていく。薄暗いけど、奥のほうは明るい。そして、大きな音。むせるような臭いは、煙草の臭い。ここにいると、帰るころには服も煙草臭くなっている。けど、それは慣れた、と言うよりは当たり前過ぎて普通のことになっちゃった、と言うべきかな。
平日の昼過ぎ。人の数は相変わらず少ない。けど〝ゼロ〟じゃない。特に、ここは『聖地』。私やアイツのような人間にとってはトップが集まる場所であり、もっとも活気のある場所。ゆえに、喩え平日だったとしても、日夜研究をしている人間たちは何人かは集まっている。大学生とかがこの時間帯に居るのかな? まぁ、私にとってみれば年齢なんてのは些細なことに過ぎないケド。
初めに言っておくと、私のような人物はこういう場所では嫌でも目立つ。だって女だから。ここは男どもが集まる場所であって、女は珍しいもの。ある人間は女を―――性的、出会い的意味で―――歓迎し、ある人間はその存在を忌み嫌う。それが、聖なる場所であるのなら尚更のことで、少なからずここを特別な場所であり、ある一定のレベルに達していない存在を許さない地でもある。
『なんでゲームをやっているんですか?』
―――そんな質問なんて、よく聴く。勝つ、と同じぐらいに、良く聴かれるのは、「なんでやっているの?」って云うセリフ。多分、アイツが私と同じ立場なら、そっちの質問よりも「どうして強いんですか?」って云うほうの質問が多いと思う。それもまた、私が女だから。気持ちは解らなくもない。だって、世間一般的に、こういうところに居る人間たちは所謂「そっち系」。もちろん、女にだって居るワケだけど、圧倒的に数が少ない。
何台も並んだ同じ筐体。そのうちのひとつに腰をかける。百円は予め両替してあるから、ポケットには豊富にある。イチイチ財布とか取り出すのメンドイし、ポケットのなかに全部入れてある。ジャラジャラと音が鳴るから、結局それすら億劫で筐体の上に無造作に置いてたりするんだけどね。よくアイツに怒られる。
ガッ、と乾いた音を立てて、椅子に座る。ここから私は変わる。いつもの、アイツの恋人でも、対戦相手でもない。
ゲーマーとしての私に変化する。
ドッドッドッドッ!
恐らく、ゲームセンターっていうところの音ってそんなカンジ。よく聴けばもっと違う音とかも聴こえるんだけど、様々な音が混ざり合い過ぎて、大まかにはそんな音にしか聴こえない。正直言うと、うるさい。もう長いこと通っているからなんとも思わないけど、始めてゲーセンにきたときは、帰り道耳がガンガン鳴ってたし、変な感覚だった。だけど、さすがに自分の座っている筐体の音ぐらいは聴こえる。その辺も考えられているもので、自分がゲームする筐体の音響は、ゲームをする人間には聴こえやすいようにスピーカの位置とかを調整している。
ふぅ、とため息をひとつ吐いてから、私はゲーム筐体の上。つまり、レバーだとか、ボタンだとかが設置されているところに手を置く。そして、一瞬の間を取ってから、データ保存をするカードを置く―――正式名称があるらしいけど忘れた―――。このデータカードには自分の戦績とか、どれぐらいの強さなのか、あとはゲーム内で使うプレイヤーネームとかが登録されている。なんか、ゲーム内通貨とか使ってゲームのキャラクターのコスチュームとか変えられるらしいけど、私はやらない。アイツはよく変えてるみたいだけど。
百円玉をゲームに投入する。いつもの手つき。これだけは、どれだけ時間が経っても、筐体が新しくなっても、ひとが変わっても、やることは変わらない。ゲームのタイトル画面で、高らかにゲーム名が宣言されたあと、私はキャラクターを選択して、ゲームを開始する。
アーケードゲーム。殆どのそれが同一なのが、CPUを相手に戦うと云うこと。私のやっている格闘ゲームでもそれは変わらない。大体、九つぐらいのステージで、次々出てくる敵を倒して、ラスボスを倒すとエンディング。けど、それが格闘ゲームの醍醐味じゃない。
A New Warrior!
―――そう、格闘ゲームだけじゃない。いまや、様々なゲームで一番の醍醐味は、自分ではない他人と戦えること。どちらが強いか、それを決める。一対一―――っていうゲームは最近減っちゃったけどね。格闘ゲームも、廃れていく一種とかなんとか世間では言われている。『eスポーツ』の種目としても海外では使われているけど、まぁ、少ないよね。もっと別の多人数対多人数のゲームが主流になりつつあるみたい。けど、私にとってはこういうゲームのほうが解りやすいし、見ている側も面白いと思っている。着目するところが、ふたつのキャラクターしかないしね。
相手の選んだキャラクターを確認して、頭の引き出しから対策を取り出す。総勢四〇キャラ以上を誇るこの格闘ゲームでは、気の遠くなるような組み合わせの対策が存在している。キャラひとりごとに、対策が用意されてて、それを基礎に、自分の使うキャラクター固有の対策も存在している。膨大な知識は、長い時間と経験をもって培われるものだ。
競技である。
私にとって『ゲーム』は。私にとって……
You Win!
……戦いはアッサリ。いつだってそう。接戦だったとしても、戦いはいつだって99カウント。それ以上いくことはないし、無限大になることはない。体力ゲージに違いがあっても、毎日、やっていることは変わらない。顔は見ないし、口にもしないけど、多分いま乱入しているひとも、長くやってくれているひとなんじゃないかな。
A New Warrior!
そして戦いは次に。ひとが変わったか、そうじゃないか。使うキャラクターを見てもそれは解らない。この時間帯にはあんまりひとは居ないし、多分同じひとなんじゃないかな。
〝……ふぅん、「ファルケ」か……〟
さっきも投げキャラ―――ガード不能で火力も高いけど、間合いの狭い技をメインに据えるキャラクターのこと。敵を掴んで投げるモーションって云うのも特徴―――だったし、同じひとかも。結構、弾をジャンプしてきたイメージがある。「受け」はあまり使ってこなかったかな。……このひと、やっぱり前戦ったことあるかも。人読み、って云うのは実戦的じゃない。だってそのひとにしか通用しない戦略だから。ガンガン人読みしてくるひともいるし、そうじゃないセオリーに忠実なひともいる。
けど、このひとは、投げキャラなのにあまり投げをしてこない。
…………「斬鬼」を使っていたときにも感じていた。このひとは、凄く〝差し〟に精通したひとだ。間合いや、状況、相手がここでなにをしてくるかを読みきって、通常技を差し込んでくる。いまの時代ではなかなか居ないひとかな。いや、このゲームはぶっちゃけ差しがメインなゲームだとは私思ってるけどね。
ガッ、ガッ。
うーん。
カチャカチャ、とレバーを動かす。ひとつ、ラウンドを取られた。最初のラウンドは凄く重要で、ゲージ―――必殺技を強化したり、スーパー必殺を出したりするのに必要なもの―――を使ってでもとりたいもの。一戦目を取っておけば、次のラウンドで万が一負けたとしても、ゲージ状況はこっちが有利で最終ラウンドにいける。
よいしょよいしょ大Kを食らってる。こっちが中Kを入れたいタイミングを見計らって、間合いを確認して、大Kを入れてくる。最初はそうでもないダメージも、塵も積もれば山となる。特に、小中大のなかでも一番ダメージの大きい大攻撃を入れてきてるワケだから、そりゃ積もれば痛い。
……けど、それは私だって得意なジャンル。正直、私のプレイングは、それと同じと言っても過言じゃない。だから、純粋な差し合いの勝負なら、私のほうが部がある。そう言えるだけの自信を、私は持っている。
第三ラウンド、開始。