2/承 - 下6
この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです。
これは、ゲームセンターに青春を捧げた男の、ちょっと頭の悪い妄想劇
物事は禁止されればされるほど、それに対する意欲や、興味とは湧いてくるものである。なぜなら、それを禁止するような理由がそこには存在しており、そして、実際にそれを行っているような人間も居るからである。
行われているもので、かつ、自分にはそれをすることは許されていない。それでも良いだろう、そういうものだと割り切ることができれば、ひとはそういったものに、興味こそは示すものの、アクションを起こすことはない。……しかし、世のなかの人間のほとんどは、禁止されている行為を、自分から行ってしまうものである。
ゲームセンターは特別、禁止されているようなものでもないし、いままでそんなものの存在すら、千代は知ることはなかった。知っていても、一昔前に、ショッピングセンターで眺めたぐらいの、子供すら遊んでいるような場所しか、記憶にない。
―――だが、先ほどの母親の言葉には、まるで、自分の知らないゲームセンターを示しているように、千代には思えたのである。
今日、久しぶりに赴いた、ゲームセンターだと思っていた、ショッピングセンターのなかにある遊戯施設は特別、煙草の臭いがすることはなかった。特に、最近では、ああいった場所で煙草を吸うような人間を見なくなったし、それが当たり前になりつつあることを、テレビかなにかで目にしたような記憶がある。この時点で、あそこのイメージと、母親の持っていたイメージの食い違いが存在している。空気が悪いと云う言葉も、そこが起因しているように思っていたので、あそこはそこまで空気の悪い場所ではなかった。
暗さも感じるほどではなかった。ショッピングセンターは明るい。照明を消して、暗くしているショッピングセンターを、千代は見たことがなかった。当然、そこに入っている施設も同じように、明る過ぎるぐらいの照明を点けて、客をもてなす。
とはいえ、だ。先ほどの話し通りであるのなら、母親が最後にゲームセンターなる場所にいったことがあるのは高校生の時代だと云う。つまり、通常考えてみれば、一〇年以上の歳月が経過しているわけだ。つまり、彼女の知っているような場所ではないと考えるのが、普通だ。
先ほどの話の件もあり、それ以上、なにかを調べようとも、聴こうとも、千代は思わなかった。
ただ、長谷川が良い知らせを持ってくることだけ祈って、千代は、その日を終えることにした。
◇
なにかを待ち続けることは、苦痛ではなかった。待てば待つほど、それに対する期待や、妄想に耽ることができたし、もし、それをやれることになったらどうなるだろうか、だとか、色々と考えてしまう。
世の中の人間は、待つことを嫌う。しかし、それでいて、すぐに結論や結果を出されることを嫌う。すぐに結果や、結論を求めていたのに、望み通りに与えると、不思議と、もう少し焦らして欲しいと思う。ならば、最初から、時間を掛けても良い、と言えばよいのに。
千代は待つことは嫌いではなかったし、それを楽しみにしている節もある。それは、先述の通りだ。
なんでもないいつも通りの時間。しかし、変わったのは、放課後になると、家に帰ることもせずに、教室に残って、彼と話をする時間ができたことぐらいだろう。変わった、と言っても、まだ二日ほどの話ではあるが。
今日も、同じように彼を待っている。昨日今日だ、少しは、自分の友人と出かけることも考えたが、やはりこちらを優先してしまった。これがきっかけで、疎遠などになってしまわないと良いのだが、と思いつつも、いまの興味が、少女としてのビジュアルへの拘りよりも、別方向に向いていることもあった。
退屈な放課後を少し過ごし、すべての授業が終わりを告げてから三〇分以上が経過したところで、ようやく教室には、千代と長谷川だけが取り残されることになった。
取り残されたあとも、少しの間は互いに無言で、自席でなにかしらの作業をする時間があり、それを一〇分ほど続けたあとに、千代が立ちあがったことが合図で、長谷川も立ちあがり、教室の外に出る。
……まだ、合流はしない。廊下を歩いて、階段を降りようとしたところで、千代が立ち止まり、廊下をあとから歩いてくるであろう、長谷川の到来を待ち続ける。
すぐに、彼は姿を現した。待っていた、と、ばかりに微笑する千代の顔を見て、少々、頬を緩めたあと、長谷川はバッグのなかから紙きれを一枚取り出した。
「なにそれ?」
紙には、開く紙のなかには、なにやら、文字のようなものが大量に書かれていた。
「汚い文字。もっと綺麗に書きなさいよ」
「う、ごめん。けど、昨日、兄ちゃんに聴いたんだ。ゲームセンターのある場所」
ゲームセンターの場所。
昨日、彼の兄が、自分たちが探しているゲームをゲームセンターでやったことのあるとの情報は知っていた。しかし、ふたりが知っているゲームセンターには、そのようなゲームは置いていないとの話だった。そして、その兄本人が、行ったことのあるゲームセンターを、長谷川は聴いてきたのである。
今日こそ、もしかすれば、そのゲームができるのかもしれない。千代は、心躍らせて、その場所を確認する。
「店名だけなんだ、教えてくれたの。場所は、調べないと」
「はぁ? どういうワケ?」
「ごめん。けど、兄ちゃん頑固で。直接、場所を教えることはできないって……」
なぜだろうか。そこに、自分たちが行かれると困るようなことが存在しているのであろうか。解らなくなった。
不意に、昨日の母親の言葉を思い出す。
子供が行くところでも、大人が行くところでもないよ。
もしかすれば、長谷川の兄は、それを知っていて、自分たちに行かせないように、しているのかもしれない。
良かれと思っているのかもしれないが、このときの千代にしてみれば、余計な世話であった。
しかし、店名を教えてくれたのは収穫だ。少しでも、可能性は見えてきたのだから、ここは彼を責めるべきではないだろう。
「どうやって調べる?」
長谷川が、自信なさげな表情で、千代に問いかけてきた。
悩むほどのものではない。いまの時間帯からすると、やるべきこと、やれることは限られてくる。
調べごとであれば、PCを使えば良い。しかし、いまから職員室に向かって、許可をとりに行くのは億劫であるし、また、見張りの教師が席を外すタイミングを待たなければならない。席を外せばいいが、もしかすれば、外さずに完全下校時刻まで監視され続ける可能性すらある。
しかし、ひとに聴くのもまた考えものだ。教えてくれるような人間がいるとは限らないし、そもそも、自分の母親も、そして長谷川の兄ですら、本当のゲームセンターに行くことを、どこか、快く思っていない節がある。そこまでくれば、普通に尋ねたところで、解答が帰ってくるは限らないし、可能性は低いだろう。
つまりここで取るべき最適な行動は、ひとつである。
「いまから、私の家で、PCで調べてからにしましょ」
とはいえ、長谷川を家にあげるようなことはしなかった。
もしかすれば、母親が昨日のように、リビングでくつろいでいるかも知れない。そうともなれば、後ろに連れてきた長谷川を勘違いしてもおかしくない状況になってしまう。学校後、さらに長谷川と合流するのに一時間ほどの時間が経過しているのだ。自分が自由に動ける時間は少なくなっていることを、忘れてはいけない。
家の前に待たせるのは問題があったので、近くのコンビニエンスストアで待つように言ってから、彼からメモを受け取って、急いで家に戻った。
扉を開けて、靴を揃えてから廊下を歩き、リビングを確認すると、母親の姿はなかった。念のために、部屋のなかに入って、冷蔵庫のところを確認すると、出かけているとのメモが貼られていた。買い物にでも行っているのだろう、いまが好機だ。
すぐに、廊下から階段を登って、自分の部屋にランドセルを置くと、父親の部屋へと向かう。こうしている間にも、母親はこちらに向かってきているかもしれないので、迅速に、かつ注意深くだ。一階から物音がしたら、すぐに、部屋を出られるように心の準備はしておく。
この間に使ったときもそうだったが、急いでいるときほど、PCの電源が入り、使えるようになるまでの時間が長く感じる。なぜ、すぐにでも、使えるようにならないのか、理解に苦しむ。焦りとは裏腹に、PCはいつまでも、同じ画面を表示し続けて、ようやく動かせるようになると、長谷川から受け取ったメモを目の前に出す。
「えーと……」
検索ワードに、それらを入力して、検索が終わるのを待つ。
画面に結果が表示されるのも、いつもよりも遅く感じる。実際は、そうではないのだが。
やっと、表示されて、いくつかの結果を確認する。最近は、PCが家庭に普及し始めたこともあり、様々な店のホームページが開設されている。残念なことに、今回調べた店名のホームページは存在していなかったものの、地図のようなものが出てきて、場所に印が付けられていた。
恐らく、ここだろうと、千代は確信する。表示されている店の名前も、長谷川の持ってきたメモと同じである。
ひとつだけでは、心もとないので、いくつか別のページも確認したが、同じような場所に表示がされていることを確認した。
PCをそのままに、一旦、自分の部屋へと戻る。机の棚の間から、教科書を取り出すと、その間から、地図を取り出す。いつだったか、社会科の授業にて、自分たちの住んでいる土地のことを勉強したことがあり、そのときに配られたものだった。
それを持っていき、自分の家と、駅のところに赤ペンで丸印をつけると、PCのほうへと戻る。画面に表示された場所を探す。
「あった」
思わず、口にしてしまうほどだった。
◇
駅の方角に来るのは、さほど珍しいことではない。この辺りには、大型ショッピングセンターがひとつある程度であり、それ以外の娯楽施設の数は限られている。隣町のほうへと行けば、少しはましだが、それでも、都会に面しているとはいえ、住宅地の色のほうが大きかった。
元々、この辺りは「都」にて仕事をしている人間たちの生活する場所。つまり、ベッドタウンと云うものだ。場所によっては、高級住宅街とも呼ぶ場所も存在しており、千代が住んでいる場所もその一角だ。巨大な家々が建ち並び、車庫には車が収められている。
この辺りの娯楽は、前述の通り、ショッピングセンターとなるわけだ。が、世の若者たちはそのような場所で遊ぶことはないだろうし、買い物も、ありきたりのショップが建ち並んでいることに飽いていた。常に新しい刺激を求めている彼らは、近くて遠い都へと思いをはせることになる。
電車は、そこへ続く夢の線路である。かくいう、千代も、休日になれば友人とともに電車に乗り、池袋、新宿と言った都会へと足を踏み入れることもある。この駅から出ているのは、各駅停車のみだが、それでも、一本乗るだけで済む。
小学校からさほど離れていないこともあり、再び小学校の前を通って、そこから駅へと向かう。
が、ここで電車に乗るわけではない。今度は、電車の線路沿いを、隣の駅に向かって歩いていくことになる。
どれぐらい歩くことになるかは計算もしていないし、解らないが、もし、一時間も掛かるようであれば、休日に赴くことにしよう。
「隣町って……行ったことある?」
「全然。行くとしても、電車に乗って逆方向だし」
ふたりが歩いている方角は、都へと出る方向ではなく、その逆だ。内陸のほうへと向かう形になる。そちらにも、千代が住んでいる県の中心都市が存在しているらしいが、あまりそちらのほうへと行ったことはなかった。
そもそも、幼い彼らにとって、自分たちの住んでいる街を出ることは稀であり、特殊な人間だけができることである。千代は、行動力のある人間であろう。活発な、女子グループに所属していることもあり、都のほうへと出て、ファッションなどを確認してきた。
しかし、多くの人間は、幼いうちは自分たちの住んでいる街こそが、すべてなのである。その外に、もっと広い世界が存在していることを知らないまま、ひとつの場所に留まり続ける。
いつしかそれに息苦しさを覚えるようになり、初めて、外に目を向けるようになると、自分たちの住んでいる場所の小ささを知る。
―――故に、これは、冒険なのである。
知らない場所へ向かうこと。興味もなかった場所へ向かうこと。
それが喩え、小さな町のなかのどこかだったとしても、少年少女にしてみれば、それは、間違いなく冒険なのだ―――
大きな通りを越える。この大通りは、一度、千代は通ったことがあったのを思い出す。確か、ここを左に曲がり、大通りを進んでいくと、昨日行ったショッピングセンターにたどり着くはずである。この先に行くことは、特にはない。父親の車に乗せられて出かけることはあっても、まだまだ、この街のブランクな部分は多い。
狭い道だ。横を見ると、川が流れており、そこには大量の木々が川沿いに生えている。通っている道を確認すれば、車屋や、アウトドア専門店などが建ち並ぶ。この細い道沿いには、そんなものがあったのか、と、千代は思う。
「線路って、やっぱりまっすぐじゃないんだなぁ」
歩き先。開けたところに、上にある電車の線路が続いている。その一本に見える線路が、少しずつ、曲がっていることがこの場所からなら解る。当然のことだが、こうして、線路が曲線を描きながら立っている様を見るのは、初めてのことであった。しかし、歩いているふたりは、まっすぐ、歩いているように感じている。不思議なものだ。
車屋を通り過ぎ、アウトドアショップを過ぎると、今度は車用品の店があった。この通りは、余程車を推しているのか。
「結構、ひと居るんだね。車って、なんか買うものあるのかな?」
「……タイヤ、とか?」
千代は自信なさげに応える。さすがに、車のことなど詳しくはない。むしろ、そういうものは男のほうが詳しいのではないのだろうか。
「いや、全然。興味ないから、かなぁ。カッコイイとは思うけどね」
「ふーん。どの辺が?」
「……メカなところ、とか?」
「メカ?」
「機械でできているもののこと」
あぁ、と、千代は頷く。やはり、どうにも、男の感性とは理解が難しいものだな、と千代は心のなかでもう一度、頷く。
そうして、車用品の店を通り超えたところで、やっと、店らしきものは姿を見せなくなる。いままで、天井を走る電車の線路の足元のスペースに店が並んでいたが、それがなくなったのである。
さすがに、道を間違えたのではないのだろうかと、焦って、地図を取り出すが、どうやら、問題はないらしい。恐らく、この辺りなのであるが……
「それらしいものは、ないね」
長谷川も周囲を見渡しながら、そう、口にする。
……もう少し、歩いてみることにした。まだ時間にも余裕はあるはずだ。
不意に、後ろのほうを振り返ると、やはり、この辺りの道は曲がっていたのだな、と、思わせる。まっすぐ歩いてきたつもりだったが、少しずつ、右側にずれている。
途中、車の洗車場があり、それを横目に、さらに先へと進んだところで。
それは突然目の前に現れた。
「あ」「あ」
同時、指をさした。
ふたりの指差す先に存在するのは、小さな、店。一直線ではない線路の下にある、青色をした店であった。
まだ少し見えただけ。だがしかし、ふたりにはなぜか、その店がそうなのだと、確信じみたなにかがあった。