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2/承 - 下5

この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです。

これは、ゲームセンターに青春を捧げた男の、ちょっと頭の悪い妄想劇


 予想通り、その日は快眠であった。PCによる作業をしなかったこともあるが、寝るときに目が冴えることも、興奮を覚えることもなかった。明日になれば、すべてが解ると云う感情こそあれども、それは興奮の領域までは到達しておらず、千代は夜、ベッドに横になったしばらくあと、眠りに落ちた。

 特に夢のようなものは見なかった。昨夜、あまり眠れなかったこともあって、その分その夜はよく眠れたのだろう。夢を見ることのないほどの深い眠りだった。

 そのおかげもあって、目覚めは良かったし、昨日ほど眠い目をこすってリビングに降りることもなかった。父親にも、母親にも、特になにも言われないまま、朝食を摂り、他愛のない会話を交わしたあとに、家を出た。

 ……しかし、問題はそこからであった。

 どうにも、授業に集中できない。

 今日の放課後には、長谷川によって知ることのできるアレに対しての期待が膨らんでいく一方で、それ以外に割く脳のリソースが不足している。授業内容はまったく頭に入ってこないし、むしろ、眠くなってしまうほどである。事実、いくつかの授業は軽く寝てしまったいた。

「まだ体調悪いの?」

 友人のひとりがそう声をかけてきてくれたが、別にそういうわけではないので、首を横に振った。

「ただ、眠いだけ」

「ははぁん。あるよねぇ、そういうの―――」

 その後の会話も、よく覚えていない。

 楽しいはずの友人との語らいも、今日は頭のなかに入ってはこなかった。ただ、この時間が早く過ぎて欲しいと、早くこの日が終わって、放課後になって欲しいと、そう思うばかりであった。

 最低だ、と、千代は内心で呟く。友人との時間を、ツマラナイものだと認識している自分。いまはそれよりも、もっと話したいこと、知りたいことがあるはずなのだと思う自分がいることを、嫌悪する。

 だが、それもほんの一時のものであると、千代は思っていた。物事に興味を示すと云うことは、そういうものである。最初だけは、好奇心でそれを調べ、実際にやってみる。しかし、楽しい時間とはすぐに終わりを告げて、その先からは怠惰になり果ててしまう。そうすれば、かつての好奇心も、記憶も忘れて、また元の生活に戻っていく。だからこうして、アレに興味を抱いたのも、それをやってみたいと思うことも、その一環であるのだろうと、千代は思っていた。


 どれだけの時間が経過したとしても、学び舎でなる鐘の音に変わりはない。いや、いまのようなディジタル音になってからの話ではあるが。さらに昔に目を向ければ、本物の鐘を使っていたのだろうな、と、呆と思う。

 いまの鐘は、本日の授業工程のすべてが終えたことを告げる鐘である。ちなみに言えば、今日は五限までの日であり、六限までの授業は行わない。仮にそのような日だったとしても、六限終了時の鐘は鳴る。

 予習をしていくと云う嘘を吐いて、教室に残った。見た目上でも、一応、机の上には教科書とノートを開いて、寝ていた授業がどこまでやったのかを別の人間に確認して、ノートに書き始める。やることはやっておいたほうが、家に帰ったあと楽である。

 待ち人である、長谷川であるのだが、いまのところ、動きはない。一度、トイレに向かったのか廊下に出て、戻ってきてからは机に向かったまま、なにかをしているだけである。自分と同じように、授業のノートをまとめているのだろうか? 気になるのなら、あとで聴けば良い。

 それにしても、放課後の教室はやはり、ひとがまだ残っているものだ。一体、どうして彼らは帰りたがらないのか、そのあとに会ってゆっくりと話せばいいと云うのに。今日ばかりは、苛立ちと、ため息を隠しきれなかった。

 結局、彼らがすべて居なくなるのに、一時間ほどの時間を要してしまった。途中、教師などが教室に戻ってきたが、勉強しているふたりを見て「無理するなよ」とだけ言ってから、また廊下に出ていった。

 教室には、千代と長谷川だけが取り残されるような状況になった。

 すぐには、行動しなかった。それは向こう側も同じで、しばらく様子を見合っている状況が続いて、それが破れたのはさらに一〇分の時間を要したころであった。

 耐えられなくなったのは、千代のほうだ。椅子を下げて、立ち上がると、他の座席の間を縫って、長谷川のところへとやっていく。

「昨日の話なんだけど……」

 放課後、昨日の約束通り教室に残ってくれたことを考えるに、忘れてはいないだろうが、念のためだ。

「え、あ、うん」

 さすがに用意していたのか、椅子に座ったまま、体を千代のほうへと向ける長谷川。

「え、と……あのときの動画のゲームなんだけど、正式名称『Street Of Fighters 4sX』、だって」

「え? なんだって?」

「Street Of Fighters 4sX」

 ……思わず聴き返し、頭で処理をして、考える時間が必要であった。どこからどこまでが、ゲームのタイトルなのか、解らなかった。千代からすれば、まるで呪文の詠唱かなにかのように聴こえた。

「通称、フォースって言われてるんだってさ」

 なるほど、と、千代は頷く。確かに、それだけで充分だ。

 しかし、さすがに聴いたことのない名前だ。ゲーム、とはあまり関わってこなかったものの、国民的に有名なゲームぐらいは知っているつもりであった。それこそ、動物を集めるゲームだとか、配管工のヒゲ親父なども。

 しかし、そのフォースなどと呼ばれているものは知らなかった。名前の響きから考えるに、4、と云う意味が込められているのだろう。ともなれば、昔にセカンド、サードとありそうなものであるが。つまり、フォース、と呼ばれているものが最新作なのだろう。

「で? それって、やれるの?」

「う、うん。なんか、PS2ndでやれるらしいよ」

 PS2ndと言えば、いまの最新ゲーム機体のことだ。テレビのCMや、番組内で見たことがある。

「けど、ウチにはないんだ……」

「そうなの?」

「うん。PS2nd、高いからね」

 たかがゲーム機であるが、その値段は千代も知っていた。確か、三、四万円ほどの値段がしたはずである。自分たちのような子供に手が出るような価格ではない。それに加えて、八〇〇〇円ほどもするゲームソフトも買わなければならないのだ。ゲーム機は、ゲーム機単体では役にも立たないものだ。

 ここまで来て、やはりその壁に阻まれることになる。覚悟はしていたのであるが、やはり、仕方のないことだ。さすがに、いますぐに父親にPS2ndを買ってくれとは頼めないし、恐らく、拒否されるだろう。

「けど」

 諦めかけていたところで、長谷川が言葉を続ける。

「兄ちゃんが言ってたんだけど、なんか、そもそも、そのゲームって、家でやるゲームじゃないとかなんとか」

「―――? ゲームなんだから、家のなかでひきこもってやるものでしょ?」

 ボードゲーム然り、世の中でいうところの、ゲームと呼ばれるものは、いつだって室内で行われるものである。それに、PS2ndも、家庭用ゲームと言われている以上、家のなかでやるものである。

「元々は、ゲームセンターにあるゲーム、なんだってさ」

 聴きなれない言葉だが、不意に、頭のなかに情景が浮かぶ。いつだったか、ショッピングセンターの一番上の階層にメダルを使った、じゃんけんやら、乗りものやら、メダル落としやらのゲームの情景を思い浮かべる。

「あんなところにあるの?」

 イメージは、子供向け、だ。そもそも、動画で見たようなゲームは見たこともないような気がするが。

「そこまでは、解んないや。けど、兄ちゃんは、知ってるみたいだった」

 長谷川の兄に直接聴くのが早そうだが、確か、高校生、だと言っていた記憶を思い出す。高校生の男子は、ガラが悪く、一般的に不良と呼ばれる人間ばかりだと云うイメージがあったからだ。

 そうとなると、そこに、そんな人間がいることになるのであるが、ビジュアル的には、想像がつかないし、ミスマッチに感じる。

「……」

 が、そこでできるのであれば、行ってみる価値はありそうだ。若干の恐怖はあるが、それ以上に、いまは好奇心のほうが強い。もし、なにかあったとしたらすぐに家に帰れば良い。

「じゃ、いきましょ」

 そうとなれば、すぐに行動である。千代は、自分の座席に戻り、ランドセルを手に取ると、そう言う。

 当の言葉を投げかけられた長谷川は、え、と短く返答する。

「ぼ、僕も?」

「当然でしょ。そんなところに、女の子ひとり行かせるつもりなワケ?」

「……はぁ」

 から返事ではあるが、了解はしてくれたようだ。千代は微笑して、教室をあとにし、長谷川もそのあとに続いた。



 ショッピングセンターといえば、巨大なモールが、この地域にはひとつだけ存在していた。これは長らく、この地域にあり、千代が幼いときにも、そこに存在していた。昔は、そこに家族で買い物に向かい、様々なものを強請ったものである。

 その後、老朽化を都合にしばらく休館となっていたが、改装工事を何度か繰り返し、地域最大の巨大ショッピングモールとして生まれ変わったのが、五年ほど前の話だと、聴いている。その後は、特に目立った改装もなく、駐車場が建設されたぐらいである。

 夕時ともなれば、多くの大人がこの店に訪れるし、なかには、歳上の同性の人間も多い。巨大ショッピングモールのなかには、ブランド店なども存在しており、ファッション街と銘打ったフロアもある。もちろん、それだけではなく、日用品のほとんどが、この場所で事足りるのだ。

 そんな場所に、小学生ふたり―――と、云う光景も特に珍しくはないだろう。ここは、彼らにしてみれば、これ以上ないほどの遊び場であり、また大人たちもくることから、大人のための店があると云う認識が彼らのなかにはあり、少し背伸びをした気分にさせてくれる。

 しかし、いつもと同じ心持ちではないと、千代は思っていた。今日だけは、楽しい気持ちで来たのではなく、なぜだか、戦場にでも赴いているかのような心持ちであった。

 記憶が定かであれば、このショッピングセンターの最上階―――つまり三階の一角にあったと記憶している。

 エスカレーターに乗り、三階まで来ると、そこにはスポーツショップや、時計屋、喫茶店などがある。この辺りは、まだ最近でもくる場所である。このスポーツショップの店内を抜けると、本屋の裏手側に出るようになっており、ぐるりと回って正面から本屋に向かわなくとも、ここを一直線に突きぬけるだけで本屋にたどり着くので、買い物はしなくとも、このスポーツショップは良く訪れていた。

 今回もその道を抜けて、本屋のなかに入る。しかし、今日違うのは、その本屋すら抜けてしまうことである。そのまま、別の通路に出て、少し歩くと、手前に巨大な看板が取り付けられた、目的の場所に来る。

「うわ、ほとんど変わってないなぁ」

「うん。けど、最新機種みたいなのも入ってるよ」

 心なしか、長谷川は楽しそうである。やはり、男子と云うものはこういったところに興奮を覚えるのだろう。改めて、千代は認識する。

 さて、そうではない。今日は探しものがあってきたのである。

 店内に足を踏み入れるが、昔通りのメダルを使ったゲームの宝庫であった。……昔、ここに本物の百円玉を入れてしまったことを思い出す。

 それにしても、やはり、夕刻と云うこともあり、同年代ほどの人間も何人かいる。どれも、見たことのない顔の連中だったので、もしかすればこの辺の小学校ではないのかもしれないし、自分よりも年下、年上なのかもしれない。もちろん、大人も交じってはいるのであるが、女子が多い。シール作製機、UFOキャッチャーなどのゲームを、楽しそうにプレイしている。

 ……くまなく、コーナーを巡って、また、元の場所に戻ってきたふたりは、首をかしげる。

「……あった?」

 千代は長谷川に問いかけると、彼は首を横に振る。

「ううん。そんなものはなかったけど」

 ゲーム一台ずつを隅々まで確認したわけではないが、ふたりが探しているゲームのキャラクターの姿が見えるものは、なにひとつなかった。

 見逃したとは考えられない。このゲームコーナーは、ゲームひとつずつが置かれているスペースが広めに作られており、ひとつずつを確認するのにそこまで手間ではないからだ。

 結論はただひとつ。この店には、なぜか、ない、と云うことだ。

「店員さんに訊いてみる?」

 長谷川が、UFOキャッチャーの景品をずらす店員の姿を指さして、そう提案する。

「ちょっと待ってて」

 解答はしなかったが、すぐに長谷川がそんなことを言って、小走りでその店員の元へと走っていく。……しばらく待って、なにかを話していた長谷川が頭を下げて、こちらに戻ってきた。

「ないってさ……」

 どうやら、この場所には置いていないことが、解ったらしい。

 では、彼の兄の言葉は嘘だったのだろうか? ゲームセンターなる場所に、そのゲームが存在していると云うのは、自分たちをからかうための言葉だったのであろうか?

「お兄さん、そのフォースってやつ、やったことあるの?」

「あるんだと、思う。なにか、僕には解らないようなことも言ってたし」

 それなら、嘘ではないのか。彼の家、即ち長谷川家にはPS2ndはないと、彼は言っていた。つまり、家でそれをすることはできない。

 いや、そうだったとしても、知識だけを知っていたのかもしれないし、そもそも兄の友人が持っているのかもしれない。やったことは嘘ではないだろうし、もしかすれば、こういった場所に置いてあると云うことも、彼は噂で聴いたことがある程度なのかもしれない。

 ここで考え込んでいても仕方がない。あまり長居しても、家に帰る時間が遅くなるだけである。あまりにも帰る時間が遅いと、両親に心配をかけてしまう。

「……帰りましょ」

 仕方がない。そう、割り切ることにした。


 家に帰ったとき、既に母親がリビングでテレビを見ていた。片手にジュースの缶を持ちつつ、おやつのようなものを口にしながら、ソファに座っている。

「おかえりー」

 ひらひら、と手を振りながら、千代にそう言葉を掛ける。仕事がひと段落したときの彼女はいつもこうで、ジュースを飲みながらだらけている。決して、家のことを放棄しているような人間ではないのであれなのだが、呆れてしまう。余談だが、彼女は酒が飲めないらしく、祝いごとはジュースで祝うようにしているらしい。

「おやつ、入ってるよ」

 冷蔵庫を指さす。母親が食べている菓子類を見るに、今日はフルーツゼリーであろうか。千代が冷蔵庫を開けると、案の定、フルーツゼリーが冷えていた。

 しかし、昨日今日で、仕事がひと段落してしまったのは、予想外であった。仕事に集中していれば、また父親のPCを失敬するところだったのだが……仕方がない。

『今日、もう一度、兄ちゃんに聴いてみるよ』

 長谷川の言葉を信じることにしよう。こちらとしても、調べられることは調べておきたいのだが、今日ばかりはどうしようもない。

「……」

 ……母親は知っているのであろうか? 不意に、そんなことを思いついて、千代は母親の前に立つ。

「ねぇ、お母さん」

「うん?」

 ジュースをぐびりと呷りながら頷き、缶をテーブルの上に置くと、こちらを見る。

「……ゲームセンターって、知ってる?」

 問うて、見る。

「ゲームセンターぁ? あー、なんか、ママがまだ高校生ぐらいのときに一度行ったことあるけど、あんなところ、面白くもなんともないわよ?」

「へ、へぇ……」

「―――? なに? 行ったの?」

「ううん。クラスの男子がそんなこと言ってて、話を振られたから」

 用意していた嘘を目の前に出す。

「ふーん。ま、あんなところ、行くところじゃないよ。タバコ臭いし、空気も悪いし、暗いし、目も悪くなるし、くだらない連中に絡まれるし。子供がいくところでも、大人がいくところでもないよ」



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