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2/承 - 中3

この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです。

これは、ゲームセンターに青春を捧げた男の、ちょっと頭の悪い妄想劇


 相変わらず、彼の姿は学校の授業にはなかった。恐らく、中学を卒業するまで、そこにはないのだろう。それを、可哀そうだと思う人間はいない。だらしないと思う人間は多いだろう。

 だが、彼の心はまぎれもなく、治ることのない、一生そこにある続ける傷がつけられているのである。

 教室に戻ると云うことは、常にあのときのことを思い出しながら授業をしなければならない。常に、あのときの主犯とともに、授業を受けなければならないのだ。その後の話を聞いたことはないが、最初は反省した素振りを見せているだろうが、そういった連中はいつまでも同じことを繰り返すし、真に反省することなどない。

 子供と言えども、善悪の区別がつかない歳ではない。彼らは「良し」と思って、その行為を行っているのだから。

 夏休みの終わり。

 そう、授業が再開されてから、既に、一ヶ月が経過しようとしていた。残暑はまだまだある。ただ、この辺りは雪国、と言われているだけあって、一二月にでもなれば、雪が降るようになる。つまり、この暑さを感じられるのは、最大でも残り一ヶ月弱と言ったところだろう。

 また、空き教室で暮らす日々が始まった。

 だがあのときと違うことがある。

「それじゃあな」

「……おう」

 工大は、昼を過ぎたら学校から外に出るようになった。

 いままで、例え退屈だったとしても、下校時刻まではこの教室に居続ける存在であったのだが。

 学校から外に出るのには、特に手続きは必要ない。しかし、なにも言わずに外に出ると、教務室の教師に声を掛けられてしまう。それは非常に面倒くさい。だからこそ、昼休みの終盤、これから昼の清掃が始まる頃合いに、外に出るのが丁度いい。外には、校庭掃除や、グラウンドの整備で外に出る生徒も居るため、その時間帯に外に出ることが不思議ではないからだ。

 制服を着込んで、バッグを抱えているとさすがにばれるので、バッグは極力、窓から見えないようにだらんと下げておく。制服で掃除に参加する生徒も、ゼロじゃない。制服で、手ぶらなら、外に出ても怪しまれない。

 早足で、廊下を歩き、他の生徒にも気を配りながら、玄関から外に出る。教師はともかく、生徒には特に見られても問題ないのだが、工大は事が事なので、あまり他の生徒にも見られたくなかった。

 外に出ると、校門から外に出ることはない。この中学校には、玄関が三つ存在している。ひとつは、三年生の下駄箱が存在する正面玄関。ふたつ目は、教務室の近くに存在する教師専用玄関。そして、もうひとつが、一年生、二年生の下駄箱が存在する、一番大きな玄関だ。

 正面玄関は基本、常に開いている。教務室の窓から、見えるようになっていることもあって、そこから出入りすればひと目で解る。教務室玄関も、同じような理屈だ。

 しかし、一年生、二年生側の玄関は、朝は開いているが、日中は閉じている。そこから、外に出ることはできないようになっている。

 そこが、日中、一度だけ開く時間がある。それが、昼の玄関掃除の時間である。

 理由は詳しいことは知らないが、一度だけ、そこは開く。そうして、そこを利用して、工大は外に出る。これなら、ばれることはない。普通なら、授業中に誰が居ない、などと申告があるかもしれないが、そもそも工大は授業に出ていない。いるかどうかも解らないような状況になっているのだから、その点の心配はない。

 堂々と、外に出ることができる。そのあと、すぐに脇道に入って、他人に見られないようにする。少し遠回りになるが、そこから歩いて、自宅付近まで向かうと、そのまま道を変えて、別方面へと向かう。

 ……三〇分ほど歩いて、駅を越えて、目的の店にたどり着く。

 店に入ると、エスカレーターに乗って、上へ、上へと向かう。そうして、階層は「6」を告げる。

 薄暗い空間。この一ヶ月の間でも、何度か足を運んでいるし、夏休み中も来ていた。正直、自分でも解らないが、ここなら、自分の知り合いとも出会わないし、楽しいと思える。だから、ここが好きだ。

 始めてだった。心の底から、ここに居たいと思ったのは。

 平日の、昼過ぎともあって人の数は少なかった。夏休みの間は、この時間でも、自分よりも年上の人間が多く居たのであるが、さすがに夏休み期間は終わって、皆、それぞれの生活に戻っていったのだ。

 工大だけが、取り残された。

 そして、工大にとってこれこそ、待ち望んでいた状況でもあるのだ。

「……」

 喉を鳴らして、唾を飲む。右手には、百円玉が握られている。

 ―――ゲームセンター。

 ここは、確かに聞いたことのある場所だった。昔から、ゲームはそこそこ好きであったし、昔居た友人のなかでは、上手い部類に入っていたと思う。そして、ゲームをするための施設が存在しているとは、父親にも聞いたことがあったが。

『あそこは、子供が行くような場所じゃないし、行かないほうが良い』

 とだけ言われて、それ以来、聞くことはなかった。

 だが、心に引っ掛かりはあった。

 子供の心だ。駄目だと言われれば、行ってみたくなる。その期間が長ければ、長いほど、そこに対する背徳感や、好奇心は膨らんでいく。工大の幸いだったところは、どこにゲームセンターが存在しているのか、知らなかったことだ。昔は近くにそれらしき存在があったのだが、そこはいつの間にかパチンコ屋に変わっていたし、さすがに幼い彼でもゲームセンターと、ゲームコーナーの違いは理解していた。

 大人の行く、金を使った楽しい場所。

 漠然としているが、そんな考えを持っていた。

 そしていま、幼人は、少年となり、この場所に立っていた。

 誰も居ないときを選んだのは、自分の下手糞なプレイングを、他人に見られたくないと云う羞恥心であった。

 辺りを見渡す。薄暗くて、一定範囲以外は見えないが、それでも、注意深く観察した。目の前にあるのは、有名なロボットテレビアニメをモチーフにした、対戦ゲーム。アニメーション作品に疎い工大でも、これだけは知っていたし、夏休み中、一番盛り上がっていたタイトルだったのを覚えている。

 深呼吸をする。何度目か、解らない。喉がカラカラで、唾も少ないような口内。舌はざらざら、唇も乾燥しきっていた。

 それだけ、緊張しているのだ。周囲を確認して、誰もいないと解っていると云うのに、妙に緊張してしまう。

 意を決して、備え付けの椅子に座る。そして、入念に筺体を確認する。

 棒の上に、ボール状のそれが取り付けられているスティックに、四つ並んだボタン。ひとつ、離れてもうひとつボタンが存在している。そして、巨大なモニターがある。ボタンの横側には、コイン投入口が存在しており、かすれてしまって見えないが、かすかに「100円」と書かれている。

 スティックを、握ってみる。

「確か―――」

 これで遊んでいた人間の握り方を実践してみる。

 左手の、小指と、薬指の間に棒部分を挟み、他の指でボール部分をつまむような形。残った右手は、ボタンを押すのに使う。まるで、PCでも扱っているかのようだ。

 ずっと手で握って、汗にまみれてしまったコインを、筺体のコイン入れに入れる。

 なにやら大きな音が響く。それに驚いて、思わず後ろに仰け反ってしまった。ここに、第三者が居たとすれば、奇怪な光景だったであろう。

 心臓が痛いぐらいに鼓動を重ねている。

 そしてゲームは始まる。

 初心者説明など特になかった。使う「機体」を選んでくれとアナウンスされ、とりあえず、最初にカーソルが合わせられている、主人公らしきものを選び、説明なく広いフィールドに置き去りにされた。

「え、っと……」

 とりあえず、最初のステージらしく、敵は特に攻撃は仕掛けてこなかった。ここを使って、操作に慣れろ、といったところなのであろうか。

 適当にスティックを動かすと、機体が動き始める。歩くだけじゃない、ステップを踏んだりしている。全体的に、ゲームスピードは遅めのように感じた。

 スティックだけじゃない。ボタンも試してみる。左から順番に試してみると、ひとつはターゲットを切り替えるものであった。もうひとつは、機体の腕が動き、そこから光の線が発射されて、ターゲットの的にぶつかり、ダメージを与えているようだ。もうひとつは、機体が腰からなにやら光の線が生えた棒のようなものを取り出して、接近攻撃をしている。最後のひとつを押すと、機体がブースターのようなものを吹かして空を飛び始めた。

 これらを組み合わせて、ゲームをするのだろう。とりあえず、ひとつ目のステージをクリアして、次のステージへ―――

 工大の目は輝いていた。そう、自分で、思い通りに機体を動かす。どれだけそれが楽しかったことか。

 自分が操作すると、機体はその通りに動く。どんどん、敵は出てきて、それを倒していく爽快感。

 楽しい。

 ひたすら、楽しい。

 これを続けて、最後は、自分の知らない人間と腕を競う。それは、スポーツにも似たなにかに近かった。

 ―――それが、少年にとって、初めてのゲームであった。

 まだ、純粋に「楽しさ」だけを追い求め、「戦い」と言うには余りにも幼稚な、誰もが通るであろう、最初の一歩であった―――



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