2/承 - 中2
この作品は「オチなし」「ストーリーなし」の作品です。ただ、文字が羅列してあるだけです。
これは、ゲームセンターに青春を捧げた男の、ちょっと頭の悪い妄想劇
なにか趣味を始めたい。
そんな気持ちになったのは、久しぶりだった。少年は、地獄のような日々を送っていただけに、そんなことに気を回す余裕などなかった。
矛先が自分に極力向かないように。できるだけ、嘲笑われないで済むように。なにもされず、一日が平穏で終わるように。
そればかりを考えてきた。そうするために、どうすればいいのか。そんなことは知らなかったし、結果として、いまのような状況になって、やっとその答えを得た。
答えは、反撃だ。
嫌なら、暴力に訴えれば良い。なぜなら、彼らは、そういったことをしてこない人間を本能的に察知して、標的にしてくるのだから。だから、そうじゃないことを見せつけてやれば良い。そうすれば、彼らは自分にも危害が及ぶと思って、離れていく。そうじゃなかったときは、さらに派手にやれば良い。
工大はそれを結論とした。もし、同じようなことにまた会うのであれば、すぐにでも、そうしようと心に誓っていた。
答えを得たことによって、工大はやっと、心の平穏を手に入れることができた。本当に、一年ぶりの平穏だ。授業に出なくとも、怒られないし、理解されないし、無関心だ。だからこそ、工大は現状に甘んじている。
心にゆとりが生まれると、自分に対しての興味がわいてくる。故の、趣味だ。
小学生のころ、まだ友人と呼べる存在がいた。とても昔のように感じるが、実際は二年も経っていない。つい最近だったはずなのに、とても、とても遠くの記憶だ。そんな彼らとよく興じていたのがトレーディングカードゲームであった。
カードゲームと言えば、世間一般的には、トランプなどが有名である。しかし、彼らの世代にとってのカードゲームと言えば、様々なモンスターの絵が描かれているカードを使った、戦いであった。
それをつい最近になって思い出していた。たまたま、インターネットでカードゲームの対戦動画を見たこともあり、久しぶりにやりたくなっていた。
家にある昔の玩具箱をひっくり返すと、カード自体はなかったが、昔使っていたデッキケース―――カードの束を収納する箱―――は見つかった。
……とはいえ、彼自身、カードゲームを共にやるような友人はいなかった。その手の趣味を持った人間も何人かは知っていたが、友人と呼べるような関係ではなかったし、なにより、自分を助けてもくれなかった人間と話もしたくはなかった。
だから、カードを買って、それをひとりで遊ぶだけで満足だった。そのためにも、カードを買わないといけない、と、思っていた。
―――さて、トレーディングカードゲームは近年、子供たちの間で爆発的流行をしている。
元々は、大人向けの、硬派な趣味と認知されていたのであるが、子供向けの雑誌に掲載されたトレーディングカードゲーム類は、瞬く間に、少年少女たちに広がった。
アニメーション作品や、雑誌に掲載された漫画などの影響で、主人公になりきる、言わば「変身ベルト」のような扱いだ。当然、そうなれば玩具屋などに行っても売っているのであるが、最近ではトレーディングカードゲームを扱う専門の店もあるぐらいである―――
閑話休題。
工大は、昔、祖父に連れられて行った模型屋を覚えていた。その隣には、なにやら、自分よりも年上の人間が楽しげになにかをしている光景が頭のなかに残っていたのだ。
その店はどんなものだったか。しかし、そこにトレーディングカードゲームが置いてあるのかどうかは解らなかったが、そこに行ってみたくなったのだ。
その店は、この街の大通り―――とは名ばかりで、駅前だと言うのに既にシャッター街と化している―――の奥のほうにあると記憶している。
大通りには基本的に、来ることはない。そもそも、駅前に来ないのだ。どこか旅行を行くときですら、車を使うのだから、駅で電車に乗ったことも、バスに乗ることもなかった。本屋や、玩具屋は別にあったし、わざわざ学校の連中がうろついているかもしれない大通りに学校帰りに来ることなど、あり得なかった。
「ふぃー」
情けない声を出しながら、やっとこさ、目的地にたどり着く。
暑い。夏の自転車は、目的地にたどりつく頃には汗だくになってしまう。しかし、店の扉の向こう側から冷気が流れてきており、なかは冷房が効いているのだと思うと安心する。汗臭いのが、唯一の難点だが。
とりあえず、中を覗く。念のための確認だ。学校の知り合いなどと遭遇したら、なにを言われるか、なにを思われるか解ったものではない。
幸い、なかには客はいなかった。店員が暇そうに、レジで工大が店に入ってくる様を見ているぐらいで。
店は細長の店舗で、手前には新品のテレビゲームなどが売っている。その奥には、中古のテレビゲーム類が売っていた。そして、その奥の壁際のショウケースに、目的のトレーディングカードゲームが売られているのを見つけた。
「あざっしたー」
ひとつだけ、見当違いだったと言えば、恐らくその値段だろう。正直、紙切れに千円も払う羽目になるとは、工大も思っていなかった。
しかし、それがコンテンツを売ると云うことである。
「……ま、まぁ……いいか……」
他に使い道のない金であった。これを毎日続けると言われればうなだれるしかないが、別にそう言うわけではない。単なる自己満足のために買ったのだから、それで良い。
それよりも、早いところ家に帰るとしよう。冷房の効いた部屋で買い物をしていた分、外に出ると暑い。引いていた汗がまた一気に噴き出してきた。家に戻って、冷房を点けた部屋でゆっくりと、このカードを確認することにしよう。
再び自転車をこぎ始める。大通りは、人ごみも少なく、中心街だと言うのに、自転車を走らせていたとしても、迷惑になることがない。夏休みと云う、小中高の周辺学校の生徒たちが暇になる時期なのだが、自分のような人間を見ることはなかった。いるのは、買い物帰りの老人ぐらいであろう。
大通りにはビルしかない。木々などの自然は存在していない。だと言うのに―――
「セミはうるせぇなぁ」
などと、夏の風物詩に文句を言うしかないぐらい、彼らの大合唱であった。
個人差はあるにしろ、彼らの大合唱を聴くと、暑さが倍増するような感覚を覚えていた。この国に住んでいる以上、夏になれば彼らは鳴くし、道端に死体も抜け殻もあるだろう。それを見るたびに、暑さを思い出してしまうのもまた工大の夏であった。
小学生のときは、夏休みには良い思い出しかない。だが、いまは、思い出は黒で塗りつぶされている。
「あっつ……」
信号で自転車を止める。暑いと喉も渇く。水分不足による脱水症状は、下手をすれば命を落とすこともある重大なものである。そう教え続けられていたため、水分補給は欠かさない。
「コーラのみてぇ」
こう暑いと、水分補給目的としての飲み物よりも、気持ちよさを求めてしまう。甘く、強い炭酸飲料。
バッグのなかには、岳人より差し入れとして貰ったスポーツドリンクがあるのだが、これでは駄目だ。工大は、いま、無性にコーラが飲みたかった。
大通りの入り口付近。つまり駅前には、大型量販店が存在していた。大通りに活気はないが、この大型量販店目当てに足を運んでくる人間は多い。結局、そこで買いものを済ませてしまうので、大通りのなかの店に行くことはなくなってしまうのであるが。それに、大体が、駅を挟んで逆方向の住宅地から来る人間であり、大通りの奥まで行くことがなく、終わってしまう。
「あー、駄目だ。買ってこう」
―――だが、思い返してみれば、そんな、たまたま飲みたかったコーラ一本が、彼のこれからを左右することになった。
◇
「なんか……意外っす」
「なにが? オレがイジめられてたことが?」
「まぁ。先輩って、そんなに嫌われるタイプですかね?」
「さぁてね。そんなの決めるのは向こうだし、大人になっても、人間って他人をイジめてばっかだろ」
「確かに、それもそうですね」
「結局さ、人間って根本的に、自分よりも下の人間を作って、それを嘲笑いたいんだろうよ」
「……先輩があんまり後輩に厳しくないってか……なんていうんですかね、他の先輩方よりもライトっていうか……そんな感じなのって、そういう理由があるんですか?」
「んー、まぁ、少しはあるわな。あとは、あぁ、それはまた別の話なんだけどな」
◇
大型量販店と言えば、地下に食品コーナーが存在しており、それから上の階層には、日用品などのフロアが存在しているものだと、工大は想像しているし、事実、そうであった。
一昔前は、ここではない、別の量販店が家の近くにあったのだが、不況のせいもあり、潰れてしまった。そこは、いまは亡き祖父祖母との思い出もあったので、潰れてしまったときは、こみ上げてくるものもあった。
こちらのほうの量販店も、来ないことはないのであるが、近年、大通りを抜けて、橋を越えた向こう側に、さらに巨大な大型ショッピングモールが完成したこともあった、駐車場もないこの店よりも、車で行くなら向こう側のほうが良いと、そちらのほうへと行っていた。
結果、この店にくるのは、それこそ、八年ぶりであった。子供のころのおぼろげな記憶を思い出して、店内をぐるりと回る。
〝へぇ、思ったより色々とあるんだなぁ〟
そんな感想を抱えながら、エスカレーターで地下に向かい、食品コーナーにて、目的のコーラを一本、入手する。
あとは、これを外で飲んで、自転車で家に帰るだけだ。
……だが、しかし、どうにも暑い外で飲むのは気が引けた。できれば涼しい場所で、冷たいコーラを飲んでから外に出たい。どちらにしろ、外に出れば暑いので、特に変わりはないのだろうが、それでも、涼しい空間が良い。
とりあえず、店内を回ってみよう。どこかにフリースペースがあるかもしれない。先ほど、イートインコーナーを確認してみたが、時間もあり、埋まっている状態であった。
エスカレーターで今度は上の階層へと進んでいく。
案の定、二階は女性服コーナー、三階は紳士服、四階は子供関連となっていた。子供関連のところには、フリースペースらしきところもあったのだが、そこはさすが夏休みといったところだ、既に先客が存在していて、座れそうもなかった。それに、そんな小さな少年たちに交じって、彼らから見れば大人の部類に入る中学生が座るのも、嫌だった。
そうしていくと、さらに上の階層を目指すことになるのだが……
〝確か、五階は日用品で、七階はレストランだったよな……〟
幼いころの記憶を思い出す。記憶のまま、六階は日用品コーナーのようであるが。
「六階って……」
七階は、行くときはエレベーターに乗せられていた記憶がある。なので、途中の階層になにがあるかなど、知らなかった。それ以外の場所は来ることはあったが、六階だけは行かなかった。
なぜだったか。
記憶を思い返すと、そういえば、と思い当たる節がある。
『あそこは行っちゃだめだ』
子供のころ、いつだったかは解らないが、多分、八年ほど前なのだろう。父親と、祖父に引かれてこの店に来たとき、六階に行こうとした記憶がある。
そのとき、行っては駄目だ、と言われていた。
よくも覚えているものだ。工大は自分の記憶力に感心する。または、それだけ印象に残っていたのだろうか。
なぜだったか。確か、高校生ぐらいの、制服を着た年上の男が向かって行く光景を見た。そして、エスカレーター越しに、暗い空間に、赤い光が点滅しているのを、覚えている。
「……」
五階のエスカレーター乗り場から、六階のほうを見てみる。
「あぁ」
そのまま、だ、と。
暗い空間が見える。そこには店などないのかもしれないが、暗い空間に、なにやら光っているものが見える。
変わらない。あの頃と、変わっていない光景がそこにはあった。
唾を飲む。あの頃、行っては駄目だと言っていた父親と祖父は、いまこの場にはいない。いまは、工大がひとりだけなのだ。怒られることはない。
一歩、エスカレーターに足を置く。そのまま、ゆっくりと、エスカレーターは次の階層に向かって行く。
こんなにも、長く感じるのは初めてだ。ゆっくりと、景色が変わっていく。
そうしてそこにたどり着く。
大人が子供に禁止し続ける世界。
薄暗い空間のなかに光る四角形の筺体を、少年は、初めて目にする。




