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屍体のある金⑤

不毛の土地は灰色だ。風が吹きわたって、砂丘が崩れてもあっという間に吹き寄せられて、また新たなうねりを作る。影が焼き付いたみたいに黒い。太陽は、動かない。砂は舞い上がる側から、鈍く吹き付けてレンズを汚す。沈み込むように滑らかに砂の斜面を滑り、砂一面の中に飛び込むのだ。何度目なのか覚えてすらいない。覚えられる数でもない。進んだ距離は覚えている。残りはあともう2日ぶっとおしで進まなくてはならない。砂嵐だっていつ起こるかわからない。眠りは必要だけれども何時もいるとは限らないものだ。

これからの二日間が勝負だ。プロペラントタンクを重量耐久限界間際まで積んでいても何か手違いがあれば、あっさりおしまいだ。往復で最後の一滴まで使い果たしてしまう。それだけの量しか積めなかった。補給がないと命も望めそうにもない。

これについては、楊を信用するしかなかった。

考えるだけ、最悪のものだ。二束三文で命を掛けさせるような相手に信頼もあるものか。

意識はすでにさまよい始めて、無意識の奥で足がペダルの踏み込みの圧を調整し、レバーは押し込まれている。フォードが押し込んで居続けている。甲殻を絶え間なく操り続けている。

改造を繰り返したフォードの三葉蟲や、エヴァの蠍は通常の自動制御を出来るだけ省き、容量のあまりの部分を戦闘野におおかた突っ込んでいる。だから、ただの自動巡行だってできやしないこと請け合いで戦闘以外においては、不便であること間違いなしだった。燃料を持たせるためにはペースを一定に保つことが求められ、そしてそれを請け負う部分を削っているばかりにフォードの足と腕の感覚は既になかった。エンジンの加熱にも気を払わなければならない。相棒の甲殻は軽量化しているから、負担も軽くフォードのよりは長く持つだろうが、それだっていつまでも、にはならない。往復で精一杯だ。会話も止まり、開いたままの無線を微かな息遣いが無駄に流れる。

戦闘燃料の枯渇は死と等価だ。黒興だって死人が出るのだ。ならば、燃料も切れ、延々と砂漠を這い回った末に何が待つのか言うまでもない。街では死体はバラされる。砂漠で死体は干からびる。どれも金のない屑がたどる道だ。死体は他人ので十分だ。

荷物を運び、報酬を受け取る。そして、酒の海に溺れよう。

フォードは、もう2日だって耐えられる気分ではない。馬鹿なことを考えた自分を呪う前にペダルの圧を引く。浮いた甲殻の足が砂を撒き散らして少し滑った。制動をかけつつ、両方の脚部で踏みしめる。ずずん。二回重なった衝撃が脳天を揺らして歯が当たってかちかちなった。柔らかい砂の大地に足跡が刻まれる。

砂の後だって、どこかに消えるのだ。フォードが感じている暑さだって辛さだってこの仕事が終われば消えて無くなってしまう。稼いだ金も同様に。使えば楽しいが使うとなくなる。酒を浴びるように飲み、上等の煙草の煙で肺が溺れてしまうくらいにたくさんの浪費をしなければならない。フォードは、夢を見たいけれど甲殻が許してくれはしない。眠りを取らずに起きていられるのは、一週間程度だ。機械でもない。油をさし、燃料を注げばそれで元通りとはいかない。

必要なのは安らぎだ。だけれどそんなもの差し出してくれるやつなんて、いない。じりじりと太陽は甲殻を炙り、容赦のない光を投げかけるけれど、それだって関係のないことだ。

惰性の歯車が、フォードを動かしている限りは。義務感であり、人参を鼻先にぶら下げられた馬のごとくに。もちろん、フォードは、その為に走るのだ。無限のように思われる、そして地図の上でも大陸の三分の一を優に占める灰鋼砂漠を。

ここに始めてきた時、フォードは思ったものだ、くそったれなゴミ溜めだ、と。甲殻という「乗物」が活躍する場所として部品の劣化を早める強烈な日光と高く低く振り切れる気温。今でも、雲一つない日に、フォードは歩きながら沈み込む錯覚に襲われることは稀ではない。夜も同じだ。昼は甲殻で人を殺し、夜は砂塵の荒れる砂漠に立つか、街中の隅っこで毛布にくるまり星の数だけ数えていれば良かったのは初めだけだ。一ヶ月で根を上げた。黒興の一番荒れた地区の建物一角を借切り、そしてフォードは、フォードになった。そして、今でもやっぱりくそったれだ、としか思えないのは、この砂漠だ。

広すぎる距離に、過酷な道のりは、容易く人を殺せる。遠すぎたのだ。

そして多くの失敗を、つまりはきちんと引かれた公路にも関わらず商人達が遭難と行き倒れを繰り返した末に、資源開発都市同士をつなぐ陸路はほぼ廃れて、揚力発生機を積んだ飛行機が主流になっている。

陸上と違いこれはうまくいった。

安心、安全の運送航空。果ては甲殻から、果ては電気麻薬まで。フォードを積んだのもその一つだ。

フォードは、崩れ崩れる足場を捨てて、巨大魚の背骨の動きをする砂丘の峰をかけていく。相棒は後ろ、すぐに足跡を上から重ねる。砂の文様は魚の鱗。ざくざくそれを剥いでフォードはぶくぶくに膨らむ空を目に焼き付けたまま、心の中で舌打ちばかりだ。つまりは、誰にも助けてもらえないし誰からも奪い取れはしない。だから、燃料切れは死の始まりなのだ。脚部の関節も激しい稼働を繰り返せば擦り切れてしまい、そうなった関節は錆びた蝶番みたいなものだ。軋んでちっとも動かなくなってしまう。

灰鋼砂漠は死の地だ。

そして、フォードはそこを甲殻でかける。砂は粗いガラス質の塊だ。太陽は上から下から眩しすぎる。遠すぎる道のりを。遭難した死人の骨も、いつかは砕けて砂になる。それを踏んで走るのだ。

相棒は全く話しかけてはこない。微かな息遣いは、適度な慎重さと、異常なほどの用心深さを相棒が持っていることを教えてくれる。しかも、その間も甲殻は進み続け、しかも足を取られることなく、だ。1時間15分、と見張りの交代時間は決めている。それくらい頻繁にやったほうが、目が冴える。しかも、後ろを見ながら甲殻を繰る為に、操作が甘くなる。太陽が、動くのと、時計の針が回るのはとてもゆっくりだ。一呼吸ゆっくりしても、その間に5秒も立っていない。あと30分もすれば交代、とフォードは自分に言い聞かせている。常に気を払うのは足元と、前。フォードは疲れの波が飲み込むように迫ってくるのを感じている。瞼が落ちかけだ。何をやっているのか、とも思う。これが、まだ暫くは続くのだ。砂丘を速く登ろうとしていても、短く一挙動余分にしただけで転げ落ちてしまうというのに。そして、燃料はその分ん減る。楊の奴を砂漠に埋めてしまいたい。フォードは、欠伸をした。それでも、レバーは精妙に。

それでも、甲殻の水平計は大きくぶれた。甲殻の右脚部の足元が滑り落ちた。

傾きを感じ取った瞬間にフォードは、何が起こったのかわかって、眠気を一瞬感じなくなった。勢いがついていた。左脚部を強く踏み込ませるようにする。右寄りも左に重心をかける。うっかり、見逃してしまった。砂がまとめて滑りかけた。左腰の衝撃吸収装置は作動した。少し遅れて。膝が少し余計に曲がる。フォードの三葉蟲は頼りなく左右に揺れた。フォードは胸のあたりが冷えたのを感じた。自分を責める以外に他はなかった。相棒は難なくついてきているのだ。覚えていた挙動だったから助かった。こんなに眠くて、疲労の塊がのしかかってくるというのに、真っ直ぐ走れる自信がない。速く戻そうとするが、足元はあてにできるものではない。少しづつ軌道が右にそれていった。相棒の呼吸が少しするどくなった。

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