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屍体のある金④

飛行機が落ちていく。雲を突き抜け、機体が傾ぐと、翼と胴体の接合部位が断裂する。爆発に破片を撒き散らし、無数の火の玉に分裂した。まともな形を保っているものは何一つないだろう。金属の小片がくるくる回っている。落下して、墜落して、砂漠の中。地平線の向こうは見えない。真昼の太陽は暑く目を砕きそうで、生身なら顔を背けずにはいられない。特殊高射砲を改造した「対物」ライフルのその本領は、広大な場所でこそ発揮される。ギイの甲殻は、高感度レンズとセンサを多数装備し狙撃に最適化されている。ついでに特別な隠し球も一つ。

この、風が吹きすさび、砂が舞う灰鋼砂漠で、ギイは間違いなく強かった。視界の届く灰色の向こうまでギイのものだ。吸い込む空気はフイルタを通してもざらついているようにに感じられるここは、間違いなくギイの慣れ親しんだ場所だ。

ギイは、甲殻乗りだ。ギイはスナイパーだ。狙って撃ち、狙って殺す。

狙撃と砲撃に特化した甲殻の唸りを聞き、狙いをつけ、トリガに指をかける。上手い撃ち方も心得ている。撃つべきところに撃ち、撃つべきでない時には撃たない。逆に言うと、ギイにはそれしかなかった。

ギイは、腕がいいつもりだ。できるだけ撃つようにしているし、出来るだけ殺すようにしている。動くものでも、飛ぶものでも何でも打ち落とせる。撃ち落とすことができる。

いや、どのみち密輸用の旧型輸送機など、かも撃ちとすら変わらない。的の中には、ただのずだ袋としか思えない奴があることも、ギイは知っている。それを、今日の獲物については、良く感じた。

高度は低く、低速だ。横流しされた機体は、電ぱ撹乱装置も積んだままにしていたが、それだって10年以上も前のものだ。三種類程度の対策しかしていない。獲物はウサギだ。のろまなウサギ。

そういう時、ギイは決まって、退屈だ、と嘯いたものだ。だから、ギイは確信を持っていったのだ。やれる、と。そして見事にやり遂げた。心にあるのは、仕事が円満に終わったという穏やかな満足だった。

抵抗の一つすらさせずに、ただ殺す。素敵なものだ。

ギイは言った。「終わった。やった。確実だ」

今日に限って砂漠の風は静まり返り、歓声一つ聞こえない。高低差のあるノイズが、返答の声を揺らした。柔らかい声で「そいつは結構なものだ。感謝するよ、とても。ギイ」と、隣の甲殻が蛇が首をもたげる動きで立ち上がった。灰色の目立たない迷彩塗装。無骨な形状を全面に押し出し、足は強力なダンパー仕込み。武装は、ありふれたものだ。バリアント製の45Aが一丁。甲殻用の自動小銃だ。弾薬は異常に多く、燃料のプロペラントタンクを山のように積んでいる。

重武装、高起動型。チンケなチンピラが乗り回せるような奴じゃない。そして、そんなものに乗っているこの男は、全く得体の知れない男。数日前にあったばかりだから、とも言えない。ギイは、こんな男達をたくさん知っている。にっこり笑って腕を握ってくるような奴だ。そして、もう一方の腕で、銃を握っているような奴だった。灰の少し混じったこげ茶の髪をオールバックにして、彫りの深い顔をしている。左右完全に揃った造形は、整形でないと出せないラインだ。

男は名前をジョーと言っていた。下手な偽名だ。

「あれが奴らの手に渡ると、とても酷いことになるからね。私はお偉方からたいそうきついお仕置きを受けるし、君だって金は必要だろう」柔らかく、深い響きの声の男は言う。もう用済みになった高感度センサの視界を閉じたので、視界が縮んだ。いきなり近づかれたみたいで気持ちが悪い。少なくとも遠くから反撃できない距離から殺しきるのが好きなギイは、近くに人がいるだけでどうにも落ち着かなくさせられる。

「撃ち落とした。間違いない。ジョー」ギイは、溜息をついて「万に一つの打ち損じなんて、ない。お前も見たはずだ。あの派手な撃墜を」

「そうだといいけれど、奴らは凄腕の甲殻乗りと聞いているし、何か脱出手段の一つや二つ持っていてもおかしくはないだろう。まだ、だよ。ギイ。きっちり確かめなくては、さ。お偉いさん達が枕を高くして眠れないんだ」ギイも、それは知っていた。ここは砂漠で、そこにわざわざ向いて行ってどんぱちやる類の人間であるギイも彼らの話くらい来ていた。噂で良く聞く評判の二人組だった。曰く、仕事の腕は良いが、とんでもないめちゃくちゃな野郎どもだと。戦闘を求めて、砂漠中を駆け巡る中毒屑。テスラ・フォウを殺し、それで有名になった。そんなものと好きにダンスパーチィとでも洒落込むか?もちろん断るだけだ。

「それなら」もう、ここでギイも男も生身なら、ギイはさっさとぶん殴って立ち去っていた。人を不快にさせるのに、ぴったりの声だった。口に、糞でも突っ込んでろ、と思う。関わりたくないのだ、違う意味で。

ギイは、甲殻に上半身を起こさせ、大型砲の固定をといた。甲殻本体とのロックを解除し、固定脚を外して収納。分解して、簡単にたためる優れものだ。ついでに砲身も同様にして分解する。水が一杯飲みたいものだ。

「それなら?」

「てめえがやる。それがいい。仕事はここまで、あとも先もなし。きっちりここでお終いだ。てめえらのゴタゴタは知らねえよ、ジョー。それ、お前らの仕事だ」この、糞溜めのような土地でも、どこでも、太陽の光が届くところにいるのなら、そういうものだった。信頼と信用だ。頼まれた内容を形通りにこなし、それで後腐れはなしだ。そして、ギイが聞いた文言をどうひっくり返したとしても、その中には輸送機を撃ち落として欲しい、以外の何もなかった。

つまり、ギイは、男にこう言わせたかった。「わかった」と。そいつが一番良かった。ギイは、もの静かでありたかったし、そうすることで、満足を感じるのだった。冷えた部屋で、冷えたワイン。神経を使う狙撃には、休息と、金のもたらす幸福が必要なのだ。

「ふむ、そいつは困るな。とても。君はいいかも知れないが、私は首を切られてしまうよ。それこそ、文字通りにすっぱりやられてゴミはゴミ箱へ、屍体は溝の中に放り込まれるだろうな、きっとそうなってしまうよ」あご髭を引っ張る男の姿が浮かんだ。無論、笑いながら、である。「好きにしろ」と、ギイは遮った。もうできることならば、無言で立っていたかった。

ギイは、人の感情を伺うのも得意だった。だからだ。

ジョーは、焦ってもいないことが良くわかった。

「ならば、料金追加でどうだい。満足するだけたくさん弾むよ」

ジョーの話は良くわかった。少しの金の割増で、神経を擦り減らそうというのだ。いやらしい糞虫だ。ともかく、早く死んでしまってくれ。金などあってもなくても大して変わらない。使い道なんて限られている。甲殻なんて満足に動ければそれでいいし、あとは金庫の中に捨てて終わりなのだ。ギイは、やりがいが欲しいだけだ。何かを撃ち倒す理由が欲しいだけだ。

「二倍にしろ。それなら」ギイは、投げやりに言葉を放り投げようとして、途中で言葉をきった。口は災いの元と思い出すのに少し時間がかかったのが、不幸だった。

言葉しかかけるものがないギイのような人間にとっては、それは酷く重いはずなのに。

「わかったよ。ギイ。君の願いならばそんなものお安い御用さ、私の面目にかけて報酬金は二倍、いや三倍載せよう。なんならここまで直送便で運んできてもいい」

「ついでに、弾薬費も。燃料費諸々必要経費も。そちらもちだ」

ジョーは、頷いたようだ。灰色の目が細められているのだろう。「もちろん。君がきちんと奴らを探し出して撃ち殺してくれたならね」

「糞、了解だ。何かあったらてめえスープしか飲めないようにしてやる。きっと、そうしてやる」と、ギイは、罵声を吐いて使い古したシートにもたれかかった。いつもなら気にもしないような染みが酷く目についた。もうどこにも、少なくともしばらくの間は、行けないのだ。ギイは、しっかりレバーを握った。視線で、赤く縁取られたウインドウを開く。コードを打ち込み、認証される。

そして、ギイの「目」が飛び散って行った。



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