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よくない話とよくある事③

「酷えな、これ」眉を顰めた時に刻まれた皺が、残るほどエヴァは顔を歪めている。

珍しく不快を表面に出している。勿論、その視線の先は、フォードの甲殻の破損箇所。

敵の弾丸は右の前腕部装甲と人工筋肉を砕いて、腹部の頑丈な増加装甲の表面にまで深い裂傷を与えているから、循環パイプから液体が漏れ出すやら、破片が捲れ上がっているやらその他考えうる限りの障害が出ている。「右腕の電気接続はまだ消えないの、フォード」

「今やってる」フォードは視線でプログラム実行中と表示されたウィンドウを縮めたり引き伸ばしたりしたりするだけで目下留意しているのは視界だった。

機体には火を入れ、レバーにかけられた指は脳からの指令をまち詫びており、旋風で砂埃が形を作るたびに、電撃が走らずにはいられない。日が半ば地平線に触れようとしていた。視界を舐め尽くすように端々に目を走らせる。機体の位置は、砂山の影。身を守るように、砂に背中を預けて。

それでも、もし今あの砲撃が浴びせられればと考えると、背筋が泡立つ気分にもなる。

360度の視界には敵機の姿はなし、飛行しこちらを見張る小型偵察機の姿はない。甲殻の立てる微かな砂煙が現れなくなってすぐには、まだ狙われているという可能性もあるので甲殻を動かす事はしなかった。甲殻が一番無防備な時は、搭乗する時。ヘルメットのコードを接続口に繋ぎ、視界を呼び出す時。

さらにコクピットハッチが、地面に近い位置にあるのだから甲殻がしゃがみ込むような体勢をとっているというのだ。つまりは動きにくいということ。エンジンを切っているのならばなおさらだ。

そういうわけで、フォード達は3日と半日の強行軍をきめていたのだ。

現に、フォードが殺した奴の中で、一番簡単だったのは援護も受けず甲殻に乗り込もうとした馬鹿だった。

次は、仲間だ。背中を預けたと思って信頼しているのを背後からぶち抜くのは楽な仕事だ。敵を倒すよりも、ひょっとしたらはるかに。

エヴァとは、そういうあれこれに悩まされずに済む一人だから、これでフォードはありがたかった。「腕はもう駄目だ。フレームがゆがんでいるし、衝撃吸収装置もねじ切れてる。なんなら分離してもいいくらい」と、エヴァは淀みなくいう。

それを聞いて金の事を心配する、のがフォードだ。

「修理費は…あー…どれくらい?」「取り替える方が安い」

ついでに無駄に詳しい甲殻狂いであるものだからさらにありがたい。フォードは、一人ごちた。死んだ奴らも、これくらい便利だったら殺さなくて済んだのに。それか、欲を少し控えめにするか。「基部は無事なんだろ。途中でやり変えればいい。規格品使ってるし」

「どうだか…怪しいな。私はそこまでわからんよ。装甲剥いだら見えるけど」

血で固まった髪をかき乱していた。フケが散るのが見えた。「今は、無理だな」漏れ出した循環駅が足元に粘度の高い水溜まりを作っていた。

ブーツの先を液の表面に浸しているエヴァに注意を与えてやりたかった。が、靴にこびりついた汚れを洗浄するのは別にフォードでもない。そのエヴァがこちらを振り仰いだ。視点が、サブ・カメラから切り替わる。「それに、肩部の塗装剥げも酷い。おお、歪みの酷さよ」

「それは、しょうがない。お前は?」フォードは、砂漠に目を凝らし、動くものが何もない事を確かめてから、心配する。頭を吹き飛ばされる不安が先に立っていた事で、プログラム完了、の赤い文字を見逃すところだった。「ほぼ損傷なし、さ。上々。私も、私の甲殻も」の声が耳に突き刺さるように思える。

エヴァは、茶褐色に乾いた髪をいじる「よくも最初の狙撃を避けれたな」と、フォードは、このだらだらと続く会話を引き延ばすつもりでだらだらと話し続ける。

「ああ、まだ考えているのか、気にするのはやめた方がいい」

答えはわかっている。フォードは、エヴァの言葉を漫然と聞いた。

視神経の底が燃えているようだ。眼球が熱を持っている。「ひっどい言い方」もっともだ、と思う。だからフォードは、ろくでなしだ。眼球の端に、サブカメラの視界のウィンドが開き、循環液の弁が切断されたことを確認する。右腕は人工筋肉の繊維の塊に金属の外装の集積だ。

制御も、それを計算に入れているから、転倒をすることは、ないだろう。

ないといい。

エヴァは、少し微笑み「もう、向こうも、狙っちゃいないさ。無駄だ。理由もない」というところで、フォードは口の端を釣り上げた。「用心深いから、俺は金儲けができていたんだぜ、エヴァ。ちょうど、砂埃でさえ甲殻の陰に見えるもんだ。聞こえているかい、エヴァ」

「聞いていない事なんてない、よっと」と、エヴァはブーツを地面に擦り付ける。粘度の高い液体は、拭えるどころか、もっと汚れるだろうに。「それなら、俺らは用済みってもんよ、違うかい」

「奴らは、もうこちらなど見えてやしないさ…と」砂まみれの靴底を諦めたのか、エヴァは両足を地面に付ける事にしたようだ。

陰が長く伸びている。太陽の光が空に鮮やかな赤を投げかけている。

「それより、黄龍会の方が心配だな、あれ盗られちまったし。どっちにしろ黒興にゃ戻れねえ」エヴァは、フォードが考えていることをいう。あの男の言葉が、真実であれ、でまかせであれ結果には変わりがない。人を売り、麻薬を売って。ねえ、おもしれえぜ、とやる人達のことだから。「忸怩たる思いでな」

「左様で。幸運の女神様に直にご対面といくか」

「私は構わねえさ」

だが、何故あの男は、戦争だの何だのと言いだしたのか。

そんな必要がどこにあるものか。

エヴァの意見は、「決まってるさ、人間の屑だからだ」というものだった。

当てにするのはやめた。

甲殻か殺し以外になるとまるで役にもならない人間がいるとすればそれはエヴァだ。仕方のない事だ。

全く、自分こそそこから逃げ出したばかりに、その言葉を聞く羽目になるのか。と、フォードは自嘲する。

誰も頼んでいないのに追いかけてくるものだ。

「それより依頼の内容はどうなんだか。時間内に来なけりゃそれで終わり?」

フォードは、頭から記憶をほじくりだした。「そうだ。…てめえが喜び勇みあしで飛びついたんだから、覚えとけ」エヴァが、てめえこそ自分の事は棚に上げるクソ野郎だ、と呟いた。

神は、救う人間の数が多すぎて、自分など見てもいられないと思っていた。

とんだ間違いだ。優しくもない。悪人のケツを追うのがよっぽど好きと見える。

今、フォードの思いは男の後ろにある不信かつよくあるものに向けられる訳ではなく、戦争という言葉に酷くひきつけになっている。自分でもわかっている。

フォードは元から甲殻乗りだ。軍にいた。

戦場は北に、昔っからある。瞬きをしている間にも1人くらいは死んでいるのに違いない。

一つ何百万もする兵器を撃ちまくれたものだ。金など何一つ気にもしないで。

歩兵を掃討したものだ。踏み潰すのは楽しい。

街角のビルを穴だらけにしたものだ。粉塵が凄まじかった。あの男の甲殻は、ウェルクリン83。

奇しくも、フォードが使っていた奴の次世代機。そして、相棒だった71式は今もなおここにある。不思議な巡り合わせだ。

まるで、懐かしの戦場がフォードを読んでいるかのよう。

とはいえ、エヴァは、それを聞いても笑うだけだから助かった。

それでこそだった。ここで、そんなくだらない感傷にうなづくような奴ではない。当てにはしていないけれども、充分以上で、フォードは安心する。

それしかない。だが、言っておきたい事はあった。

「エヴァ、てめえの勘は金輪際信用しねえぞ、何がいい事ありそう、だよ。俺の甲殻ボロボロじゃねーか」

エヴァは、視線をコクピットのフォードに合わせて、「そりゃあ、残念。でも迂闊野郎に言われたくないね」と、肩をすくめて見せた。すでに、風は冷え始めていた。冷たく刺すような勢いで、エヴァの髪をなぶっていた。見えるはずもないが、フォードは顎をしゃくった。「そろそろ、乗れよ。右腕のあれこれも済ませたし出発だ」他にも全身の調子があれこれおかしいが、今は何一つできやしない。甲殻の関節が伸ばされ、エヴァが後ずさりする。砂漠に沈み込むエンジンの圧力は、確かなものだ。フォードは、軽くレバーを握った手を開いたり閉じたりした。細かい砂埃が舞う。灰色は、夜の暗闇では白にも見える。

砂塵から手でかばいつつも、にこりと歯並びをむき出しにして「そうこなくっちゃ」エヴァは、「行き先は、どこだよ、フォード」

「とりあえず、先ずは」フォードは、太陽が沈む方向と逆の方向に目を振った。

「白天だ」



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