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よくない話とよくある事②

ギイはジョーについては何も知らない。

ジョーも何も教えてくれはしない。

そんな酔狂なやつを探す方が難しいというものだ。奴の肌が砂漠で生計をたたている色ではないこと。最新鋭の甲殻を駆っていることだけを知っている。南海岸で冬に休暇を取っている方がよく似合う男だ。

そして、笑顔を浮かべる奴だ。

ギイ達甲殻乗りがこうした連中のことをなんと呼ぶか、ジョーは知らないだろう。

ギイも教えるつもりはない。そして、考えない。

思うのは、ジョーが薄い唇から吐き出された言葉のみだ。

戦争。

思い出すのは、懐かしいあのオゾンの匂い。もはや、何人殺したのか覚えていないあの沼地。

ギイが、今さっき聞いたのはそれだ。腕が震えている。ギイは、気を張っていようと努める。だが先程までの殺意は消えてしまい、驚愕が独特の余韻とやけに冷たい質感を伴って血管を詰まらせる。砂が頰を叩いている。その暑さも感じなかった。目を閉じれば、眼球にのった暖かな瞼の重さを感じることはできた。目に入った砂を追い出すために瞬きした。自分が銃を持っていることを忘れている。ブーツがまた音を立てる。

金髪の女が足を落ち着かなげに動かしていた。確か、こいつがエヴァ。むかつく奴だ。髪は、割れた額から流れ出た血で、べったり張り付いていた。男の方は表情こそ動かないがほとんど動きもしない。こっちがフォードだ。名前と顔は有名だから、ギイでもそこそこは知っていた。銃は腕の中にあることを思い出す。

男の方が唇を舐めた。うなるように「本当か、それ」と、言葉をなんとか絞り出すという感じで聞くのを目にする。その「本当か」は、遭難者のあてのない救難信号に似ている、とギイは思い、そしてジョーが言ったことは、果たして本当であるのかと疑う気持ちにもなる。おそらく、男の方も同じことを考えていて、だからこそ、こんなことしかないできないでいる。

戦争。戦争。戦争。なんと懐かしい。考えずにはいられない。戯言だろうが、なんだろうが、その言葉はギイには無視ができない。久し振り。死んでしまえ、神様。

たった5年しか時間が経っていないのに、思い出はもう掠れている。

霧がかかっている。思い出せない。思い出したくもない。思い出さない。ヘルメットからはみ出た髪が風になぶられる。知覚も肉を離れて、視界も遠い。それよりもギイは、心の中で、言葉を繰り返した。

あれをもう一度、ここでやるとしたらどんなことになるのだろう。

砂漠だ。夜は骨まで凍る町で大きな焚き火をしてあったまろうというわけだ。キチガイのそれに違いない。例え、もし、それが本当だろしたら、どんなに気分がいいものか。

きっと糞でもなすりつけてやりたい。けれど、今はできないし、する時は必ずこないと、ギイは知っていたので、ギイは腕に入れた緊張を緩めない事だけに神経を注ぐ。とりわけ金髪の女に。

しかし、それ以外の思考は、その言葉だ。そして、それには。とギイは思考を手にぶら下げた黒い小さなケースに向ける。

かすかな重みしか感じなかったが、これの中の物がきっとこの戦争とやらに何かしらの形で関わっているのだろう、と半ば疑いを通り超して確信に近いものになるのが、はっきりとわかった。

これ一つの為に右往左往させられたこと。ピースがはまるみたいに思考が明確になる。

いままで、やってきたことはまずいことだったのかもしれない。少なくとも、棺桶に片足を踏み入れ、もう片方の足もへりのところにあるのだ。

きっと中身はロクでもないものに違いない。ロクなものでなかった試しがない。

揉め事を起こす物は、誰もが口をつぐみたくなるようなものばかり。

そういうことを考えると、所詮自分はそれほど重要ではなく、たいして踏み込んでもいなく、大丈夫だ、などと楽観的なことを思い浮かべるわけにもいかないと思い知らされる。

太陽の光が目に入ってくる。ギイが、瞬きを我慢した時、拡声器を通したノイズの多い声が耳に入ってきた。ギイは、凍りつく。「さてギイ、ここらでお終いだ。そろそろ自分の機体に戻ってくれ」

ギイは、もう目を閉じてしまって、瞬きを一度して「聞いてる。ジョー」

柔らかな声の持ち主が、「ならば早く乗ってくれ。用が終わったから、早く帰って、冷たいシャワーで汗を流したいものだよ」

グリップを握って、皮膚を押し返す硬化プラスチックの質感が囁く。「それだけか。他には?それとも俺が甲殻に乗ってからか。彼奴らをやるのは」

これは、無線機を使ってぼそぼそと囁いた。旧世紀ならいざしらず、言語野を使った現代の無線の最速速度なら要るのは数十秒にも満たない。

話し、何かを決める為には金を払った奴の言い分を聞いてから。それくらいのみなら不快は少ない。

右手の銃を構え、生身の奴らを狙い、さようなら。

そうでもやるのが正しい判断に思える。それからあるのは沈黙だ。それ以上に最良であることはないような気がした。同時に重みを失った銃に何が出来るのかと、自問した。

「やらないよ。乗ってくれるだけでいい。約束は守るんだ、破ったことなどないさ。破らないよ」だが、「君がそのつもりなら。約束をそちらも守ってくれるのなら、ね。ギイ」

付け加えられた嫌らしさの発露に「当然。でもこれで貸しは3だ」と返す。

「それでいいのか」

「構わない。気分のなすがまま、さ。私は甲殻乗りなんだ。だから願うままにやることこそ我が悦楽という訳だ、わかるかい」

「お前の上司とやらは?首は繋がる?」

「問題なのは、それさ。そのケース。そして、それは今は私の手の中だ」

無線を途中で切った。声の残骸が甲高くのこって嫌な物だ。「どうだか」と、聞こえないところでギイは言った。聞いたのは、これっきりでそれだけ。ギイには、所詮いつもの通りにどうしようもできやしない事だ。本当であれ、嘘であれ首を縮めていきすぎるのを待てばいい。

それか殺せばいい。撃ち倒せばいい。それだけが、欲望を満たす。だからこそ。

生身の肉を晒す相手に向かっていう。「じゃあな、糞野郎ども」

金髪の女と、そして黒髪の男と目があった。瞳孔にギイの姿が映っている。「そちらこそ、糞野郎」言ったのは、当然女。血が乾いて、褐色になっている。

「さよならだ。ご苦労さん」ギイは唇を動かしていう。拳銃を振って、お別れだ。感動とはいかない。

ギイの弾丸を避けたこの女の顔だけは決して忘れてしまうことはないつもりだ。

いつか、会うこともあるだろう。

その時は、きっと撃ってやる。この女だけは、必ず。

戦争だの何だの、そんなことを忘れはしないけれど、せめてこれだけは頭の中にしまいこんだりはしまい。ギイの霧をかけた記憶とは違う。それだけで、問題が先送りされたように感じてしまう。

笑ったつもり。出来る物ならば、今殺してやりたかった。

ギイは、憎らしい金髪の女の顔を見ながら、後ずさりして、ジョーの甲殻の影に隠れた。途端に暗くなって、ギイの姿を覆ってくれる。足を早めて自分の甲殻のハッチにたどり着き、手をかける。

装甲が太陽の光を反射して熱かった。

振り返れば、見えるのは輝く金髪。黒髪。どちらも、嫌いな色だった。

砂漠の灰色よりも嫌いだ。それでも自身の髪の色よりかはましだ。

空気の抜ける音が漏れて、装甲に口が開く。黒い、穴の底にあるのは薄暗い光だ。

ギイは、足から飛びこんで、振り返る事はせずにヘルメットからコードを引き出し、座席の上部にある接続口に差し込んだ。同時に固定具が体にかかる。

視界が拡張する。

360度見渡せる甲殻の視界があるのだ。

首をねじ曲げる必要はない。

「また会おう、だ。次はぶち抜いてやる」そっと、嘯くだけでよかった。誰にも聞こえていない呟きは、あれこれの事情に気を配る事より、間違いなく戦争よりかは、刻み込まれるべきものだ。そして、ギイにはそれしかない。

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