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降伏

「両手を上げろ。肩より高く」想定外だった。全然上手くいかなかった。取り付く島もなかった。

フォードは、すぐに肩より上に手を挙げたが、エヴァは、まるで間接を痛めている老人がそれを見せびらかすようにのろのろと動く。フォードは、目で合図をした。相手の気分が問題だ。

案の定、「さっさと挙げろ、それとも寝っころがる方が好みか」目の前の奴が睨みつけてくれた。こっちじゃない、向こうだ。黙ったままで特に表情を動かさないことに神経を注いでいた。主導権を持っているのはこちらではなかった。それ以外に、消極的な従属を見せつける効果的な方法が思いつかなかったのもあったが、糞みたいな真似だった。自分でもそう思う。よくもまあ、こんなに暑い砂漠に立たせて馬鹿みたいなことをさせる。

「殺した方が楽。これをやる必要はない」と、向こうの奴が不服そうに言うが、もう一人は甲殻に乗って「荷物はそれだけなのかな」と、無視していた。ご丁寧に、二人とも銃口をきっちり構えてくれたままで話している。片方は、しかも一発当たれば粉々になるような対甲殻の銃である。「ない。搭乗服にものを隠せるような隙間はない」と、こちらがわにいる奴は、黒い小さなケースを軽く弄んだ。隙だらけだ。中に入っているものが軽いのか、何の音もしない。それに気をとられているのか、目の前の奴はフォード達から意識を向けてはおらず、フォードは舌打ちする。全く、ロクでもない。目の前の奴は、女だった。背はフォードよりも低かった。手足は筋肉室でがっしりとしていて伸ばした腕は揺らぎを見せない。靴紐がほどけている。女が下げているのは拳銃だが、結構口径が大きい奴。

撃って当たれば、太い血管をどこかしら傷つける。

それも必ず。フォードか、エヴァかが地面にころがってだくだく血を流せば、今あるものでは手の施しようもない。女の目は、防塵ゴーグルで覆われていたが、フォードは一つの感情を読み取ることができた。殺したがっている。子供のように。抵抗を許して適当な言いがかりをつけて、「当然の権利」を行使しようとしている。本当に拘束したいのなら、腕を背中で組ませてひざまつかせればいいのだ。反抗的な態度をとれば、すぐに引き金が引かれ、銃がどかんと言って、心臓に穴。女のヒステリーほどどうしようもないものはないから、それで終わりだ。

隠しナイフを取り出すのを諦める。頭がいたいが、それはいい。じっとしていればいい。少なくとも、フォードは。だが、当然もう一人糞みたいな野郎がいて、それは甲殻の中から動いてさえいない。もちろん、フォード達を追い詰めた多脚の甲殻の乗り手だ。

「それはごくろう」拡声器で、引き伸ばされている声は穏やかだった。砂漠にいるというのに、寒けを感じさせる声だった。外で、10分も立たされてみれば、汗がだらだら噴き出していて、それで一層気持ちが悪いものだった。二人の会話がフォードを無視して、フォードがそれを聞き流していても関係なく暑い。泥油と、鉄と火薬の匂いも混じっている。妙な気分の時は、妙なものが気に触る。

「助かったよ。これで私も君も万歳三唱といける」これは、あの黒いケースのことだ。フォードがいい加減に尻に敷いていたと知ったらどんな顔だろう。少なくとも、「お前はな。俺は違う」女なのに俺ときたこいつは、顔を蹴っ飛ばすくらいはしてくるかもしれない。変な奴。「ひどい気分だ。撃てないというのは」これは目の前の生身の方。苛立っている。わかるような態度で見せびらかしている。こちらに。

頭がぼんやりとしてくる。太陽がじりじりと肌を炙る。水が飲みたい。早く済ませてもらいたい。どのみち、フォード達は言いなりになるしかなく、望みは果たしただろうに居座っていないで、飼い主のところに帰らないのはこいつらろくでなしが何かやる気なのに相違なかった。話合いの余地もない。言葉を吟味して、適当にけりをつけて終わるなどという平凡な着地点は暗闇の中で、手探りで崖を踏み外さないように行くしかない。目隠しして砂漠を歩く、の例えそのものになる。できるものなら、見くびってもらいたい。想像力は皆無であるとありがたい。

無能な敵ほど頼もしい味方はいないというが、頼もしい敵はただの蛆虫糞蝿だ。フォードは、首筋が冷えていた。頭は、中から外から炙られ、膨らんでパンクしそうで、だからフォードは思い煩うだけでも、足元がおぼつかない気分になる。もしくは、頭の中身がめちゃくちゃで、焼けそうになる。「こいつら地獄に叩きこまないと気がすまねえ」

鉛詰めのことを思う。銃口のことを考える。ひどいことをしやがって、と考えるけれどもフォードはついテスラ・フォウをローストしたことをそれまで忘れていた。だが、テスラはどうだ。一瞬で死ねて、それは幸せな気分で、良かったに違いない。ひどいものだ。恐怖がともにあるというのは鬱陶しくてたまらない。甲殻の巨大な銃口から放たれる音速を超える弾ならば肋骨を砕いて頭蓋骨を粉砕して血の何だかよくわからない塊に変えてくれるときている。そうなってしまえば、金など、誇りなど、名声など何の意味があるだろうか。あるわけがない。

最高だ。少し座りたい。

フォードは、甲殻を見上げる。くすんだ灰色仕上げの装甲に埋め込まれたカメラが、焦点をフォード達に当てた。頭を突っ込める大きさの銃口のバリアント45Aは動かない。風が砂を舞い散らせ、暑い粒が皮膚を抉る。フォードは、カメラの奥が見えるような気さえする。笑っているに決まっている。と、思えば、「そちらは、どうだい」フォード達の周りにだけにあった静寂が破られた。いや、むしろこちらが置き去りにされていたのだが。どちらだって大して変わりはない。軽いエンジンの音さえ電気ショックに思えるくらいには落ち着いているものだから。当然先に答えたのは、エヴァだった。「そう見えるのかい。ひどい気分だ。こちらも」そら、来た。後先考えずに口から言葉が飛び出してくるのがフォードの相棒だ。まずいと、思うまでもない。エヴァは、笑みさえ浮かべることができそうな声音だが、フォードがそれに賛成だとでも思い込んでいるのだろうか。だとしたら、とんでもない。こういうのはフォードの領分だ。銃を突きつけられるのはそうそうなかったが。女もエヴァと同じように笑みさえ浮かべているようだった。弾倉には20発。引き金に指をかけたまま友達に触れるように足を進めた。失敗の代償。

「おい、お前。あっちの軽量級に乗っていた方のお前」応えてエヴァが歯を向くほどに唇を吊り上げる。完璧な歯並び。いい加減に切った金髪が風に揺れる。「どうした。下手くそ的撃ち屋。私はこっちと話してるんだ。邪魔をせずに、そら」と、鼻でせせら笑ったが中断された。手首を鋭く切り返した挙動で、エヴァはしたたかに額を打たれた。女は、エヴァより背が低かったので、膝をけりつけてから。倒れ方は、洗濯物を投げ捨てたみたいに少し弾んでいて、それから止まった。銃床は金属製だ。ぱっくり割れた額から溢れる血の速度は速く、金色に輝く髪が瞬く間に血に染まっていくのがフォードの目に見えた。「何だ。お礼が欲しかったのなら、そういえばいいのに」と女はエヴァのうえに覆い被さるようにしている。髪をつかんで持ち上げた。「間抜け。よく聞け。お前は銃を持っていない。こちらにはあるんだ。言葉使いに気をつけろ。次は喜んで殺してやる」女は、油断を見せていない。フォードは、見るしかない。誰だって、そうだ。自分の命は地球より重い。そう思いながらも、フォードは舌を湿らせて、「やめさせろ、茶番だ。糞め」甲殻の奴は、また笑った。声が漏れる。「元から、そのつもりさ。少し下がってくれないか、ギイ」女は、少し戸惑った様子だが、「貸しにしろよ」名残おしいといった調子に髪を離した。フォードは、できるものなら蹴りつけて、前歯を折ってやりたかった。「何のためだ。わざわざ機体の外に引きずり出しやがって。どうでもいいことしやがって」

「何、たいしたことじゃない」フォードは、自分の耳を疑った。

「ほんのちょっとのお願いさ」


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