砂塵の衝突③
即座に、フォードは前にのめる勢いでペダルに体重をかけ、胸部装甲が地面の砂をすくい上げる低さで動いた。脚部の筋構造が収縮し、装甲内部の圧力が高まってぎしぎし言わせる。骨が圧迫されて関節が潰れそうだ。
歯で唇の動きを止め、叫びを封じる。筋肉は引き伸ばされて押しつぶされて痺れたようになり、目を開けても閉じても電気接続された視界はご丁寧に、鮮明な映像を結んだ。敵が見える。もちろん向こうも。ついでにエヴァも。
エヴァは、フォードの突撃と同時に、銃の安全機構を外した。
電子の命令が、恐るべき速さで処理されると、背部の増加装甲が展開し2本ずつの金属の腕が飛び出しをする形になる。フォードは速度を緩めることなく甲殻を真っ直ぐに敵機にぶつけ、1発、撃ち返される。
だが、エンジン圧と脚部の衝撃吸収装置は、重質量の、もちろん中型にしては、ということだが、「三葉蟲」は、地面を掴んで唸って前進する。増加装甲に銃弾が食い込む。揺れが一度、貫通できない。2発目は撃たせない。
敵機の足が浮いた。
既に、敵機は砂塵に半ば包まれながら倒れかけ、エヴァは銃の狙いを定める。背部から機械の保持腕を広げた姿は、蠍というより斧を振りかざす蟷螂だ。そして、その腕が保持する銃は見た目通りに協力な武器だった。
三葉蟲は予測される弾道線から退けさせられる。すり足で、三歩踏みしめるたびに砂を飛ばした。その続けざまの一つの流れる動きに作れれた影をを綺麗に避けて、エヴァが撃った。砂のカーテンが幕を開け終わらないうちに汚い閃光が煌いた。
ちろっと燃えるマズルフラッシュの連続。排莢箱をつけていないから、撃ち殼が焼けて飛び出す。この距離なら、外す筈もない。甲殻の正面装甲なら、貫通して、蜂の巣だ。サイレンサ付きの二つの銃口から、乾いた響きを伴った銃弾が殺到し、その威力はフォードの所まで震えとなって伝わってきた。
心臓より熱いハイビートのリズムに乗せて、フォードは鼻歌混じりに自らの銃の安全機構を解き放った。エヴァのものと同型の銃だ。ただし一つで、バレルが長めの改造型。脇の下から回すようにアームが伸び、それを両腕部で固定する。脚部を開き、腰を落とす。他の影はない。果たして砂煙を突き破って飛び出したのは、全く無傷の敵機だった。
灰色の無骨なシルエットを持つ甲殻。足のダンパーは見るからに強力そうで、銃はバリアント社の45A。フォードは、その機体の名前を知っている。ウェルクリンの83式。それが一体。他はいない。どういうことだ。混戦を一撃離脱のはずが、奇妙な事態に陥っていた。どちらが、鴨なのかわからない。いや、きっとそれはこちらだろう。
フォードの甲殻「三葉蟲」のベースとなった71式の後継機。エンジンの音を消す消音器が目立つ。カメラが姿を捉えるや否や引き金を引き絞った。飛び込んできた心臓が、肋骨を内側から叩いていた。拍子抜けなどしない。フォードの突進に一撃撃ち返せる相手はそうは多く無い。知っているだけで2人で、こいつは3人目だ。頭のどこかで警鐘が鳴る。
強い、と思った。殆ど勘だった。銃身のノックバックが、夢のように不安定になった。精神は肉体を離れて、手足の先だけが熱い。
何しろ、敵機の挙動は目で追うだけで精一杯だったので。鮮やかともいえる腕前で敵機は姿勢制御だけで交わし、横っ面から十字に交差する火線は攪拌された砂を弾けさせただけだった。それ一つ取っても、盆暗共に成せ得無い偉業だ。
よくやりやがる。
射撃点から生まれた旋風がくるくると模様になって渦巻かせた。捉えようとして捉えきれず、フォードは、照準が追いつかない。何しろ、切り返しと停止加速の間が無いので、接近を許してしまう。下がって撃った。狙いの先には地面のみ。かすらせさえしないのか。歩くのと同じくらい自然とばかりにやってくれる。
3つの火線を飛び越し、跨ぎこし、飛び避けて円を描きながら移動する。回り込んで、銃弾を撃ち返して、こちらの退路を塞ごうとしてくれる。狙いの先が弾けるのはどちらも同じだ。
撃ちに撃った。銃弾が打ち上げる灰色の粉塵に追い立てられるようにして敵機は駆ける。素晴らしい速度と足元の良さだった。とんでもないことだった。二機の甲殻、三梃の銃が生み出す破壊の渦を、軽量級ですら無いのに、軽々と避け続ける。唇を噛む。
「仕留めろ。足止めはやる」素早く動けば。上手くいけば。
「了解」と弾けた声は聞くまでも無い。ならばやる応えよう。フォードは、狙いをずらして撃った。敵機の脚部が砂を巻き上げる、その手前に着弾。
避けられた。問題無い。それでいい。
動きが鈍ったのを見る前に、その辺りに纏めて撃ちこんだ。汗が噴き出してくる。ウェルクリン83式の強さは骨身に染みている。重量は73式の8割ほどなのに、装甲は最新対弾複合金属の分厚いやつ。
関節、駆動系は優秀。さらに、足のダンパーは高い跳躍を自由自在に生み出すときていたのだから、汗をかきたくなるのも当然だ。こちらが上なのは、無理に積んだ馬鹿みたいな馬力のエンジンと、71式の信頼性の高い操縦型だけで、さらにその有利を除いても相手は優秀な甲殻乗りだ。
それでも、人の反射には限界がある。いかに訓練で研ぎ澄ましたとしても0.2秒の隙ができる。停止、切り返し。
レバーを操り、ペダルに足を乗せて一挙動。プログラムに支えられていてもそこまでかかる。さらに、動こうとするがやらせ無い。
砂粒がダンスでも踊るように舞う。フォードは、勝利を自覚する。オーブンの中の七面鳥。フォードは、レバーを握りこんで、甲殻の姿勢を低くさせて1パック目の銃弾を砂煙越しに撃ち込む。
時間を稼ごう、そしてできることなら関節の一つでも弾け飛ばそうという腹だ。
そして、相棒は一目散に接近した。覚悟していて、いつ撃つか知ってさえいればそれより早く動けるもの。
簡単だ。少なくとも、銃弾を避け続けるよりは。あんなに神経を使うことが、いつまで続くのか。
こちらは動かずにいたのだ。銃など撃たせてやるものか。
軽量化と、非合法級の高価な部品を用いた疾走には、音も歪みも置き去りだ。最高だった。自分にキスをしてやりたくなるくらいには。フォードの銃が吐き出す銃弾の初速は、音を超える。
それでも捉えきれ無いのは、銃を抱えて振り回して、狙いを定めて撃つからだ。銃弾は銃口から、火薬の爆発で押し出されるのだ。敵機がやっていることはその原則に沿ったものだ。銃口から逃げれば銃弾は当たら無い。洗練された戦闘のやり方を心得、高性能な金属の鉄塊を手足として扱え、戦闘特化のプログラムにバックアップされた甲殻に乗れる奴だけの特権だ。不公平だ。
こちらは一世代前の改造甲殻に乗っているというのに、そういうものなのは。だが死ね。お前は死ぬ。
未だに、援護の敵機の姿は見えない。引っかかる。喉を雲が這い回る気分にさせてくれるものだから、上半身の駆動を操る腕がぎしぎし言う。だが、こんな快速の甲殻から、背を向けたとしても、追いつかれるのが関の山。
ならば、ここで仕留めてやる。
息を吸うと、蒸れた汗の匂いがした。帰ったら洗浄コースだ。
撃ち続け、震え続ける自分の甲殻の腹に収まって、不思議と頭だけは冴えている。灰色の粉塵の中に、張り手をかませる距離に近づいたエヴァの甲殻の姿がある。
フォードは、笑った。安堵と平穏が下をくすぐるのだ。これで、エヴァも満足するだろう。さようなら、消えてしまえ。
躍動し、律動する人工筋肉と金属のシャフトとダンパーのハイブリッドが甲殻という人型兵器であり、いかに人類の英知を有りったけ詰めていても、人型というそれだけで決まる戦い方をやろうというのだ。それこそが、エヴァの真骨頂だった。確実に仕留め切れる距離まで接敵するのは、お互いを熟知し、敵機の挙動を読めばそう難しいものではない。そして、やるのだ。
背骨が震えた。トリガに指はかけたまま、フォードはペダルを踏む。エンジンが応えて圧力を増した。援護して、その上で敵機を撃ち抜くには二機が接近しずぎている。相変わらず、他の敵機の姿はない。
いないのか、様子を伺っているのか。
背中が痒い。
フォードの甲殻の内部骨格の奥底に鎮座するエンジンは46万の回転数を叩き出し、最新型の軽量級以外を圧倒する力を与えるのだ。
空気の擦過音が聴こえそうなくらいに速い。一歩捻って踏み込むと砂にめり込む暴圧を、狙い定めて解き放った。