砂塵の衝突②
だがやるしかないのだ、腕にかけて、とギイは唇を歪め、身じろぎひとつで何処かにぶつかる狭いコクピットの座席で身じろぎひとつして、「そちらこそちゃんと獲物を追い立てろ。犬め」それっきり意識は狙撃システムが描き出す獲物の位置を見定めた。瞳孔がきっと開いている。ギイが、ぴったり握ったレバーを見えないくらい前に動かした。震えた砲身が止まってさすのは獲物の位置だ。風は、朝の吹き始めの速度、気温は70は超える。狙撃システムのプログラムが修正すべき数値をモニタに弾きだし、砲身は高熱でも歪まない特殊仕様だ。引き金を引く。
凝縮された砲弾が山なりの軌道を描くのが、ギイにはわかる。他の誰でもないギイだけがわかるのだ。確信だ。己の腕前以外に頼れるものは何もない。思い出すのは、飛んでいく弾丸の唸り、見えるのは、腹に黒い大きな穴を開けた甲殻だ。そして、その穴の縁は金属のめくれ上がった花びらと、ちろちろ燃える炎で彩られている。だが、そうはならないこともギイは知っている。小型偵察機が電波に乗せるデジタルの情報は、どうあがいても当たらないことがわかっている。
うねって灰色の海を作り出す砂漠を構成するのは、点にも満たない砂粒だ。だが、それは甲殻の吸気口を詰まらせ、脚部を飲み込み、崩れ落ち、そして舞い上がり、そしてなによりも質量があった。ちりも積もれば山だ。例え一粒0.00いくらの大きさでもバケツ一杯集めればずっしりとした手応えを残す、それが何億何兆集まって小高い丘くらいの高さになっているときてやがる。着弾時に派手に砂が飛び散って砂丘が少しえぐれても、それを何度繰り返せばいい。無駄なことだ。
だから自然の盾として機能する巨大な砂の壁を上手く使えば、それだけでギイは手をこまねいてじっとその場にいるしかない。いやらしい奴ら。上空から睥睨する視点を持つギイは、油断の微塵も感じさせずゆっくりと待ち構える敵が見えていた。慌てる必要など奴らにはないのだ。無限に睨み合いを続けるわけにはいかない。逃げる場所はどこにでもある。ギイが、狙い撃てたからくりにも気づき、そして、あっさりとそれを交したのならば、逃亡を成し遂げるのは容易だろう。しかしそこまでさせてやる心の広さもギイにはなく、ならばやることはひとつだ。もう一度。もう一度。繰り返し、繰り返す。弾丸の殻が、同じくらいの速度で飛び出して、砂の上に転がる。そしてそのたびに弾丸を砂丘を飛び越え、後方に着弾させる。吹き上がった砂が、不可視の線を引く。
奴らが動き出し、砂丘の陰から飛び出せば、それでお終い。そして、鼠を狩り出す猫には、ジョーがわざわざ立候補してくれた。ならば、気兼ねなく撃てようというものだ。いや、撃ってやるのだ。引き金に手をかけるだけで、敵が死ぬ。ギイは、そんな悦楽が欲しい。それだけで、身を焼く屈辱も、蒸留されて無害な秩序に置き換わる。素敵だ。こうでなくてはならない。狙い撃ちはギイの得意の領域だった。
だから、誰にも引けを取らない自信は、その程度では揺らがない。一方的に手の届かない距離から打ち倒す。ギイは引き金を引いて、鉄塊が自由に飛び回れるようにする。とんだ食わせ者のジョーでさえ、ギイの狙撃の腕前は信頼していたようだった。見くびらせてなどなるものか。鼠がちゅうと泣いて飛び出したならば、胸を抉り取ってやる。ギイは、砂漠の匂いをかいだようなきがする。限られた匂い、騒乱の匂い。灰色の砂に彩られた大地の香りは、鉄臭い何かにいていて、それでギイは笑みを今度ははっきりと浮かべたのであった。
その笑みを見られるはずもなかったが、フォードは、撫でるようにレバーを弄んでいた右手を、主に頭をかきむしることに使っていた。ありていに言えば苛ついていた。それはエヴァも同じだった。太陽の光源がつならる砂丘に遮れれて途切れ途切れの光の帯を灰色の地に投げかけていて、子供が遊ぶ時のように、その光に甲殻を晒してはならないと決められた。関節の一つ動かしただけで、狙い定めて打ってくる敵機の律儀さには頭が下がって仕方がない。
もっとも上から砲弾が降ってくれば、いやでもそうせざるを得ず、そしてそれが一番の原因だった。もし、どうしてもここから逃れでようとするならば、甲殻の右腕や左腕を一つを差し出してやる、それしかない。どのみち、高速でとんでくる砲弾を避け続けることなど不可能だ。
フォードはぴたりと砂丘に張り付いていた。二人して、まるで虫けらか何かのようにひっついている自分たちの姿を見ている敵は、さぞかし、気分がよいのに違いない、と思う。飛来した砲弾が地面に突っ込み、衝撃波を振りまいて呉れる。灰色の砂地が膨れ上がり、揺れにバランサが自動調節をする。砂の雨が装甲を叩くたびに憂鬱な気分がぶり返す。取り敢えずも取り敢えず、今考えるのは、今どうやってこの状況を抜け出すかということだけだ。おそらく、相手はじりじりとこちらに近づいてきているはずだ。狙撃手の砲撃で動きを止めておいて、優秀な近接戦のやり手が近づいてこちらを屠殺するのだろう。しかも、あちらにはこちらが丸見えなのだから、何の心配があるだろうか。上空に二つの黒い点があった。静かに、堂々とこちらを眺めて、戦力を把握している。エヴァに言わせれば、あれは小型の偵察機だということだ。小さくて、よほど注意していなければ気づかない機体の探査システムにすら引っかからない隠密性と、ぴったり張り付いてくるしつこさ。弾倉が空になるまで、撃ち尽くしたいと思う。ストーカー野郎にはそれがお似合いだ。
視界の端でちろちろ飛び回って、陰がくるくると踊る。こんなもの、よく気づいたな、と呆れ半分で声をかけると、トゲの生えた沈黙が帰ってきたので、暇つぶしの会話は諦めた。ので、砂漠に張り付く。ついでに建設的な会話でも始めよう。無線の音量を上げる。「敵が、接近してきて乱戦になったら突破する。的撃ち野郎も仲間の背中を撃つはずはないだろう」
「反対だ」と、エヴァ。「敵の数もわからないのに」
ささくれだった声だ。よほど、敵と戦えないのが不服と見える。馬鹿みたいな、いや実際馬鹿な奴だ。ほとんど、思い通りになることなどありはしにというのに、毎回毎回、笑いながら突っ込んでいくか、死ぬほど不機嫌なのだから。しかし、言い争いになるのも嫌なので、そもそもそんなに悠長に構えていられないので、「しかし、それ以外に、何があるとも思えない」
「何が入っているかわからない箱に手を突っ込むのは馬鹿だ」
フォードは、飛来した弾丸が抉った砂地を見下ろした。何よりもむかつくのは、こんな時にだけまともなことを言ってみせることだ。いざ戦闘が始まれば、手のつけられない凶手となる女が。通信の手段が音声だけであることに、フォードは感謝した。まともに顔を見合わせれば、怒鳴りあいは避けられなかったから。
増加装甲でも、軽量級であることが一目でわかるエヴァの「蠍」は、乗り手の意志を増幅したように、エンジンの音が煩い。「5機いないで、敵が中型汎用タイプなら喜び勇んで殺してやるのに。その時は手出しは無用だ。まあ、ありえないが」
「しかし、やらずには済ませられないな、戦闘という奴は向こうからくるものだ。こんなに天気がいい日だしな、エヴァ」
「会敵は最小限、突破したら全速力。いい考えとは思えないが、私は」それで十分だいいだろう、やるぞと、フォードが、返そうと唇を湿らせれば、砂が飛び散って機体に当たった。揺れがなく、あっという間に、灰色のカーテンができた。バランサも動かない。空気を切り裂く音もしない。フォードは、渾身の力と、限界の反射で甲殻の関節を曲げるやいなや、地を這った。砂漠に音が満ちた。