砂塵の衝突①
砲弾の速度は、音速を超える。熱砂を弾き飛ばし、衝撃に裂けた空気を滑り、ものの1秒もしないうちの着弾する。その威は暴力的に圧倒する力。圧縮火薬の爆発で加速された弾頭は、浮遊戦車の装甲のうち、最も厚く固められた全面装甲すら貫通する。ましてや、甲殻一体など紙切れも同然だった。事実、音すら置き去りにした砲弾は砂丘に斜めの角度で激突し、派手に砂をえぐりとり、灰色の粉塵が視界を覆う。雲霞の群れが一斉に飛び上がるみたいに。弾頭は摩擦で砂をガラスに変えて、勢いは落とさなかったために分厚い砂の層に深く埋もれて見えない。
そして、エヴァとフォードが動いたのはその前だった。フォードは、重心が揺らいだ姿勢で、そのまま横に滑る。半分倒れ込む形だったがそれでいい。
呼吸が鋭くなったエヴァが、レバーを最大に倒し「避けろ」と甲殻を地表に這わせて飛びさすり、つまりは逃げた。戦闘にかけては自らを凌ぐエヴァの言は、戦闘においてはあてにできる。信用と言い換えてもいいくらいに。行動には信頼を置いている。
フォードは判らない。何がどうなっているか判らない。
だが、動くことはできる。
沈む砂丘に形を深く残すほど身を預けることはせずに、ペダルを引き込みレバーを小刻みに揺らして甲殻を転がして砂丘の陰に身を潜めることはできる。砂塵が飛び散った方向に駆け込んだ。エヴァは、すでにもう一度飛んだ。
目玉が飛びれるほどの値段の高性能部品は、音も出ない跳躍を見せる。
陰が砂丘の上から消えると同時に次の一撃が、フォードの目の前をかすめて爆裂した。視界に凝固する砂の幕は弾ける。早い。油断のない。まだ3つも数えていない。フォードは身震いした。まさかこんな昼間に手を打ってくるとは。もう少しでお陀仏だった。構えていたが、エヴァの挙動がなければ避けれていた自信はない。思い出したように降ってくる砂を被ったフォードの甲殻は、砂が滑り落ちてくる斜面にあって無様な格好だった。無線を飛ばす。「敵が来たぞ、とんでもない野郎だ」といったところで砂丘の上部の殆どがとうとう消し飛ばされる。フォードが理解するのに必要な時間はそれで終わりだった。エヴァが蠍の背部に固定された銃の安全固定を外しかけてやめた。外してもどうにもならない。こちらの銃撃は届かない。あちらの銃撃は狙い済ましてこちらに届く。
「狙撃か」エヴァがレバーを軽く殴りつけた。軽い音と「畜生、これじゃあ戦えないな」と舌打ちが混じる。
「大口径の狙撃銃、いや「砲」だ。こんな威力は浮遊戦車くらいしかねえぞ、エヴァ」フォードは、少し上に登って、様子を見ようとした。攻撃の方向は大体検討がつく。問題なのは相手の位置と数だ。2機の甲殻で相手出来る数は多くて10機で打ち止めだ。
既に殆ど運は使い果たして、爪の厚さくらいしか残っていないと見たほうが良い。そんな中で、未知の戦力と戦うことは避けたかった。かといって一目散に逃げたつもりが逆に追い込まれたということもある。無駄なくらいの高感度カメラは、こんな時には役に立つ。解像度を上げて、動く影を探す。頭部が砂丘が盾となる角度からはみ出しているが、向こうからは見えないだろう。それにしても、相手との距離が開いているのか、全く見えやしない。砂丘が連なり風が吹きすさぶ灰鋼砂漠の中では視界を得るのも一苦労だ。起伏が多い地表を探索するのにレーダは向かない。上空からなら話は別だが。
「あるいは、砲身だけ取り外して甲殻で使っているのかも。そんな奴の噂を聞いたことがあるよ、フォード」
エヴァは悔しそうにため息をついてから、「ついでに言っておくと、フォード、頭を下げたほうがいい」
地平線の上で、一瞬何かが光った。
フォードはその通りにした。足で砂のこぼれ落ちる斜面を蹴って後ろに重心を投げ出すと、重い唸りが頭上を飛び抜けていく。空気が、しみったれた鳴き声を上げた。頭蓋に熱い鉄を入れられた痛みが反響する。急激な加速を意識した視神経が衝撃を熱い点として認識させるのだ。そして、砂を巻き上げて転倒し、小刻みに染み込む続けざまの痛み。遂には三葉蟲は地面に叩きつけられる。最後の衝突は、文字通り頭に直接きた。フォードは、強かに脳を揺さぶられ「痛え…」と後頭部をさする。もし、1秒遅かったら頭部カメラが吹き飛ばされていた。一体いつ狙われていたのだ。狙撃システムを組み込んだ甲殻でもここまで見える道理はないし、ましてやすぐに狙いを合わせてくることなど考えられない。地平線ギリギリ、それ以上離れると地球の丸みに隠れてしまうのだ。正確な位置とタイミングを知っていなければなされない芸当だ。
転げ落ちてから止まるまで一部始終眺めていたエヴァは、空を見上げた。エヴァの甲殻のカメラは、空に浮かぶ二つの小さな黒い点を捉える。「これでは本当にどうしようもない。嫌な奴だね」
「何の..ことだ」と、意識朦朧の程でフォードは顔を歪める。
「狙われているんだよ。ストーカー野郎に。今も見られているのさ」エヴァは、もう一度悔しそうに溜息をついて、視界にちらつく黒い点を見詰める。カメラが拡大画像を結ぶ。
小型偵察機から送られてくる映像を網膜に移しながら、「クソ」とギイは呻いた。「気づいてやがった。なんて、用心深いんだ」さっさと殺したかったのに。くたばれ。屈辱で胸が一杯だ。この胸を食い破る痛みは、敵の土手っ腹を射抜かない限り収まることはないだろう。そして、そうさせないつもりは未来永劫ない。
先ほどと寸分変わらない位置でギイは甲殻に狙撃銃を地面すれすれの状態で保持させて、横たわらせていた。二機の小型偵察機から送られてくる映像情報、機体のカメラで捉えられる視界。どれをとっても、最初の一撃が外れたことは明白で、ギイは唾を吐いて、ついでに胃を空っぽにしたい気分にかられてしまう。熱い地面の放射熱は、コクピットの中までじりじりと染み込んでいるときている。ギロは視界の先の砲弾にえぐられた砂丘を睨みながら、砂丘を壁にしている敵を睨みながら、引き金には指をかけている。睨みつつも無線に吹き込んでおくことは忘れない。「しまったぜ、外した。獲物の位置は変わらない。どうする、指示をくれ」
と、すぐに滑らかな声が滑り込んできた。「そのまま待機だ。獲物を見張って、逃げようとしたら威嚇をぶち込んでくれよ、ギイ。今度は、外さずに、な」ギイは、操縦レバーを折れてもいいくらいに強く握りしめ「そちらは、どうするんだ」と、腕に浮く血管を自覚して、それでも慎重に砲身を調整し直した。「ここからでは、間に合わない。いくら脅したって逃げられちまう」ギイは、歯ぎしりする。歯が当たって音がする。カチカチ。カチカチ。落ち着け。狙撃に必要なのは、繊細な動き、冷静な精神だ。
いや、それは建前だけれどそういうのが必要だ。当たるものはあたり、外れるものは外れるのだ。落ち着いていようが、はねわまっていようが何が変わるものか。先程のように。「心配しなくていい、私の言う通りにしてくれればいい。君だって、へっぽこスナイパーではないはずだよ、ギイ」ノイズが弾けて、泡のように言葉をかき乱す。ギイの拡大した視野に、灰色の素早く動く陰が飛び抜けるようにかけていく。砂煙を殆どたてやしない慎重かつ大胆な脚捌きを見せる。もう、ギイが銃弾を撃ち放つ前に動いていたのか。保険のつもりだったのが良い方に動いたらしかった。「笑っていればいいんだよ、笑って撃てよ、的撃ち屋」気に入らない奴だ。ギイが拡大視野を除く先、一機の甲殻は、速さを増すくらいだった。胸が空くということはなく、ギイは笑えもしない。