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第五話 英雄二世の激突

「いやァ、馬子にも衣裳だね」


 かか様のそれはいくらかからかう様な意味も含まれているが、否定は出来ない。

 上から下まで黒を基調としたその姿は、衣装に着られているような感じがするのだ。

 それにアイギールとしては、黒だと自分が更に小柄に見えるようであまり好きではない。

 だがルシア曰く負傷を悟られないために、こういった色を用いるのは基本なのだそうだ。

 出来ればそのような事態は避けたいのだが、などと考えるのはおかしいだろうか。


 ホビットの二人組が仕立てあがった装備を届けに来たのは、昨夜遅くの事である。

 一部間に合わなかった物もあるそうだが、外套や帽子の類なので問題は無い。

 それにまるで悪夢にでも出てきそうな酷い有様の二人を、どうして責める事が出来ようか。

 目のくまは度を通り越して、落ち窪んでいるようにさえ見えた。

 対応をした子が恐怖に悲鳴を上げたほどである。

 その二人のアンデッドの成り損ないは、現在クローディアの部屋で寝こけている。

 もちろん客としてではなく、純粋な看病の意味で。


「さあさ、張り切ってきなァ!」

「はい、いってきますかか様」


 かか様が手にした火打石が火花を散らすと、椿楼つばきろうの二階の窓からも声援が送られる。

 いつのまにやら決闘などと物騒な呼び方で、アイギールの模擬戦の話は広まっていた。

 人の口に戸板は立てられないというわけだ。

 どうしても尾ひれ背ひれが付いてしまうのは、娯楽好きの民ならではだろう。

 花街全体はアイギールを応援し、冒険者たちはカシムを応援している。

 本命は例の鬼娘なのだが、こちらはあまり話題になっていない。

 強いて言うならば、ギルドや富裕層が注目しているくらいだろうか。

 奇妙な形ではあるが、この都市の構図が見事に再現されたわけである。


 冒険者ギルドへ向かいながら、仕立ててもらった装備の具合を確かめる。

 まずは足元のブーツで、これには防水効果のあるトードの皮が使われていた。

 良くなめしてあり、新品とは思えないほどの履き心地だ。

 つま先には金属板が埋め込まれていて、少々重く感じるが安全性を重視した結果だろう。

 ロックリザードの硬い皮で作られたゲートルと合わせれば、足回りの弱点はほぼ皆無である。


 次はスロップスだが、膝から上の部分には内側に鎖が二重に仕込んである。

 肌に直接触れないように、また防寒も兼ねて綿もしっかりと詰め込まれてあった。

 腿のあたりは深い傷を負うと、大量に出血してしまうからこその構造だ。

 お陰で下半身だけやけにもっさりとしているが、洒落着なわけではないので我慢する。


 お洒落と言えば、気に入っているのは主役のローブだろうか。

 スロップスと同じく黒く染め上げてあるのだが、こちらには銀の刺繍が施されていた

 ミスリル銀糸で施されたそれは、フェアリー秘伝の紋様らしい。

 多少の魔力ならば軽減する効果があり、この黒染めの特殊な染料も同様である。


 ローブの下にはルシアの注文通りに、リザードの皮でこしらえたベストを着込んである。

 胸部と腹部をしっかりと保護し、必要以上に動きを妨げないよう背抜きになっていた。

 代わりに肩口の部分は、こちらも鎖を編んだもので覆うようになっている。

 腕にはゲートルと同じロックリザードの皮の篭手と、至れり尽くせりだ。

 なるほど、あとはこれに外套があれば背中もしっかりと守れるという事だ。


 一式でしめて金貨二十枚ほどだが、元の値は半分の十枚分である。

 それでも随分と、いや高価すぎるほどだが、ルシアは今のアイギールにはこれで十分だとか。

 まだ上等な装備があるのかとアイギールは驚いたものだ。

 ルシア曰く、この装備のようにまずは身の守りを固める事が重要なんだそうだ。

 生きてさえいれば、敗北もまた糧となる。

 いかに熟練であろうと、足元を掬われれば自分のようになる。

 そんな事を言いながら、ルシアは自身の右足を叩いてみせたのだ。

 経験者は語ると言うやつだろうか、アイギールはただただ頷くしかなかった。


 冒険者ギルドの職員棟に辿り着くと、建物の中には人気が全く無かった。

 唯一そこにいたのは、先日もいた受付嬢のみである。


「ああ!? アイギールさん待ってたんですよ!」

「えっと、もしかして時間を間違えましたかね」


 姿を見るなり慌てふためいた様子で駆け寄ってくる受付嬢に、アイギールはまさかと思ってしまった。

 確かに三日後の午後と聞いていたはずなのだ。

 それに何かあっても困ると思い、少々早めに到着したつもりでいた。


「そうじゃなくって! アイギールさんが来るのが遅くって、いや遅くは無いんですけど!」

「…ちょっと落ち着きましょうよ、ね?」


 よほどの事が起きているのか、言っている事が滅茶苦茶である。

 それにこの受付嬢以外に誰もこの場にいないのが、より一層不気味に思えた。


「と、とりあえず来てください! カシムさんとホノカ様が大変なんですってば!」

「…ホノカ?」

「ああもう、今日戦う相手の事も知らないんですか!?」

「ああ、なるほどね」


 剣聖の娘、もしくはソードマスターの娘としか聞いていなかったので名前は知らなかった。

 何やら喚いている受付嬢に腕を引っ張られながら、柔らかい感じのする名だなどと思う。

 名は体を表すだなんて、誰が言い出したのだろうか。

 少なくともアイギールには、ホノカという名の少女に柔らかいといった印象は無い。

 下手をすれば今から真っ二つにされるかもしれないのである。

 ただその名前の響きのお陰か、いくらか緊張は解れたような気もする。


「よう、良い所に来たなお前」

「…これはどういう事ですか?」


 受付嬢に案内されたのは、道を挟んで向かい側にある冒険者側の施設だ。

 その施設内に設けられた広く…ただ広いだけの部屋。

 石の壁に天井と、床板などは無く、土がむき出しのままである。

 恐らく修練の類に利用されるであろうその部屋には、壁一面を埋め尽くす人々。

 その身なりからして冒険者と、あるいはギルド職員の面々だろうか。

 部屋の入り口に陣取っていた巨漢は、ギルドマスターであるガウェンだった。


 アイギールがこの状況を理解できないのも無理はない。

 部屋の中央では一組の男女が睨みあい、いや実際に戦っているのだ。

 男の方は長身で、真っ赤な短髪と金色の瞳が特徴的だ。

 それはどこか、今隣にいる巨漢と似通っている部分が窺えた。


「馬鹿息子がまぁたちょっかいを掛けたらしくってな」

「ああ、やっぱりあの人がカシムさんなんですね」

「何考えてんだか知らねえが、予定が狂っちまった」


 ガウェンが渋い顔をするのは無理もない。

 本来ならアイギールとカシムで八百長試合を行うつもりだったのだ。

 そうする事でアイギールの採用を周囲に認めさせる腹積もりだった。

 だがこうなってしまうと、アイギールに花を持たせるのが難しくなってしまう。

 どちらが勝ってもアイギールは一番上か、もしくは一番下の結果になってしまうのだ。

 ガウェンの頭の中では、カシムにアイギールを勝たせ、それをホノカが破る。

 それが一番波風を立たせない方法だと考えていたのだ。


 普段から何かと反りの合わない二人である。

 どちらかはそれなりに怪我を負うだろうし、その状態でさらに戦わせる事は難しい。

 ガウェンから見て、カシムもホノカもその実力は拮抗している。

 そう言った場合は大抵が、どちらかが怪我をするまで勝負はつかない。

 さてそうなると、どうしたものか。

 はっきり言ってガウェンはアイギールが勝てるなどとは思っていない。

 だからこそ自分の息子を使って八百長まで用意したのだ。

 誰かカシムの代役を立てようかと思っていたところで、ある事に気が付いた。

 アイギールの視線が思っていたものと違うのである。


「ガウェンさん、今のは何ですか?」

「今のってのは?」

「何となくですけど、ホノカさんの斬撃が勝手に逸れたような気がしたんです」


 手にした金剛刀の刃を返し、ホノカは一応みねうちを守っている。

 だが容赦ない斬撃は、当たれば骨を持っていかれる事間違いなしだ。

 その斬撃にカシムは防戦一方なのだが、そのうちいくつかが不自然に逸れる。

 術に掛けられているホノカ本人は気付いていないだろうが、周囲からはそう見えてしまうのだ。


「ありゃ幻術だな、うまい使い方しやがらあ」

「分身したり、消えたりして見えるんでしょうか」

「そんなのが使える奴は少ねえよ、精々ブレて見えるくらいだ」

「へえ、じゃあ逸らすのが精一杯って事なんですね」


 一瞬歓声のような、同時に女性の悲鳴が上がった。


「うわあ、もうちょっと色気のあるもん穿いててくれよなあ」


 斬撃を躱したカシムの蹴りが、ホノカのスカートの裾を捲り上げてしまったのである。

 カシムの言葉を挑発と受け取ったのか、ホノカは耳まで赤く染め上げている。

 もしかしたら歳相応に恥ずかしかったのかもしれないか、悲鳴をあげたのはホノカだった。


「…貴様っ、さっきから馬鹿にして!」


 文字通り返す刀をお見舞いするが、カシムはひらりと飛んで躱す。

 両者の距離が一気に開くが、互いに睨み合ったままだ。

 ホノカが激昂するのは分かるが、対するカシムも少しだけ表情が変わる。

 見れば服の胸元から上に掛けて切れ目が入り、うっすらと血が滲んでいた。

 その赤い一筋の端は頬にまで達している。


「あの馬鹿野郎が、本気で怒らせちまった」

「今のはどういうからくりなんでしょうか?」


 確かにカシムは斬撃を躱したはずである。

 それにホノカは刀の峰を利用しているので、本来ならば切れるはずなど無い。


「今のは飯綱いづなの太刀ってんだ、要は飛ぶ斬撃みたいなもんだな」

「…風の魔法か何かですか?」

「いや、単純に空気ごとぶった切るらしいぜ」

「なるほど、とにかく気をつけないと」


 アイギールの言動に、どうやら勝つつもりでいる事をガウェンは確信した。

 今までも何度かアイギールのように紹介状で雇用した例はある。

 今回のアイギールと同じように、八百長試合を仕立てた事もあった。

 だがその時は大抵恐怖におののいたり、もしくは模擬戦には無関心であった。

 無関心と言うのは、どうせ負けても採用されるだろうなどと考えているのである。

 そういった輩は紹介状があろうと、容赦なく不採用にしてきたものだ。


 ところがアイギールは違ったようだ。

 見れば随分と理に適った装備を着込み、二人の戦いをしっかりと観察している。

 そして恐怖を感じるどころか、極めて冷静に分析をしていた。

 怖いならともかく、気をつけようだなんて言葉は聞いた事が無い。

 次第にガウェンの内側では、好奇心が芽生え始めていた。

 この変わり者の少年が一体どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみで仕方が無い。


「カシイィィム! さっさとケリをつけろやぁ!」

「うるせえな親父、んな事は分かってる」


 カシムが低く、地を這うような構えを取った。

 対するホノカは金剛刀を一度鞘に納め、こちらも半身を引いて腰だめに構える。

 スピードを最大限に活かした獣人族ならではの、正面からの突撃。

 それを迎え撃つのは居合と呼ばれる、後の先の極地とも言える戦法だ。

 アイギールにはそれがまだよく分からなかったが、周囲の静けさに決着が近い事を感じた。


「…シィッ!」


 カシムが空気を吐くと同時に、その姿が一瞬にして捉えられなくなる。

 代わりにカシムが構えていた場所からは、凄まじい砂埃が舞いあがった。

 アイギールは瞬きをした覚えはないのだが、一瞬のうちに勝負は決まってしまった。


 飛燕の太刀と呼ばれる、ホノカの最も得意とする技である。

 一瞬早く刀を抜き放ち、切り上げたそれを手首を返して振り落とす。

 二段構えにも見えるが、本命は切り返しの二撃目なのだ。

 一撃目を躱して懐に飛び込んだ相手を、その頭上から一気に両断するのである。

 勿論十分な速度と技量、そして刹那の駆け引きを凌ぐ胆力が不可欠の大技。


 対するカシムも僅かに進路を逸らしたが、その左肩には金剛刀の峰が食い込んでいた。

 右腕で放った掌底とは相打ちに見えたのだが、威力はホノカに軍配が上がった。

 咄嗟に進路を逸らしたことで、掌底の威力が削がれてしまったのかもしれない。

 声も無く膝をついたカシムの左腕が、力なくだらりとぶら下がった。


「いやー、肩外れたし俺の負けだね」

「…この下衆が!」


 どういうわけか降参をしたカシムに追撃を加えようとするホノカを、周囲が慌てて止めに入る。

 アイギールとガウェンのいる位置からは、その原因となる一部始終が良く見て取れた。


「あの馬鹿息子が」

「好色なのは父親に似たんでしょう」


 掌底と見せかけておいて、カシムはただ胸を揉んでみたかっただけである。

 左肩を押さえながら歩いてくるが、その表情はどこか満足げだった。


「お、お前が噂の魔術師か」

「どうも、アイギールです」

「俺はカシムってんだ…やり易くしてやったから精々頑張りな」


 すれ違いざまに掛けられたカシムの言葉に、アイギールは思わず振り返る。

 まさかカシムの考えと、自分が用意しておいた作戦が似通るとは思ってもいなかったからだ。

 ガウェンに鉄拳制裁を食らっているが、あのカシムと言う青年はなかなかに侮れない。

 ガウェンが思っているよりも、ずっと賢しく強かであるようだ。

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