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リ・セット

作者: 天村真



 目覚まし時計の金属質な音で目が覚める。

 いつものように手を伸ばしてそれを止めた。 そのまま時計を目元まで持ってくると、時間を確認、鳴った時に起きているのだから、当然セットしていた六時四十五分だ。


 目覚ましをぞんざいに投げ捨てると、耳障りな音を立てて衝突。 ひょっとすると壊れたかもしれない。

 しかし、それに構うことなく起き上がると、すっかり覚めた足取りで部屋を出て階段を降りた。


 リビングには両親の姿。

 母はトーストをつまみながらテレビを見ている。


「おはよう」


 声を掛けると父が読んでいた新聞から顔を離して振り向いた。


「ああ、おはよう」


 母はご飯ならもうできていると机をさす。


 四人掛けの机には皿が一つに椅子が三つ、皿の上には二枚のトーストが重ねてある。


 昨日と同じだ。


 そうは思いつつも口にはしない。

 言ってもまるで意味はない。


 トーストを口に入れるとマーガリンの香りが広がった。 これがバターならもう少し食べごたえがあると思う。

 それだけの変化で随分と変わるだろう。 まぁ、それができれば苦労はないが……


 テレビの向こうでは昨日も見たニュースキャスターが昨日と同じ様にニュースを報じる。 これもまた当然だ。


 いや、変わっていると言えば変わっている。

 どれぐらい前か、それは忘れたが、少なくともあの日以前はこうでは無かった。


 どれぐらい前か、という俺の質問に答える様に、キャスターがその数字を告げた。


『八二七回目の十二月二十日、残念ながら、今回も日付は変わりませんでした』


 キャスターはそれが自分の責任であるとでも言う様に深々と頭を下げる。

 そしてテレビの電源は落とされた。 母が切ったのだ。



 八二七――――それが意味するものは、繰り返される時間。 今日という日が訪れた回数。 八百と二十七回目の、今日。

 今日であり、昨日であり、おそらく、いや、ほぼ確実に訪れる今日という明日。



 時間が進んでいるとしたならば、二年と九十七日前。

 なんの変哲もない日常は劇的に変わった。 否、この場合は変わったという言い方は適切ではない。

 正しく伝えるならばこうだ。


 日常は非劇的な程変わらなくなった。



 日付を跨げば、訪れるのは十二月二十日。


 なにもそれは電子機器の故障ではない。

 そんなものでこの現象を説明できるわけがない。


 無論、最初は多くの人間がそうであると信じて疑わなかった。

 日付が変わらないのは世界規模でコンピューターが狂ったのだろうと。


 しかし、一部の人間だけがそうでないと知っていた。

 それは旅行者であったり、出張を命じられた会社員であったり、ともかく、十二月十九日と十二月二十日とで別の場所で眠った人達だ。

 なぜなら、彼等はそれが例え他国であっても、目覚めた時には十二月二十日の朝と同じ場所に居たのだから。

 そうして、二回目の今日に人々は確信した。


 自分達が十二月二十一日を、つまりは明日を失ってしまったという事を。



 記憶は引き継がれる。 しかし、人の為した記録は残らない。

 今日を生きた痕跡は全て抹消され、また新しい明日がやってくる。

 世界は、停滞という名の檻に閉じ込められた。

 死すらも、そこからは抜け出せない。


 きっと明日になれば壊れた時計も直るだろう。

 朝はトーストで、父は暗記もしたであろう新聞を読む。

 テレビの中ではニューキャスターが増える以外に変化の無いその数字を告げ、出席すらとらない学校で友人と駄弁るために底のつきかけた話題を必死に探して時間を潰す。


 することが無いのだから仕方が無い。 働いたって意味は無い。 お金が入っても眠れば消える。 そもそも紙幣には価値が無い。

 コンビニで弁当を盗ったって次の日には元に戻っている。

 生産的活動はほとんど無意味だ。

 一部、料理などならば数少ない娯楽として受け入れられるが、仕事としてそれを続ける人間も少ない。


 たとえ自殺しても、次の瞬間には目覚めて絶望する。


 ほとんどの人間が世界から必要とされなくなった。

 生きる意味を奪われた。 そのくせ無駄に記憶が残る。 終わりのない停滞を、ただひたすら消化する日々が続く。


 そうして、また今日は繰り返される。

 人々の存在を嘲笑い、無限に続く無意味という鎚で心を打ち、命の意味すらも踏みにじって。





勢いで書いたので意味の不明瞭なところもあると思います。詰めの甘い箇所もあるでしょう。

そんな自分で読み返すのが怖くなる様なものを載せるのはどうかと思いますが……


多分これは私の恐れる世界です。

永遠に続く、それでいて停まった世界。

死ねたらどんなに幸せか。


最近『死ぬ』という言葉よりも『永遠』という言葉の方が怖いです。

誰かを、或いは何かを待って永遠に生き続ける。私にはそれは耐えられない。

想像したら年甲斐もなく恐怖で泣き出しそうになりました。

仮に幸せな時間だとしても、それが永遠に続けば地獄でしょう。

飽きないものはない。永遠を生きるには、この世界だけでは狭すぎる。


だからと言って別に自殺志願ではありませんけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかすると、突然、地球が爆発でもして、みんな同時にあの世に逝ってしまったのかもしれませんね……。 ぜひとも、主人公には、永遠と前日を繰り返すその世界からの脱出を図ってもらいたいです。
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