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無題

作者: 白烏

 純度の高い原色で彩られた小さな部屋。南に設えられた窓から幽かに月光が漏れる。

 男は上を向いて息を漏らす。

「軽く自信を失くした」

「気を落とさないで下さいませ。早く済ます方法ならば幾らでも御座いますから」

 部屋の真中に敷いた簡素な布団には男。

 窓際には女。

 部屋には二人しか居ない。

「随分とつれないじゃないか」

 女は声を上げて笑った。

「その様なことを仰るひと、久しく居りません」

 さては妾に惚れてしまいましたか、と女は云う。男は、月光に青白く映えた素肌、呼吸に合わせて静かに上下している女の左肩に、思わず見蕩れてしまった。

 もしくはそうかも知れぬ、と男は思う。

 男が答えないでいると、女は困ったような表情で男のほうを少し見て、すぐに窓の外に視線を戻した。

 一瞬の静寂。

「……いけませんねぇ。不粋と云うか野暮と云うか、粋じゃないですよぉ。此処を何処だとお思いですか?妾のような卑しい女に移す情など、持つだけ損と云うもの」

「人の交わす情に貴卑など関係ないだろう。お前は何を想って男どもに抱かれるのだ」

 暗に女の云ったことを肯定してしまったのに、男は気付かない。このような場所で聞いてはならぬことを聞いたとも、男は気付かない。

 窓硝子に女の吐息が凝結し、白く濁る。

「知りたいですか」

 女は、止めておこうと云って欲しかった。何も云わずに後ろから強引に抱き寄せられ、男の為すがままにされても構わない。否、むしろその方が余程良いと女は思う。言葉は、必要ない。

 しかし、男は感覚より言葉を欲した。

「知りたい」

 女は窓に凭れかかるようにして此方に身体を向けた。着乱れた衣服は眩しい灯りの下で見た時には確かに華やかな赤で染められていたのに、今では月光の色に女ごと飲み込まれたのか、肌も衣も目も口唇も全て等しく、くすんだ青色に見える。自分でも気付かない内に男は戦慄した。この女は、もとは何色なのだろう。

「妾は何を想って男どもに抱かれるのか。その問いは正しくありませぬ」

「……ほう」

「それを云うなら、妾は何を思って男どもを抱くのか、と問うべきでしょう?男が妾を抱く時、同じ様に妾は男を抱いているんですよぉ」

「ふん、先程までお前は俺を抱いていたと云うのか」

 酔狂な話だな、と男は云った。

「そうでしょうか。貴方は先程人の交わす情に貴卑など関係ない、と云ったじゃありませんか。交わす――と云うことは相対する二者の双方が双方のことを想う、と云うことです。行為自体は傍から見れば男にされるがまま、なのでしょうが、この野暮ったい部屋には妾と貴方の二人だけ、傍から如何見えるかなんて妾達にしてみれば如何でもいいことじゃありません?」

 抱くも抱かれるも同じこと、と女は歌うように云って硝子を濁らせる。男はやっと後悔し始めた。だがもう遅い。

 女の匂いが強くなる。いつの間にか女は、男の目の前まで来ていた。

「毎日毎日、毎日毎日毎日男どもを抱いて男どもに抱かれているとねぇ、分かってしまうんですよぉ。その人が何を思っているのか。何を感じているのか。大抵の男は寂しいと思ってる。だから妾はね」


「愉しいんです」


「ただその人の感情だとか思考だとかを感じるだけで、愉しいんです。特に」

「何の変化もないような日々に倦み疲れた男とか、こんな場所に来なけりゃ女の一人も抱けないような男なんて、愛おしくて仕方なくなっちまうんだ」

 貴方のことよ、と女は男の耳元で。

 微笑んだ。

「あ、ああ」

 男は逃げ出すようにして、乱れた着衣もそのままに部屋から出た。



 純度の高い原色で彩られた小さな部屋。部屋の真中に敷いた簡素な布団には、

「脅かしすぎたかな」

 ぽつりと呟いて、寂しそうに笑う女が一人だけ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 随分とつれないじゃないかっていいリズムですよね
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