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エピローグ


 魔王像強奪事件から一週間が経過した。


 捕らえられていたシスターたち三人は天使が倒されたことを知ってからは大人しいものだった。エクスはその間足繁く詰め所へと通い、カインと共に特例でリースたちの尋問に付き合った。起こした事件が事件なだけに、当事者として特別に立ち会うことが許されたのだ。とはいえ、シスターたちの罪は重い。騎士や教会の人間を何人も殺しているし、世界の封印を解こうとするなどトゥリーズンに生きるものたちへの裏切りにも等しい。本当なら全員処刑されても仕方がない程であったが、彼女たちの境遇やらを鑑み異例とも言える程に刑は軽減された。


 そこには事情を聞いた魔王シリウスや竜の賢者ウィズダム・ナーリッジの声があったことが大きい。また、リースが神聖教会の内情を話したことも少なからず影響している。三人は罪を償うためと、少しでも同じような境遇の人間を救うべくナーリッジが預かることになった。竜の賢者が身柄を預かるともなれば、誰もシスターたちに手が出せない。彼女たちの身を守るためにもその方が何かと都合が良かった。


「お世話になりました」


 シスターを代表してリースが頭を下げる。シスターたちの顔にはまだ若干の戸惑いがあったが、皆少しばかり憑き物が落ちたような顔をしていた。


 カインとエクスは首を振るう。二人とも大したことはしていない。真摯に話を聞いて少しばかりの手回しをしただけだ。エクスはレイドの家に滞在していたナーリッジとシリウスに口添えを頼んだだけだし、カインも団長に厳しい処分が下らないように嘆願した程度である。


「まあ、これから色々あるだろうけど頑張って欲しい。僕も何か手伝えることがあるなら手伝うから……と言っても、大したことはできないんだけどね」


「私もできることがあるなら協力しよう。トゥリーズンに生きる者同士、助け合っていくべきだからな」


「挨拶も終わったようじゃし、そろそろ出発するとしようかお前さんたち」


 エクスの家の庭で、竜の姿に戻ったナーリッジが声をかける。リースたちは少しばかり戸惑いながら、ナーリッジの背中に乗る。用意しておいたロープを体に巻きつけ、命綱にすると背中の上でもう一度二人に向かって会釈した。


 力強い翼の羽ばたきが、赤い竜が空を舞う。どんどん高度を上げていったその竜は、やがて北西の方角へと姿を消していった。


「少しでもこれから彼女たちのような人間が減ってくれれば良いのだがな」


「そうですね。カインさんはこれからすぐに巡回ですか?」


「ああ、今回の一件で魔物や天使に殺された騎士は少なくない。人手が減ったせいで少し担当区域が広くなってしまったんだ。そのせいでハイデン団長の帰りも少し遅くなっているだろう?」


「ええ、母さんに甘えながら愚痴ってましたよ」


「……そうか。やはり私もそろそろ身を固めたい所だな。生活に潤いが必要だと最近よく思うようになってきた」


 一人身の悲哀を滲ませる冗談を言うと、カインはエクスに軽く会釈してから仕事に戻っていった。さすがにどういう反応を返せば良かったのか悩んだエクスだったが、結局苦笑しながらその背中を見送った。


「意中の人と二人っきりで生活しても、場合によっては凄まじい生活を強要されることもあると思うんだけどねぇ……」


 苦労している友人の姿を思い出しながら、エクスは一人空を見上げた。無意味に晴れ渡った青空。その気持ち良い日差しを浴びながら、エクスは自分の部屋へと歩いて行った。




 エクスが丁度屋敷の中に入って行った頃、レイドは庭先で汗だくになって刀の素振りをしていた。少し前に赤い竜が飛んでいくのが見えた。本当なら自分も飛び立つところを見送ろうと思っていたのだが、魔王様から言い渡された特訓メニューを消化するのに時間がかかりすぎて結局行けなかった。一応家を出るときに見送っているので、それでも別に問題は無いわけだったが、少し残念に思っていた。


 とはいっても、復活した魔王様を守るためにも強くなる必要はある。一応一部の人間と悪魔にしかこのことは知られないように情報操作はされるようだったが、魔王の復活に気づいた天使が襲い掛かってくる可能性は十分にある。従者としてレイドは少しでも強くなる必要があった。魔王様のためにも手を抜くような真似はできない。


「あら? 貴方まだ終わらせてなかったのね」


「す、すいません。すぐに終わらせます!」


 暇つぶしに読んでいた本をレイドの母親の寝室に戻しに来ていた魔王様は、開け放った寝室の窓の上から必死に刀を振るうレイドを見てにんまりと笑みを浮かべた。どうやらそのままレイドの様子を観察することにしたようだ。妖精サイズの小さな体のまま窓辺に体を預けると、頬杖を突いて己の従者を見た。敬愛する魔王様に見られているため、俄然良いところを見せようと張り切るレイドを見ていると、何やら意地の悪い考えが浮かんでくる。


 空気を切り裂く音が黙々と鳴り響く。一心不乱に素振りをするレイドには一切の余裕が無い。そうしてそのまま十分ほど過ぎ去った頃、ようやく素振りが終わったレイドに、魔王様は声をかけた。


「そういえば、私を復活させたご褒美を上げてなかったわね。貴方、何か私にして欲しいことでもある? 今ならできることなら何でも願いを叶えてあげるわよ」


「ぜぇ……ぜぇ……な、何でも……ですか?」


「ええ、何でもよ」


 随分と楽しそうな声色だった。レイドはこの一週間で魔王様の性格を少しは理解していた。アレは確実に何か企んでいる表情だ。呼吸を整えながらレイドはどうするか悩む。


(むぅ、きっとこれは俺を試しているな。きっとそうに違いないぞ。いや、でも……)


 馬鹿正直に言って良いものか? 腕組をしながら考える。とはいえこれはチャンスだった。この機を逃してなるものかという思考と忠誠心が頭の中でせめぎあう。


「何もないの?」


「あ、いえあります」


 つい口から本音がポロリと出てしまった。後には引けなくなったレイドは言った。


「結婚してください」


「いいわよ」


「あはは、そうですよねさすがにちょっと下僕の癖に調子に乗りました……って、はいぃぃぃ」


 てっきり断られるだろうと思っていたが、帰って来た了承の言葉に言い出したレイド自身絶句していた。


(さ、さすが魔王様だ。なんという即断即決。もっと謙虚にお付き合いしてくださいとか言い直そうと思っていたのに、なんと豪気な)


 言葉を失ったレイドは呆然としたまましかし、正直に両手でガッツポーズを取った。けれどそうそう簡単には問屋が下ろさない。とても甘い声で魔王は言う。


「ねぇレイド。貴方と結婚するのは別に構わないのだけれど、勿論私を楽しませてくれるのよね?」


「楽しませる……ですか?」


「そうよ。特に剣なんか良いわね。毎日私の剣の相手をしてちょうだい。復活してから一週間経つけど、私が全力を振るっても良い相手が居なかったから練習相手が欲しいと思っていたのよ」


「あの、それって本当に文字通りの全力ですか?」


「ええ、それぐらい軽くできる人じゃないと私は満足できないわ。何なら今からでもやってみる? 受け止められない場合は消し飛ぶかもしれないけど、それぐらいは我慢して耐えて頂戴ね」


「……」 


 顔を引きつらせながらレイドはパクパクと魚のように口を閉じたり開いたりを繰り返しながら青くなった。何かを言わなければならないと思っていたが、生憎とすぐに紡ぎだせる言葉が無い。今現在レイドが魔王の一撃を受け止めきれるはずもない。試したら確実に命は無い。


「あら、顔が少し青いようだけど大丈夫かしら」


「ま、魔王様……とりあえずお願いの件は保留にしておいて欲しいなぁと思うのですが、どうでしょうか?」


「そう? なら私の気が変わらないうちにしてちょうだいね」


 それだけ言うと、魔王は笑いながら部屋の中へと消えていく。その場に残ったレイドは少しだけ葛藤していたが、突然ハッと何かに気づいて顔を上げた。


「そうだ、期待されているんだよ。俺がそこまでやれる男だと魔王様は期待して下さっているからこそ、あんな簡単にオーケーしてくれたんだよレイド・ハーヴェイ。くっ、ならば従者としてその信頼に応えなければ男じゃないぞ。絶対に気が変わる前に受け止められるようになるんだ!」


 凄まじくポジティブに魔王様の言葉を脳内変換し、挫けそうになった自分を叱咤しながらレイドは訓練を再開した。ポゼッションしたときに垣間見た魔王の記憶そのままであれば絶対に不可能だが、弱体化している今ならば確かに億に一つぐらいは可能性があるのかもしれない。そして、その億に一つに到る可能性を見出されていたのだとしたら、諦めるわけにはいかなかった。


「強くなる……魔王様の横に立てるぐらいに強くなるぞ!!」


 決意に燃える少年。こっそりそれを窓から離れた振りをして様子を伺っていた魔王は、まったくへこたれていない己の従者の決意を聞いて、声を押し殺して笑っていた。

 無論、それができるようになったとしたら是非は無い。できるようになるなどとはまったく微塵も思わなかったのでああ言ったのだが、それでも今の姿を見ているといつかこの少年がそれを成してしまいそうで少し楽しくなってきた。


 そういえばトゥリーズンに住む者は酷く諦めが悪い。かつての四英雄然り、悪魔然り、人間然りだ。可能性がある限り最後まで足掻く精神的なタフさがある。その粘り強さがもしかしたらレイドをその領域にまで高めることもあるかもしれない。


「ああ言った手前、主として約束は守るつもりだけれど。これから楽しくなりそうね」


 そうなったら満更でもないのか、ポツリと呟く魔王様。交わした言葉を違えないのが彼女のポリシーだ。ある意味常に本気で考えていることが多い。新しい本を本棚から取りだすと、聞こえてくる剣の音をBGMに彼女は読書を楽しんだ。


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