緑の緊張
松子は長谷川さんを諦める事にした。
「今回は随分続くねえ」
上機嫌のパンチパーマの母親が言った。
「主任になったから」
松子は唐揚げが入った袋を母親に渡すと、そのまま自分の部屋に行く。
「これ、みんな食べちゃっていいの?」
母親の声が聞こえたが、応じなかった。そう訊いて来た時は決まって、もう全部食べる気満々だからだ。
(明日から多分、長谷川さんは店に来なくなる)
長谷川さんに対する感情よりも、来なくなる事によって店が被る損害を考えてしまうところが、松子が成長した証しであった。
次の日、松子は部下となる二人の従業員に今週の売上目標を告げた。
(夕べは久しぶりに羊を数えなくても眠れたわ)
完全に吹っ切ったと思った松子であったが、
「いらっしゃいませ」
反射的に入口に目を向け、固まりかけた。長谷川さんがいたのだ。
(もう来ないと思っていたのに、反則よ!)
松子は泣きそうになるのを堪え、愛想笑いをした。
「いつもありがとうございます。どれになさいますか?」
あくまで営業トークに徹する事にした。
「僕が好きなのは貴女です。萌ちゃんにはそう言いました」
感動を通り越して恐怖すら感じてしまう言葉だと松子は思い、遠のく意識を何とか保った。