青い激流
萌の口から出たあまりにも衝撃的な言葉に松子は無数の羊が万歳三唱をしている奇妙な幻を見た。
(長谷川さんは、私が好き?)
そこを反芻してみて、それでも合点がいかない。感動のラストシーンが思い浮かばないのだ。
松子は小学生の時、好きな男子に告白して、それをクラス全員に触れ回られ、トラウマになった。
高校を卒業し、最初に就職した工場でまた好きな男ができた。
だが、トラウマが甦り、告白できずにいると、その男は昇進して本社に行ってしまった。
(私は幸せになれない星の下に生まれたのよ)
その頃から松子は後ろ向きの人生を邁進し始め、体重も日に日に増えた。
(今回もきっとそう。諦めた方がいいのよ)
松子は無理に笑顔を作った。それもこれも、顎割れ芸人にノリがそっくりな店長と店の売上のためだ。
「お客様の思い違いですよ。私には婚約者がいますから」
松子の想定外の返しに萌は仰天した。そして、どういう事なのか理解したらしく、微笑んだ。
「じゃあ、貴女は長谷川さんの事を好きではないのですね?」
萌の満面の笑みに松子は悲しみがこみ上げてきたが、
「はい。そのような事はありませんので、今後とも当店をご贔屓にしてください」
血の涙を呑んで告げた。