どうしてあの人が気になるのか分からない
気がついたらおっさんになって三日目。
……まだ慣れません。
というか、慣れたくもありません。
とりあえず、このままでは色々とまずいので、
できることから少しずつ整えていこうと思います。
私の名前は黒木彩花。
最上商事で受付をしている。
――なのに。
(……なんで、あのおじさんのことばっかり思い出すのよ)
この前、ヒールで靴擦れを起こした時。
助けてくれた、あの人。
無愛想で、ぶっきらぼうで。
でも。
(……優しかったのよね)
気づけば、頭から離れない。
「彩花先輩、この前営業のエースの高田さんとデートに行ったんでしょ? 羨ましいなー」
隣の受付に座る後輩、真由美が声をかけてくる。
「そんなにいいものじゃないわよ?」
ため息まじりに答える。
「えー? なんでですか?」
「自慢話ばっかりで」
一つ指を折る。
「歩調も合わせてくれないし」
二つ目。
「“俺はモテるから忙しいのに時間作ってあげてる”みたいな態度」
三つ目。
「……無理ね」
「えぇー……」
真由美が引き気味に笑う。
「それはちょっと……」
(ちょっとどころじゃないのよ)
内心で即ツッコミ。
(ああいうタイプ、ほんと無理)
その時だった。
「あ、高田さんだ」
真由美が声を落とす。
視線の先。
営業フロアから、例の男が歩いてくる。
「よー、彩花ちゃん」
軽い調子で声をかけてくる。
(来たわね……)
「この前、体調不良だったみたいだけどさ」
カウンターに肘をつく。
「デートの仕切り直し、しようよ」
ニヤッと笑う。
「楽しいところ、連れてってあげるからさ」
(はい出た)
(“してあげる”)
(この言い方よ)
内心で冷静に分析する。
そして。
ふと、思い出す。
「……無理をすると悪化しますよ」
あの時の、低い声。
押し付けでもなく。
ただ、気づいてくれた言葉。
(……なんで比べてるのよ、私)
一瞬、思考が止まる。
目の前の男を見る。
笑っている。
自信満々で。
でも。
(……軽いのよね)
決定的に。
軽い。
「どう?」
高田が覗き込んでくる。
「今度はちゃんと楽しませてあげるよ?」
(……あの人なら)
一瞬、頭をよぎる。
(“無理しないでください”って、きっと先に言う)
それだけで。
十分だった。
「ごめんなさい」
自然に言葉が出た。
「もう、いいです」
「え?」
高田の顔が固まる。
「え、なんで?」
「なんとなく、合わないので」
淡々と告げる。
「え、いやいや、俺だよ?」
(だから何よ)
内心で即答。
「……失礼します」
それ以上は言わない。
仕事に戻る。
「ちょ、ちょっと待てって!」
高田の声が響く。
だが。
もう、どうでもよかった。
(……なんでかしらね)
ふと、思う。
(あのおじさんの方が、ずっと良く見える)
理由は、分からない。
でも。
「……不思議」
小さく呟いたその言葉に。
誰も気づくことはなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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まだまだ状況は混乱していますが、
ここから少しずつ変わっていきますので、ぜひ見守ってください。
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