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『愛など不要』と言い放った王子の本音が【都合のいい馬車馬】だと筒抜けでした ――心の声が聞こえる契約妃は、笑顔で横領の証拠を集めます  作者: 九十九 文


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第四話 契約満了。「お世話になりました、馬鹿な皆様」


 契約から一年。


 婚姻の有効期間が満了する朝、イリスは夜明けと同時に執務室を最後に確認した。


 引き出しは全部空だ。書類は全て然るべき場所に届けてある。部屋は来た時より整然として美しい。


(……完璧です)


 白い旅装束に着替えて、荷物を一つも持たずに廊下を歩く。荷物は昨夜のうちに全部、隣国大使館に預けてある。


 王宮の謁見室には、すでに人が集まっていた。国王夫妻、重臣たち、そしてカイル。ソフィアはすでに別室で審問の時を待っている。


「イリス」


 カイルが立ち上がった。顔色が悪い。この一ヶ月でずいぶん憔悴した。目の下に隈がある。


「待ってくれ。話がある」


「契約の最終確認でしょうか。では私からご報告を」


 イリスは懐から書類を取り出した。


「殿下が承認された施策の今年度成果、国家収支の改善実績、および今後三年間の財政建て直し計画書です。後任の方がそのままお使いになれるよう、注釈を入れてあります。引き継ぎは以上です」


「そんなことじゃ――」


「ルーカス王国への外交回答書類は財務省の金庫に。ソフィア・ルーナ氏の横領については証拠が完備しており、裁判は粛々と進むでしょう」


 イリスはそこで一瞬だけ間を置いた。


「カイル殿下の関与については」


「……」


「証拠上は『知らずに署名していた』ことになっております。これは事実ですし、ルーカス側もその解釈で合意しています。殿下の御身は守られています」


 謁見室が、静かになった。


 カイルの目に、複雑な光が浮かんだ。


《……なんで。なんでこいつが俺を守るんだ。あんな扱いをしたのに。「馬車馬」だとか「ちょろい犬」だとか思っていたのに。聞こえていたのか。全部聞こえていたのに、それでも)


(……聞こえていましたよ、全部。でも、これだけは本当のことを言っておきます)


 イリスは視線を、カイルではなく、謁見室の壁の向こう――この国の空に向けた。


「あなたのためではありません。この国の民が、王家の失墜に巻き込まれて苦しむのが嫌なだけです。それだけです」


「……イリス」


「一年間、大変お世話になりました」


 イリスは深く、丁寧に、一分の隙もない礼をした。


 それから、ほんの少しだけ口の端を上げた。


(――馬鹿な皆様に、どうかご健勝を)


 声に出しては言わなかった。


 でも、謁見室を出る時、イリスの足取りは今まで生きてきた中で一番軽かった。


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                            (第四話・了)

                           次回「第五話」へ続く

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 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 第四話、感想はいかがでしたか?


 この話で一番書くのが難しかったのは、実はカイルです。第四話のカイルは、初めて「本当のことを思っている」んですよね。《なんでイリスが俺を守るんだ》という本音——悔恨でも言い訳でもなく、純粋な困惑。一年間、ずっと「道具」だと思っていた相手に、最後に守られている。


 でもイリスはそこで優しくしない。「あなたのためではありません」と、きっぱり言う。


 これ、冷たいようで、私はイリスのこの誠実さが一番好きです。カイルに「あなたを赦しました」とは言わない。でも「この国の民のために守った」とは言う。感情的な和解も、劇的な決別もしない。ただ、事実だけを残して去っていく。


 「馬鹿な皆様に、ご健勝を」——このセリフ、心の中だけで言わせたのも理由があります。声に出したら、それはイリスではなくなる気がして。彼女はどこまでも「完璧な淑女の振る舞い」を崩さない。その一点が、彼女の矜持だと思っているので。


 いよいよ次回、ゼノスが動きます。

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