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『愛など不要』と言い放った王子の本音が【都合のいい馬車馬】だと筒抜けでした ――心の声が聞こえる契約妃は、笑顔で横領の証拠を集めます  作者: 九十九 文


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第一話 断罪と契約――心の声の覚醒

 夜会の灯りは、残酷なほど明るかった。


 シャンデリアの光が大広間に満ちる中、イリス・アルデシア伯爵令嬢は、第一王子カイル・ヴァレンの正面に立って、静かに息を吸った。


 周囲の視線が一斉に集まっている。貴族たちは扇の陰で囁き合い、侍女たちは目を丸くして次の言葉を待っている。王子がイリスに「何か」を言い渡す夜だと、この場の全員が知っていた。


「イリス・アルデシア」


 カイルが口を開いた。整った顔に、冷ややかな光が宿っている。王族の中でも際立った美貌を持つ青年だが、その口元に今夜はっきりと浮かんでいるのは、どこか「慈悲深い」とでも言いたげな表情だった。


「君の能力は、認めている。だからこそ言う。君のような可愛げのない女は、妃として愛するには値しない」


 広間がしんと静まり返った。


「しかし、君の行政処理能力だけは一流だ。才能を腐らせるより、国のために使う方が双方にとって有益と判断した。提案がある――愛など一切不要の、*契約結婚*だ。感情は要らない。ただ完璧に仕事をしろ。妃という肩書きは与えてやる」


 高潔な王子が、使えぬ女に最後の機会を与えている。


 傍目にはそう映っただろう。実際、周囲から「殿下はお優しい」と囁く声が漏れ聞こえた。


 イリスは一瞬、瞬きをした。


 そして――世界が、変わった。


 最初は耳鳴りのようなものだった。次の瞬間、それは言葉になった。


《……よし。引っかかった。この女、真面目すぎて逆に使いやすい。「能力を認めている」の一言で、こいつは喜んで馬車馬になる。少し信頼してみせれば一生俺のために働く。ちょろいもんだ。俺は聖女様とゆっくり遊べる。完璧な計画》


 その「声」は、目の前の第一王子の、口が動いていない口から聞こえた。


 イリスは顔色ひとつ変えなかった。


 変えなかったが、内心では盛大に目眩がしていた。


(……は? 聞こえた。今、この人の本音が聞こえた。「少し信頼してみせれば」? 「ちょろい」? 正気ですか、王子殿下。あなたは今、三十秒で私の人生設計を「馬車馬」の二文字に圧縮しましたよ)


 視線を横にずらすと、王子の隣に立つ淡い金髪の令嬢――聖女と謳われるソフィア・ルーナ――が、慈愛に満ちた微笑みでこちらを見ていた。どこまでも清らかで、光に満ちた表情だ。


《あー、やっとこの地味女を片付ける段取りができた。イリスが片付けた予算、全部着服させてもらうね。宝石も服も。カイルはどうせ数字なんか見ない。最後はイリスに全部罪をなすりつけて処刑。真面目な女って本当に使い勝手がいい》


(……聖女もですか)


 イリスはそっと胸元に手を当て、一秒だけ目を閉じた。


 心の声が聞こえる。なぜかは分からない。この夜会でカイルに向かい合った、まさにその瞬間から始まった。王子の本音も、聖女の計算も、周囲の貴族たちの品定めも、全員分が波のように押し寄せてくる。


 これは、才能だろうか。呪いだろうか。


 どちらでもいい。


(……なるほど。状況、完全に把握しました)


 イリスはゆっくりと、完璧な淑女の礼をとった。


「謹んでお受けいたします、殿下。愛のない契約結婚、喜んで」


 カイルの表情に、かすかな安堵と、隠しきれない満足が滲んだ。


《……乗ってきた。予定通り。真面目な女は使いやすくて助かる。これで向こう数年、面倒な行政は全部イリスに丸投げできる。俺は聖女様と旅でもするか》


(……その「予定通り」の顔、今のうちに拝んでおきます)


 イリスは微笑んだ。完璧な、涼やかな、まったく本心を見せない微笑みで。


(その代わり、仕事には一切口出ししないでください。馬車馬、喜んで引き受けます。ただし、手綱を握るのは私の方ですので)


 広間に拍手が起きた。


 第一王子の寛大さを称える声が、あちこちから上がった。


 イリスはその音を背中で聞きながら、頭の中で静かにリストを作り始めた。


 集めるべき証拠の、第一項目から。


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                            (第一話・了)

                           次回「第二話」へ続く

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読んでいただきありがとうございます!


 第一話、いかがでしたでしょうか。


 この話を書く上で一番こだわったのが、カイルの「表の言葉」と「本音」の温度差です。表では「君の能力を認めている、だからこそ機会を与えよう」という、傍から見れば格好いい台詞を言っているんですよね。周囲の貴族が「殿下はお優しい」と囁くくらい、様になっている。


 でも本音は「ちょろいもんだ」。


 この落差が全部の出発点なので、第一話だけは特に念入りに書きました。読んでいて「こいつ……!!」と思っていただけたなら大成功です。


 そしてイリスが心の声に覚醒した瞬間、彼女が怒るわけでも泣くわけでもなく、ただ静かに「なるほど。状況、完全に把握しました」と受け入れるところ——ここが彼女の強さの根幹だと思っています。感情より先に思考が動く女。それがイリスです。


 次話からいよいよ「準備」が始まります。

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