第十一話:ゲーセンの四色の制服と、執念のクレーンゲーム
土曜日、午後1時30分。
駅ビルでの高級パフェという「贅沢の極み」を堪能した四人は、満足感と一抹の虚脱感を抱えながら、四ツ葉駅前の賑やかな繁華街へと繰り出していた。
休日特有の、少し浮ついた空気。街ゆく人々は色とりどりの私服を纏い、自由な時間を謳歌している。その中で、一際目を引くのが、やはり彼女たちの存在だった。
「……ねえ、陽葵。さっきから視線が刺さるんだけど。土曜日の昼下がりに、このメンツでゲーセンに向かうの、冷静に考えて正気じゃないわよ」
藍沢千晶は、シアンブルーのネクタイを少しだけ緩め、進学校の生徒としての自尊心を必死に守ろうと周囲を警戒していた。
だが、その隣を歩く瀬戸陽葵には、そんな繊細な悩みなど微塵も届いていない。
「何を言ってるのヨ、ちあき! パフェで得た糖分は、集中力に変えるべきだヨ! マンマ・ミーア、見てヨあの看板! 『新作・巨大ウサギぬいぐるみ、本日入荷』だヨ!」
陽葵が指差した先には、ド派手なネオンが輝くゲームセンター『四ツ葉アミューズ・ワールド』の入り口があった。
入り口付近のクレーンゲーム機の中には、一ノ瀬菫が愛してやまない「ゆるふわ毒殺ウサギ」という、絶妙に可愛くないことで一部に熱狂的なファンを持つキャラクターのぬいぐるみが、山のように積まれていた。
「……っ。……ウサギ。……私の、……魂の、……片割れ……」
菫が、バイオレットのセーラー服の袖を震わせ、吸い寄せられるように筐体の前へと歩み寄った。
いつもは微睡みの中にいる彼女の瞳が、今は獲物を狙う狩人のように、あるいは暗い情熱を秘めた芸術家のように、鋭く光っている。
「あら。……ふふ。……菫、その執念、悪くありませんわ。……いいでしょう、この私が、この鉄の箱に閉じ込められた哀れな魂を解放する儀式を執り行いましょう」
織倉織江が、深緑のセーラー服を翻して優雅に百円玉を取り出した。
お嬢様がゲーセンでクレーンゲームを。その光景だけで、周囲の通りすがりの子供たちが足を止めて見物し始める。
「ちょっと、お嬢! あんたクレーンゲームなんてやったことないでしょ!」
「千晶、失礼ですわ。私は昨日、予習として『物理学に基づいたアームの挙動』という論文を三ページほど読んできましたの。……さあ、参りますわよ」
織江が投入した百円玉。ウィーンという機械音と共に、アームが動き出す。
しかし、彼女の「物理学」は、現実のゆるゆるアームの前には無力だった。アームはウサギの耳を弱々しく撫でただけで、虚しく空を掴んで戻ってきた。
「……呪いですわ。この機械、何らかの防護結界が張られておりますわね」
「結界じゃなくて、設定が渋いだけよ! 貸しなさい、私が物理計算(数学)で落としてやるわ!」
千晶が参戦した。進学校で培った計算能力を、今、無駄に発揮する時だ。
アームの角度、重心の移動、そして景品の摩擦係数。
千晶が緻密な計算の末にレバーを操作するが、あと一歩のところでウサギは無情にも元の場所へ転がった。
「うそ……。私の計算が間違ってるっていうの!? この三角関数が――」
「ちあき、考えすぎだヨ! 最後はパッションだヨ! マンマ・ミーア、私のイタリアの血が、レバーを叩けと言ってるヨ!」
陽葵が割り込み、勢いよくボタンを連打した。
レモンイエローのカーディガンを振り乱し、「落ちろー!」「行けー!」と絶叫する女子高生。
四色の制服が、一台の機械を囲んで阿鼻叫喚の図を繰り広げる。
シアンのブレザーが計算し、レモンのカーディガンが叫び、深緑のセーラーが不吉な詠唱を始め、バイオレットの袖が筐体のガラスにへばりつく。
その異様な光景に、気づけば周囲には人だかりが出来ていた。
「……ねえ、これ、一回二百円なのよね。今、何円使った?」
「……三千円ネ。……パフェ三回分……」
「……ふふ。……もはやこれは、……戦争ですわ」
「……諦めない。……ウサギが、……私を、……呼んでる……」
菫が、バイオレットの瞳をさらに細め、機械のわずかな隙間に向かって囁いた。
「……左に……三ミリ。……今……」
その声に呼応するように、千晶が最後の百円玉を投入する。
陽葵がレバーを精密に操作し、織江が背後から「落ちなさい……」と念を送る。
四人の呼吸が、初めて一つに重なった。
ガコン。
静寂を切り裂くような、重たい音が響いた。
取り出し口に、あの可愛くないウサギが、ようやくその姿を現した。
「「「「キターーーッ!!」」」」
四人が抱き合って歓喜の声を上げる。周囲の子供たちからも、なぜか拍手が沸き起こった。
菫が、震える手でウサギを抱きしめる。三千円の犠牲を払って得た、最高にシュールな戦利品だ。
「マンマ・ミーア! 勝ったヨ、機械の神様に勝ったヨ!」
「……重い。……でも、……愛おしい。……ちあき、……ありがとう……」
「いいわよ、もう。……これで借金(パフェ代)帳消しにしてあげたいくらいだけど、それは別よ」
千晶が安堵の溜息をつき、乱れたネクタイを直そうとした、その時だった。
ポケットの中でスマホが、いつもの「死の宣告」のようなリズムで振動した。
「……げっ。……お母さんからLINE……」
千晶が震える指で画面を開く。
『千晶、あんたたちゲーセンで叫んでるんですってね。今、田中さんの孫の健太君から電話があって「千晶お姉ちゃんたちが、ウサギを巡って魔王を召喚する儀式みたいなことをしてて怖い」ってお母さんに報告が来たわよ。……全く、菫ちゃんが欲しがってたウサギが取れたのは良かったけど、恥ずかしいから早く帰りなさい。ちなみに、今夜の夕食はウサギの耳の形をした……は無理だから、普通に野菜炒めよ』
「………………」
一瞬にして、ゲームセンターに冬の時代が訪れた。
四人の背後に、田中さんネットワークという名の巨大な目が浮かび上がる。
「健太君……。あの子、いつの間にいたのヨ。……パッションを完全に見られてたヨ」
「……ふふ。……魔王の儀式。……田中さんの孫、……なかなかの審美眼を持っておりますわね」
「……野菜炒め。……お母さん、……ウサギの耳、……作ろうとした跡がある……」
「もう嫌だ……。四ツ葉駅周辺は、私たちのために張り巡らされた檻なのよ。自由なんてどこにもないわ」
千晶がガックリと肩を落とし、ウサギを抱いた菫、笑い転げる陽葵、余裕の表情で扇子を仰ぐ織江を引き連れて、店を後にした。
休日の太陽はまだ高い。
四色の制服は、街の喧騒の中で一段と鮮やかに、そして一段と「不審」に輝いていた。
「……さて。ウサギも取れたし、次はどこへ行くの?」
「……お腹、……空いた。……十円の、……チョコが、……食べたい……」
「マンマ・ミーア、結局最後は隠れ家だネ!」
「ふふ。……戦利品を飾るための、最適な場所ですわね」
結局、彼女たちは繁華街を抜け、いつもの古い図書館へと向かって歩き出した。
学校はバラバラ。目指す未来も違う。
けれど、三千円のウサギを囲んで、親の監視に怯えながら笑い合う。
この四色の制服が重なる一瞬一瞬が、彼女たちの「日常」を、より一層鮮やかに、そして逞しく繋ぎ止めていた。
土曜日の午後。
四ツ葉駅の改札へと続く道。
ウサギを抱えた女子高生たちのハミングが、春の風に乗ってどこまでも広がっていった。




