第十話:休日の四色の制服と、浮きまくりの制服パフェ
土曜日、午前十一時。
平日の喧騒とはまた違う、どこか浮き足立った空気が四ツ葉駅を包み込んでいた。
色とりどりの私服に身を包んだ家族連れや、着飾った恋人たちが改札を行き交う中、いつもの円柱の陰には、周囲の色彩を強引に塗りつぶすような異質な一団が形成されていた。
「……ねえ。やっぱり、今日くらいは私服でも良かったんじゃない?」
藍沢千晶は、県立蒼ノ森高校のシアンブルーのネクタイを指先で弄りながら、落ち着かない様子で周囲を見渡した。
今日は学校が休みだ。本来なら、お気に入りの私服で街に繰り出すのが年相応の女子高生というものだろう。だが、彼女たちの間には、幼稚園の砂場で誓い合った「休みの集まりも、それぞれの制服で行うべし」という、今となっては理由も定かではない鉄の掟が存在していた。
「何を言ってるのヨ、ちあき! 制服こそが私たちの戦闘服だヨ! 休日にこれを着ることで、パッションが百倍に膨らむんだヨ!」
瀬戸陽葵が、レモンイエローのカーディガンを春の陽光に輝かせながら、鼻息荒く宣言した。
彼女の通う陽光学園のカジュアルなブレザーは、休日の街並みにも辛うじて馴染んでいるように見える。だが、その隣に立つ面々はそうはいかなかった。
「……ふふ。千晶、何を気になさっていますの。私たちは、日常という名の檻を抜け出した『自由な囚人』ですわ。……この格好こそが、周囲への無言の威圧……いえ、挨拶になりますわ」
織倉織江が、聖オリーブ女学院の深緑のセーラー服を完璧に着こなし、扇子を優雅に広げる。
清楚なお嬢様学校の制服は、休日の雑多な駅前において、まるで高貴な結界を張っているかのような存在感を放っていた。
「……ちあき、……諦めて。……私のバイオレットは、……今日、……一段と、……彩度が高い……」
一ノ瀬菫が、市立紫苑芸高のセーラー服の袖に顔を埋め、微睡みながら呟いた。
彼女の小柄な体躯と、芸術科らしい独特なデザインの制服は、知らない人が見ればコスプレイヤーの集団にすら見えかねない。
「……はぁ。わかったわよ、もう。……それで、今日はどこへ行くの?」
千晶が観念して問いかけると、陽葵が待ってましたとばかりに駅ビル『クローバー・テラス』を指差した。
「イエス! 今日は最上階、地上十階のスカイラウンジを制圧するヨ! あそこの期間限定『プレミアム・スカイパフェ』を、私たちの胃袋に収めるんだヨ!」
「あそこ、お洒落な大人ばっかりじゃないの……。勇気いるわね……」
千晶の危惧は的中した。
駅ビルのエレベーターを降り、展望カフェの入り口に立った瞬間、周囲の視線が一斉に彼女たちに集中した。
洗練されたインテリア。静かに流れるジャズ。窓の外には四ツ葉市の絶景。
そこに現れた、水色、黄色、深緑、紫の四人組。
店員が一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、織江の放つ圧倒的な「お嬢様オーラ」に気圧されたのか、恭しく窓際の特等席へと案内された。
「……見てヨ、ちあき! この眺め! 私たちが四ツ葉駅の支配者になったみたいだヨ!」
「陽葵、声がデカいってば……。ほら、進学校のバッジが光ってるんだから、あんまり騒がないで」
千晶は顔を赤くし、メニュー表で顔を隠すようにして注文を済ませた。
運ばれてきたのは、高さ三十センチはあろうかという、宝石箱をひっくり返したような巨大なパフェだった。
「「「「…………っ!!」」」」
四人の瞳が、同時に見開かれた。
瑞々しいイチゴ、完熟のマンゴー、そして頂点に鎮座する金箔入りのホイップクリーム。
さっきまでの気恥ずかしさはどこへやら、彼女たちは一斉にスプーンを武器のように構えた。
「マンマ・ミーア! この生クリーム、雲を食べてるみたいだヨ!」
「……この地層、……白亜紀の、……地層の味がする……。……太古の、……ロマンが、……口の中で、……爆発してる……」
「菫、それはただのグラノーラよ……。でも、確かに美味しいわね。……一千二百円の価値、あるわ」
千晶が一口運ぶごとに、平日の勉強の疲れが溶け出していく。
織江もまた、優雅な手つきでメロンを切り分け、満足げに目を細めた。
「ふふ。……お外でのお茶会。……毒見役としては、この贅沢な誘惑に呪われないよう、心して完食しなければなりませんわね」
四色の制服が、パフェを囲んで夕陽ならぬ午前の陽光を浴びている。
窓の外に広がる四ツ葉市の景色。眼下には自分たちが通う高校へと続く線路が、四つの方向へと伸びていた。
普段はバラバラの場所で戦っている彼女たちが、休日にあえて制服を着て、こうして一つのテーブルを囲んでいる。
その事実が、パフェの甘さ以上に彼女たちの心を充足させていた。
「……ねえ。私たち、大人になってもこうしてるのかな」
ふと、陽葵がイチゴを頬張りながら呟いた。
いつものハイテンションではない、少しだけ真面目な響き。
「……当たり前でしょ。あんたが財布を忘れる限り、私が立て替えに来なきゃいけないんだから」
「あ、ちあき! なんで今、私が財布を忘れたこと前提で話したヨ!? 失礼だヨ!」
「……予知。……ちあきは、……未来が、……見えてる……」
「見えてないわよ。経験則よ」
笑い合う四人。だが、その平和な空気を、千晶のポケットでスマホが「ブブッ」と、容赦のない振動を上げたことで一変させた。
「……げっ。……お母さんからLINEだわ」
千晶が震える指で画面を開く。
『千晶、あんたたち駅ビルのパフェ食べてるんですってね。今、陽葵ちゃんのパパから電話があって「陽葵が玄関の靴箱の上に財布を忘れていった。千晶ちゃんに立て替えてもらうようにパッションで伝えてくれ」って泣きつかれたわよ。……全く、陽葵ちゃんらしいわね。千晶、ちゃんと立て替えてあげなさい。後で小麦粉で返すって言ってるから』
「………………」
一瞬にして、展望カフェに冷たい風が吹いた気がした。
「……陽葵。あんた、……自分のカバンの中、確認しなさい」
「え? ……あ。……あ、あああーーーっ!! ない! 私の全財産が入ったカエルのがま口が、どこにもないヨーーーッ!!」
陽葵の絶叫が、静かな店内に響き渡った。
周囲の大人たちが、今度は「可哀想なものを見る目」で彼女たちを見守る。
「……筒抜け。……私たちの休日まで、……親のネットワークからは、……1ミリも、……逃げられない……」
「マンマ・ミーア! パパ、なんでママに連絡するのヨ! 私のプライバシー、四ツ葉駅の地下道よりも暗いヨ!」
「ふふ、……呪いですわね。……家庭内から漏れ出す、逃れられぬ家系図という名の監視網……。千晶、小麦粉のために、ここは腹を括りなさいな」
織江が優雅に扇子で自分を扇ぐが、彼女のスマホにも母親から『織江、パフェのイチゴを落としてスカートを汚さないようにね』という予知能力じみたメッセージが届いていた。
「……もう、嫌だ。……私たち、制服を着てる限り、親の掌の上で踊らされてるだけじゃないの」
「……でも、……パフェは、……美味しい。……ちあき、……ごちそうさま……」
「まだ払ってないわよ! ……あーもう、わかったわよ! 小麦粉、特等品を要求するからね!」
結局、千晶が四人分、合計四千八百円を支払い、店を後にすることになった。
レジで財布を開く千晶の背中は、心なしかお父さんの哀愁を漂わせていた。
駅ビルを出ると、五月の爽やかな風が四人の間を吹き抜けた。
制服姿の四人は、休日で賑わう街並みの中で、それでも胸を張って歩き出す。
「……はぁ。贅沢したけど、結局最後はいつもの騒動ね。休日くらい、親の影を忘れたかったわ」
「いいじゃないかナ! これが私たちの色彩だヨ! 小麦粉で、もっと美味しいお菓子を隠れ家で作ればいいんだヨ!」
「……パフェ。……断面図、……写真撮った。……今夜、……油絵で、……描き起こす」
「ふふ。次は隠れ家で、十円の駄菓子を一千二百円の気分で頂くといたしましょうか」
千晶は呆れながらも、三人の横顔を見てフッと笑った。
駅ビルのガラスに映る自分たちの姿。
バラバラの色の制服を身に纏い、それでも同じ歩幅で未来へと向かっていく。
この四色の制服が重なる一瞬一瞬が、彼女たちの「日常」を、より一層鮮やかに、そして逞しく繋ぎ止めていた。
土曜日の昼下がり。
小麦粉という名の債権を背負い、四人の少女たちは、次なる「アホな冒険」を求めて、四ツ葉駅の雑踏へと溶け込んでいった。




