第08話 日常の沈黙
賢治は調理が簡単なレトルトカレーを選んでいた。これならお湯を沸かすだけで良いからだ。
早速カセットコンロと鍋でお湯を沸かし温め始めた。全てホームセンターの中で用意出来た。
「ゾンビが溢れた世界物で皆がホームセンターを目指すわけだな」
小説なんか読んだ事は無いが、そういった雑知識だけは有った。
カレーとパックご飯が温まり、ご飯の上にカレーを盛り付けた時に賢治は愕然としてしまった。
「あっ……」
スプーンが無い事に気が付いたのだ。肝心な処が抜けている。
「ええええーーーーー」
きっとスプーンぐらいならホームセンターに有るのだろうが、また店内に戻るのは気が引けた。
何よりせっかくのカレーが冷えてしまう。
「うーん……」
箸で食べようかとしていると、ふと見るとプラスチック板が落ちているのに気が付いた。
元は弁当の蓋か何かに使われていた切れ端だ。
「まあ、コレで良いか……」
プラスチック板を指二本分の幅で切り出し谷折りした。コレでスプーンの替わりになる。
賢治は出来上がりに満足したのか、プラスチック板でカレーを掻き込んだ。
「おっ…… うめぇぇぇぇ!」
口に目一杯頬張ったまま唸った。レトルトカレーなので味は大変良いのは当たり前だ。
そのカレーを賢治は二分程で完食した。多分、ちゃんと咀嚼はしていないと思う。
カレーは飲み物を地で行った形だ。
「ふー」
一通り食事を済ませた賢治は、溜め息を付いて道に寝転がった。
そして、両手両足を伸ばして身体をリラックスさせようとしていた。
(まず、何から始める?)
立ち上がって周りを眺めた。相も変わらず風の音以外に何も聞こえて来ない。
ふと見るとホームセンターから少し離れた位置に高層マンションが立っている。
(双眼鏡を持っていって高い所から眺めるか……)
賢治は高層階マンションの屋上に登る事にした。
(生き残りが居れば夜には火を焚くだろう……)
それを高い所から探そうと考えたのだ。人は本能的に暗闇に恐怖を覚える。
それから逃れる為に焚き火をするだろうと予測したのだった。
捨てられていた(?)自転車でマンションの所までやって来た。そして、上を見上げながらある事を思い出した。
「確か電気が来てないんだよな…………」
十階建てぐらい有りそうなマンションを見上げ溜め息が出てしまった。
電気が無いと言う事はエレベーターが使えないと言う事だ。つまり階段を使って登る事になる。
登坂に時間が掛かかり、気が滅入ってしまいそうだからだ。
(でも、やらない訳にいかないか)
賢治は寝袋と食い物の最小限の荷物を持って行く事にした。
ある程度当たりを付けたら、そちらに向かって行くつもりだからだ。
「さあ、やりますか」
マンションに足を踏み入れ、最初に管理人室に向かった。屋上の鍵を手に入れる為だ。
高層階の住人というのは不思議なもので窓を施錠することが少ないのだ。
恐らくは高いところに住んでいると、泥棒は入って来ないと慢心してしまうものらしい。
なので屋上から最上階への侵入が容易であった。
(そう言えば屋上から空き巣に入る手口が流行った事があったな)
この手口が広まってしまい、警察からの指導も有って施錠されるようになったらしい。
しかし、中には防犯意識が低い家も偶にある。
(まあ、雨樋をよじ登ったり、トラックの荷台を踏み台にしたりと手口が色々有るけどな)
防犯の技術が上がると、それに追従するかのように泥棒達の手口も巧妙になっていくものだ。
もう少し生産的な事に頭を使えば良いのに、全くもって勿体ない人達である。
しかも、始末に負えないのは本人達も分かってやっている点だ。
(まあ、何とも言えないスリルと達成感が有るからな)
これも留置場に居た時に同じ房の窃盗犯に聞いた話だ。彼は東大を出たのにコソ泥になった奴だった。
(本当にどうしようも無い奴ばかりだったな……)
そんな犯罪心理学の与太話を思い出しながら管理人室に入った。
室内は無人で鍵すら掛けられていなかった。
出入り口に鍵を掛けてあるボードが有り、そこに屋上と書かれた鍵が掛けられている。
(異変に気が付いて慌てて外に逃げようとしたって感じかな?)
マンションの前に事故を起こした車があり、中に初老の男性が居る。
彼が管理人ではないかと推測したが確かめる気は無かった。
(まあ、意味が無いしね……)
賢治はため息を付いてから階段を登っていった。
電気が来ていないので上に行くには他に方法が無いのだ。
(そう言えば小学校の遠足で山登りをした事があったな)
東京の小学校の遠足といえば低い山登りが多い。
ただ、山を登るだけなのに小学生の時には楽しみにしていた。
しかし、歳を重ねると億劫なだけだ。
(何が楽しいんだか……)
そんな思い出のボヤキを繰り返している内に屋上に到着した。
普段の不摂生が災いしたのか、たった十階なのに膝がガクガクになってしまった。
屋上まで昇って付近一帯が無人である印象を受ける
火災が発生しているのか街のアチコチから煙が昇っていた。
「んーー、やっぱ屋内で一晩過ごした方が良いな」
そう呟いて持ってきたロープの端を屋上に固定した。ちょっと不安になったらしい。
徐ろにもう片方のロープを垂らしたかと思うと下へ降りだした。
賢治はマンションの一室に忍び込むことにしたようだ。
「まあ、初めてじゃないし……」
どうやら過去に盗みに入る為、同じ事を実行した事があるらようだ。手慣れた手つきで降りていった。
屋上から最上階の部屋に入った賢治は窓を開けて室内に入った。
室内には誰も居なかった。どうやら全員が出かけた後だったようだ。
期待していなかったとは言えガッカリもしていた。
「まあ、食い物を探すか……」
賢治は台所に向かい冷蔵庫の中を調べた。
冷蔵庫の電気は消えていたが野菜などは残っている。
「良し! 野菜入りのインスタントラーメンでも作るか」
蛇口を捻ると水は出てくる。
引き出しに入っていた鍋に水を貯めた。
「ラッキー」
この手のマンションは、一旦屋上の貯水槽に水を汲み上げてから各室に配給する仕組みだ。
幸いな事に貯水タンクに水は残っているようだろう。
次に野菜を煮るためにIHクッキングヒーターの電源ボタンを押す。
「?」
何も変化しない。加熱を示すゲージランプも動作しなかった。
「あっ!」
ここで賢治は電気が止まっている事を思い出した。
日常的に有ることが当たり前過ぎて失念していたのだ。
「……まいったなあ」
台所の中をガチャガチャと引っ掻き回して代替手段を探したが無かった。カセットコンロを探していたのだ。
「うーーーん…………」
その辺の物を燃やしてお湯を沸かそうかと考えたが、室内で物を燃やすと火事になる危険があった。
「高層マンションのベランダは風が強いからなー」
降りる時は大して気にしなかったが、標高が高いと風も強くなるものだ。
「他の家も見て回るか……」
賢治はベランダに出て防火用敷居を破り隣の家に侵入した。この手の敷居は簡単に壊せるのだ。
横移動して敷居を壊し室内に侵入して家探しを行う。そして三件目の室内でカセットコンロを見つけた。
ついでに、この家の冷蔵庫には鍋の具材が入っていた。恐らく夕食用だったのだろう。
「俺が喰ってやんよ」
賢治はそそくさと準備を行い一人鍋を堪能した。
気が付くと太陽は沈みかけている。夜の始まりだ。
「じゃあ、外の風景を見ようかね」
賢治は生存者が明かりと為に焚き火する事を期待していた。
夜間であれば見つけやすいと考えていたのだ。室内に放置(?)してあった毛布に包まって街を眺めていた。
「ん……眩し…………」
賢治は朝陽の眩しさで目を覚ました。
夜遅くまでベランダから街を監視して、そのまま寝てしまったのだ。
監視の結果は期待外れだ。火災以外に焚き火らしき物は発見出来なかった。
(場所を変えて見るか……)
寝転がったまま、暫く空を見つめていた。人間が活動していないせいか空が澄んでいるように感じていた。
高い位置にある雲が流れて行く。
(あれっ?)
賢治は唐突に違和感を覚えた。何かが足りないのだ。
賢治は立ち上がって、ベランダの縁に寄り街中を見つめた。
「何か変だ……」
動くモノが無い街を睨み付けながら、足りないモノに付いて考えていた。
きっと、普通過ぎて見逃しているに違いない。
「あ!」
ある事に気が付いた。
「そう言えば鳥が飛んでいない」
日常的過ぎて気にも止めなかったが、雀が居ない事に気が付いたのだ。
朝方に囀っているのを良く見かけたものだった。
(他には鳩とか……)
屋上から遠くを眺めても、飛んでいる鳥は居なかった。
『終焉のコドク』
ゾンビ蔓延による人類滅亡寸前パニック小説(書籍化済み)
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『深層を目指す傀儡廻しのダンジョン探索日記』
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