第07話 鉄の蟲
ホームセンターに向かう道を賢治はトボトボと歩いている。
警察に捕まった時は秋への入口の時期だ。日差しがキツイように感じるのは夏の残滓かもしれない。
「留置場に居たのが三日間だから、人類が居なくなって一週間と言った所かな?」
陽差しが真夏のままなのがキツイが、関東地方特有の粘っこい暑さでは無かった。朝晩は寒かったぐらいだ。
「気候の変化でも起きたのか?」
木の葉っぱが緑色のまま落葉していく。道も家も緑色の毛布カバーを掛けられているようだ。
賢治は落ちた葉っぱを一枚拾い上げた。そして、葉を握ってみるとパリパリと音を立てて崩れ去った。
「どうして?」
異常な乾燥の仕方であった。秋に落葉した葉っぱであれば分かるが、握り潰した葉は緑色のままだ。
「そう言えば死体も腐敗していないな……」
学者ではないので詳しくは無いが、夏場であれば二・三日程度で凄まじい腐敗臭が生じると聞いたことがある。
しかし、外の空気に異臭はなかった。
「空気が乾燥していると腐敗が進まないものなのか?」
コンビニや警察署で嗅いだ匂いは排泄物などの匂いだ。人は死ぬと筋肉が弛緩して汎ゆる物が漏れ出てくる。
だが、それと腐敗臭とは違っているのは知っている。
「爺さんが孤独死した部屋はすごかったもんな……」
窃盗目的で侵入した家で孤独死の現場に出くわした経験があるのだ。
鼻の奥に張り付くような異臭に辟易したものだった。
そんな事を考えながら歩道を歩いていた。
「あれ?」
賢治は歩いている内に違和感を覚えた。
見馴れた光景であるはずなのに、どうもしっくり来ないのだ。
「なんか、変だぞ?」
立ち止まって回りを見渡してみた。
だが、空を見上げて気が付いた事が有った。
「あ!」
電柱は在るのに電線が無いのだ。
賢治は慌てて大通りに出てみたが、やはり電線が何処にも無かった。更に高圧線の鉄塔にも電線が無いのだ。
「なんで??」
電柱に近寄ってみると、電線の残骸らしき黒焦げの線が落ちている。
「も、燃えたのか?」
賢治は黒焦げの残骸と電柱を見比べてしまった。
「街の電線全部が?」
頭の中がハテナマークで埋め尽くされそうであった。
車道のセンターライン沿いに道を歩いていた。歩道には死体が散乱していて歩き難いのだ。跨いで歩くのも気が引けるし何より気味が悪い。
時々、立ち止まって耳を済ませてみるが何も感じられなかった。
「静かなもんだな……」
そう呟くと再び歩き始めた。窃盗を生業としている関係で、人の気配には敏感な方だ。その感覚が周りに人など居ないと告げている。
(田舎暮らしに憧れた事が有ったけど無理だな……)
子供の頃から人付き合いの苦手な賢治は、無人島や山の中への移住に興味が有った。
時々、ソロキャンプと称して山道で車中泊なども良くやっていたくらいだ。
「男は孤独を好むのさ……」
そんな心にも無い事を呟きながら歩いた。
本当は人一倍寂しがり屋なのは自分が良く分かっているし周りにもバレていた。
「うーん……」
ホームセンターに続く道には死体を載せた車が何十台も連なっていた。
正直気分の良い物では無いが、剥き出しの死体だらけの歩道よりマシだと自分に言い聞かせながら歩く。
(まるで鉄の蟲の死骸が散らばっているみたいだな……)
広めの駐車場が見えて来る。目的地に到着したのだ。此処まで来ても生きている人間に出逢う事が無かった。
(結構、大き目の災害だったような感じだな……)
賢治は空の方に目を向けて見た。大規模な災害なら、救援活動をしている自衛隊が居るかも知れないと考えたのだ。
しかし、期待したヘリコプターの飛翔音は聞こえなかった。
(そう言えば、災害なんかの時に五月蝿いぐらい飛び回る、報道ヘリコプターも飛んでいないな……)
世間から『被災者の助けを求める声が聞こえなくなる』と、顰蹙を買うのが大好きなマスコミ報道も来ていない。
彼らは他人の不幸で飯を食うのが好きなので、こういう災害は見逃さないのだ。
(ひょっとすると生きてるのは俺一人?)
そんな考えが頭の中に浮かんだ。
「いやいやいやいや…………」
賢治は苦笑しながら首を振った。
建物が残って居るので戦争やテロの類いで無いのは明らかだ。
同じ理由で台風や地震などの自然災害でも無い。
「まずは生きている人間を探し出して事情を教えて貰おうか……」
自分が生き残るぐらいだから、他にも居るはずだと賢治は呑気に考えていた。
(おっ、見えてきた……)
考え事をしている内にホームセンターの建物に辿り着いた。
入口から店内を覗き込んでみる。まだ開店前だったのか、店内の通路には店員らしき人が倒れているのが見えた。
(品出しの最中に災厄に襲われたのか……)
賢治は溜め息を付いた。それから入口を開けようとした。
「あれ?」
入口は施錠されていて開ける事が出来なかった。
「そうか、開店前だったんだな」
中に店員らしき死体しかない理由が分かった。
「さて、どうしたもんだ?」
鍵穴は見えているので解錠は出来るが面倒くさいと思った。地面に近い所に有る鍵は厄介なのだ。
窃盗犯は手間が掛かる箇所の鍵開けは本能的に嫌がる。解錠で手間取ると見つかるリスクが跳ね上がってしまうからだ。
防犯の為に鍵を二つ付けるのを奨励されている理由だ。
自動ドアは窓も強化ガラスなので、石や棒ぐらいでは簡単に破れない。
試しに握りこぶし位の石を投げてみたが弾き返されてしまった。
「うーん……」
「あの車を使って窓打ち破るか……」
開店待ちらしき車が居た。仕事で使う道具を調達に来たのだろうと推測した。ワークショップなどは似たような理由で早朝から開店している。
賢治は一台の車に近づいた。死体が載っているのは承知だ。運転席に死体が在るのは、運転していた最中だったのだ。つまり、エンジンキーが付いたままのはず。わざわざ鍵破りをやらなくて済むからだ。
(楽するに越したことはないからな)
運転席側のドアを開けると激臭がやって来た。色々と漏れているらしい。
人が漏らさない理由は生きている間に自律神経が各所の筋肉を締めているおかげだ。
死んでしまうとソレが成されないので大も小も汗もダダ漏れ状態になってしまう。
「うおっ」
分かってはいた事だが賢治は思わず顔をしかめてしまった。
多少の知識は有ったとはいえ、臭いものを触るのは嫌なものである。
身内ですら躊躇してしまうのに、逢ったことも無い他人の激臭は耐えられない。
「ええい!」
賢治は運転手に触らないように顔を外に向けたまま、鍵に手を伸ばして捻った。
エンジンをスタートさせてそのままぶつけてやろうと考えたのだ。
「えっ?」
しかし、車はうんともすんとも言わない。沈黙したまま悪臭を放っている。
(バッテリーが上がっているのか?)
車を運転中だったという事は、この車は動いていたはずだと賢治は考えた。
しかし、もう一度試してみても結果は変わらない。
「ちっ」
賢治は舌打ちをして違う車でも試した。しかし、どの車もエンジンはスタートしない。
「何でやねん」
どうやら自動車は何故か全て駄目らしい。
「ちっ」
車を動かすことを諦めた賢治は再び入り口ドアの前にやって来た。
(時間が掛かっても石をぶつけて割るか……)
先の尖った石や金属で繰り返し殴れば割れるのは知っている。
「あっ、車の中にドアガラス割る器具が有ったはずだよな……」
用心深い運転手は車の閉じ込め防止に、車のガラスを割る器具を備え付けているものだ。
先が尖っている小型のハンマーで、それを窓の端っこの方を叩けば簡単に割れるのだ。
それは強化ガラスでも通用する手法だった。
運転席のドアポケットに目的の物を手に入れた賢治は早速ホームセンターの入口にやってきた。
そして、徐にガラスドアを叩く。すると一瞬ドアガラス全面にひび割れが入ったかと思うと崩れ去った。
「おおお……相変わらずすげーな……」
少し呆然とした後、自分の仕事が巧くいった賢治は上機嫌で店に入って行った。
「うぉっ、案の定臭いな……」
店内の悪臭が一気に賢治を包んだ。
悪臭の発生源はアチラコチラに倒れている店員のモノであろう。
強化ガラスが割れる音にも反応しない所を見ると、彼らも死んでいるのは間違いない。
「………………」
だが、習性なのかしゃがんで店内の様子を覗っていた。誰か居たら逃げ出せるようにだ。
もちろん、誰かがやって来る気配は無い。
(まあ、良いや……)
賢治はスッと立ち上がり店内を進んだ。途中に有った店内案内図を眺め目的の場所を確かめる。
まず、マスクの置いてある区画だ。
選ぶのは、怪しげな欠陥品しか作れないアノ国の奴では無く、安心安全な日本製だ。
早速付けてみると店内に漂っていた臭いから解放された。
(おお…… 効果が的面だな……)
マスクの効果に満足した賢治はキャンプ用品の区画に向かった。ソロキャンプ出来るぐらいの装備を整える為だ。もちろん、自分一人で運べる量だ。
人嫌いを拗らせている賢治は、独りになれるソロキャンプを良くしていた。なので、要領良く目的の物を集めていった。
そして、ホームセンターで自転車も調達した。本当ならバイクの方が機動性あって有能だが、ホームセンターに置いていなかったのだ。
自転車は荷物を沢山持てる三輪車タイプのママチャリだ。これで行動範囲が拡がる。
必要な荷物を積んで店の中から出ようとした。
「あ? ツケにしといてくれ……」
レジカウンターの横を通る時に言って置いた。もちろん、誰も居ないのは承知だ。
普通に考えれば万引きになるのだが、咎める人間が居ないようなので深くは考えない事にした。
「さて……」
そのまま駐車場の隅まで行って自炊用品を広げた。店内や店の側でやらないのは悪臭対策の為だ。
取り敢えずは、ホームセンターをベースにして行動するが、臭い対策するまではテントで過ごす積もりだった。




