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再:胎動  作者: 百舌巌


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第03話 扇情の金網

 金網の金属疲労狙いで押したり引いたりを繰り返している。キィキィッと金属が軋む音だけが人気のない留置場に響く。


(金網の前に俺の指が壊れちまう)


 だが、暫く無言で行っているとと指が痛くなってきた。

 賢治は振り返って房内を眺めてみた。


(紐みたいな奴が有れば良いんだが……)


 しかし、留置場内には紐状の物は持ち込めない。自殺防止のためだ。下着やスウェットパンツの紐ですら外されてしまう。


(うーむ……)


 毛布を裂いて紐にしようかと考えたが、無駄に丈夫に作られている毛布では大変な作業になりそうだ。

 

(シーツも無いしタオルは使ったら返却だしなあ……)


 賢治は自分が着ているシャツを見た。ペラペラの安い生地のものだ。何処かの家の軒先から拝借した奴だ。

 コレなら人力でも裂けそうだ。シャツを裂いて紐状に加工してみた。


「ちょっと頼りないけど……」


 まず格子に架けられている金網の真ん中に紐を引っ掛けて引いてみた。


ブチッ


 ちょっと力を入れただけで切れてしまった。一本では耐久性に問題があるようだ。

 大人の男の力でやるのだから仕方あるまい。


「くそったれ……」


 シャツを更に裂いて三本にして依り併せてみた。

 力を入れて引っ張る。すると部屋側に少しだけ持ち上がった。それを押し込んで元通りにする。

 再び、金網に結びつけて力任せに引っ張ってみた。


ガシャン


 音が留置場に響き渡った。その音に賢治の方がビクッとしてしまった。

 窃盗を生業としていたので、自分が立てる音には敏感なのだ。


「……」


 そっと、金網越しに留置場の中の様子を伺ってみたが何も変化が無かった。


「ふーーー……」


 賢治は溜息を付いた。この引いて押し込むを繰り返すのだ。

 こうすることで金網が格子に溶接されている箇所が、金属疲労を起こして破れ可能性がある。

 気が遠くなる作業だが他に方法が無いので仕方ない。


「まあ、時間はあるみたいだし、コレなら何とかなりそうだな……」


 鍵穴は当然だが房側には付いてはいない。だがフックが一つだけの簡単な鍵だ。アレなら目を瞑っていても解錠が出来る。

 儚い蜘蛛の糸のような希望に賢治は掛けていた。


(そう言えば目標に向かって努力するのなんて久し振りのような気がする……)


 少しでも手間が掛かりそうなら、問題から目を逸らして回避するのが慣わしだったのだ。

 今は僅かな希望に縋って金網を押したり引いたりしている。


「だりいなぁ~」


 無限の時間が過ぎていく。無駄な事をやっているような気がしてきたのだ。

 何だか動物園の檻に入っているチンパンジーになったような気分だ。


「やっぱり駄目かな……」


 無心になって作業を続けているとガシャっと異音がした。金物同士が擦れ合う音だ。

 金網のひとつが外れているのが見える。


「ヨシッ! 一本外れた!!」


 手が入る隙間分開けるには、まだ少し時間がかかりそうだが、取り敢えずは前進したのだ。

 一本外れたという事は全体に披露が蓄積し始めた証拠だと考えたのだ。


「フフフッ…… いけるぜっ!」


 賢治はニヤつくのを抑えきれないまま、金網を揺すり続けた。

 次の一本が外れたのは十分後だ。手が入るだけの隙間が開くのに二時間程掛かった。


「次は鍵穴を細工する小道具だな……」


 二本の針金状の物が居る。

 外れた金網の一部を更に曲げたり伸ばしたりしながら、金網を更に細かく折り曲げる事で調達した。

 今度は自分の体重も使えるので楽だった。


「コイツさえあれば……」


 それを手探りで房の鍵穴に差し込む。後は手馴れたいつもの作業だ。

 頭の中でカギが解錠される様子をイメージしながら二本の針金を操作する。


「……」


 喉の渇きが酷くなってきた。シリンダーを操作している感触は指先に伝わって来ているのだ。

 すると、カチッと鳴ってキイッと音を立てながら、賢治が収納されている房扉が開いた。


「ひゅーーー…… やったぜ!」


 賢治は思わずガッツポーズをした。施錠を解除した時の達成感は格別なものがある。

 簡単に手に入る達成感。窃盗が病気と噂される理由だった。

 ようやく外に出る事が出来たのは、トイレで吐いた日から三日後だった。


「おーーーいっ!」


 留置房の扉から顔だけ出して最初に発した言葉。それは何度目かの呼びかけだった。

 しかし、これまでの続きのように返事は無かった。


「しかし…… 腹減ったな……」


 あの冷め切った弁当が懐かしくさえある。

 最初に食べた時には半分も食べることが出来なかったが、慣れた今では御代わりをしたいぐらいだ。


 留置房から恐る恐る外に出てみた。扉の金属が軋む音が留置場に響いた。しかし、房から出ても留置場の中は静かなままだ。


「誰か居ないか?」


 声に出してみたが返事など無い。もっとも、誰か居るのなら金網を破ろうと、ガタガタ騒音を起てている時に声が掛かって来そうなものだ。

 その事に思い至った賢治は苦笑してしながら通路に出た。


「ふっ…… 俺って余裕ねーな」


 賢治は担当の机に向かい、上に乗っていたヤカンのお茶を呑もうと持ち上げてみる。

 だが、思い直した。


(待てよ…… これは腐っているかもしれん……)


 最低でも三日は放置されたお茶だ。腐ったお茶で腹を下すと、シャレにならない事に成るのを思い出した。

 そこで、担当の机を探し回ってペットボトルの水を見つけた。


(これなら開封して無いから平気そうだな)


 水を半分程飲み干し、残りは取っておく事にして机の中を更に漁っていた。しかし、何も無い。


「くそっ、肝心の食い物が無いじゃねぇか……」


 肝心な食い物が何も無いのだ。

 喉の渇きは癒したが、今度は空腹感が襲って来たのだ。三日間もの間、何も食べていないのだから当然であろう。


 誰も来なくなって三日目だ。どう考えても可怪しい。連絡が途絶えたのなら誰かが様子を見に来ても良いはずだ。

 その時に自分が気を失った時の事を思い出した。皆、運動場に行っていた朝だったのだ。


「そうだ! 運動場に誰か居るかも」


 そう考えた賢治は運動場に向かって歩き出した。




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