『夢の国のストレイキャット』3
3
「盗掘屋ってのはひどいんじゃないのぉ?」
こつ、こつ、と。アスファルトに当たったヒールの底が固い音を立てた。両の手首に通された大きさの違う三つの金の腕輪が、その存在を誇示するように煌めく。ぎらついた視線を隠すこともなく、猫の魔女――ファリーザ・ブバスティスは挑むような口振りで言った。
「今時はさあ、トレジャーハンターとかって呼ぶわけ。土の中に眠っている宝物を、あたしが苦労して日の当たる場所に出してあげてるの。まあ、ちょっとお土産はもらうけどねえ」
宝石めいた紫の瞳が薄笑いとともに負の感情を醸し出す。かたや、麻來鴉は外敵を目にした鴉さながらに臨戦態勢を崩さない。十文字は、場の異様な緊張を感じ取っていた。
この二人、一体どういう関係なのか――……
「他人のものを勝手に奪っているだけでしょ。ちょっとどころか、全部ね」
「有効活用よ。死人が財宝抱えていたって意味がない。生きている奴だって同じ。馬鹿が持っていても持て余す逸品なら、あたしがもらってやったほうがいい」
黒い塊――ファリーザの手に握られたシストラムがおもむろに振り回され、ぶん、と風を切った。がらん、と。シストラムに付属する九つの金属輪が揺れ動き、音を立てる。その音を聞いた瞬間、十文字の頭がぼうっと真っ白になった。すぐに――一秒ほどで元に戻るが、今の感覚は異様だ。突然襲ってきた。気だるさとともに、沼のように身体が引きずり込まれるような感覚。
睡魔……?
「一応、確認。あんたもクレイヴン家狙いでしょ? あの親子を止めにきたってところ?」
「……だったら何」
麻來鴉の返答に、ファリーザの顔が苦々しげに歪んだ。
「ちっ。やっぱりそうか。だとしたらやっぱり仕事の邪魔だ。全員ここで叩き潰してやろうか――」
ファリーザは、頭上でシストラムを振り回す。風切り音、そして、また金属輪が動き、ぶつかり、鐘のような音を立てる。その音を聞いた瞬間、十文字はさっきよりも強く眠気が襲ってくるのを感じた。ほとんど気絶寸前、まともに立っていられない――……
「〝伝われ〟」
ルーン・ストーンがターコイズブルーの輝きを帯びて宙を舞う。麻來鴉が指を弾き、小気味よい音が鳴ったその瞬間、パン、パン! と破裂音がして、花火のような小さな爆発が、そこかしこで起きた。眠気が去っていた。まるで何事もなかったかのように。
「あの音を聞かないようにして。十文字」
ファリーザから目を離さずに、落ちてきたルーン・ストーンをキャッチして、麻來鴉が言った。
「音……? 今の、がらがらか?」
「そう。あれは《黒猫のシストラム》。あのがらがら音を聞くと、音に乗った魔力が相手を眠りに誘う。そうして眠った相手を一撃で叩き潰すのがあいつの戦法なの。ファリーザは軽々と持っているけど、あのシストラムは二〇〇キログラムの鉄の塊。振り回されるだけでも厄介な代物だよ」
「まじかよ……」
十文字の背筋に、どうしようもなく怖気が走ったのはその時だった。まさに、猫の魔女の妖しげな瞳が、十文字のほうへと向けられていた。
「そっちのおっさんは魔術師じゃないね。霊能コーディネーターってところか。それに、そこのガキ二人……」
オボロとヨミチが同時に身構える。二人の手に、それぞれ刀身の短い剣とツルハシが現れる。いずれも、いくつものルーンが刻まれた武器。オボロの剣 《スクラマサクス》、ヨミチのツルハシ《ベリ殺し》。
「昔、あんたが連れていた鴉どもか。人の姿にもなるようになっただなんて、生意気だねえ」
「あんたの事は覚えているよ。猫の魔女、ファリーザ」
ヨミチが、ツルハシを構えたままファリーザを睨みつける。
「昔はうちの麻來鴉にずいぶん絡んでくれたよね。いつか借りを返してやろうと思っていた」
オボロが低く剣を構え、今すぐにでも飛び出しそうな殺気を放つ。
「今こうして直接口を利けるのが嬉しくて仕方ない。そのふざけた武器ごと、お前を叩き斬ってやる」
普段の二人からは考えられないほどの敵意剥き出しの言葉に、仲間ながら十文字は驚きが隠せなかった。一方、猫の魔女は武器を構える二人を鬱陶しげに睨む。
「はっ。クソ鳥風情が主の太鼓持ちか。ずいぶん心配されているんだねえ、鴉のは」
「二人とも。十文字を連れて逃げて」
ちら、と、麻來鴉が十文字たちのほうを見た。
「数はこっちのほうが上だよ。三人で速攻かけて仕留めちゃえばいいんじゃない」
ヨミチの提案に、麻來鴉は首を横に振った。
「あいつは数の差なんて気にしない。勝つためなら一般人だって平気で狙う。十文字を狙われたら厄介だ」
ぐるん、と黒猫のシストラムが、ファリーザの手の中で一回転する。重量二〇〇キロの鉄の塊を、猫の魔女は軽々と操ってみせ、
「なーんかさあ、逃げられると思ってる?」
魔女の口から零れたそのひと言とともに、周囲の、叢や物影から、突如として異様な気配が漏れた。十文字、オボロ、ヨミチ、そして麻來鴉。全員が気付いた。見られている。人ではない。辺り一帯から、無数の目がこちらを見ている。全てが、紫色の魔力を纏い、しなやかな身体を飛びかかる寸前の姿勢で構えている。
猫。何十匹もいる野良猫が、まるでファリーザの兵隊のように、麻來鴉たちを取り囲んでいた。
「《武装猫》……」
ファリーザの魔術だ。魔力によって猫を武装し、使役する術。
「ごちゃごちゃ動かれるのは面倒だからねえ。そこの三人、余計な動きをすれば猫どもに切り刻ませるからね」
ファリーザがシストラムの先端を前に突き出す。
「ちょうどいい機会だ。ここで決着をつけようじゃない? 七ツ森麻來鴉」
ファリーザの目の色が、変わった。宝石めいた紫の瞳が、青から赤へと移ろうグラデーションに。同時に、ファリーザの全身もまた、同じくグラデーションのかかった魔力に覆われる。さながらそれは、宇宙空間に噴出する星雲が如く――……
「二色の魔力……」
十文字は瞠目した。魔術師として高いレベルにいる麻來鴉でさえ、その魔力の色はターコイズブルー一色である。こんなふうに二色の魔力が同時に顕現するなど見たことがない。
「いいだろう」
麻來鴉が払うような仕草で槍を右手に構える。ターコイズブルーの輝きが両の瞳を染め上げ、溢れ出る魔力がマントをはためかせる。
「命だけは助けてやるけど、しばらくは牢屋にぶち込んでやるからね。この犯罪者」
「まさか勝てると思ってんのかい? 叩き潰してやるよ、害鳥」
猫の魔女が、黒猫のシストラムを低く構えた。
――跳ぶ――
二人の魔女の影が高速で交錯する。鴉の魔女は素早く槍を繰り出し、猫の魔女が武器を振るう隙を与えなかった。間断なく鋭く突きを続けて放ち、不意に槍を回転させリズムを乱す。とにかく、ファリーザの動きを封じる。こいつにシストラムを振るわせたら面倒だ。
「ははっ、焦ってんじゃん!」
重たい武器を手にしながらも、ファリーザの動きはしなやかで余裕がある。寸でのところで槍の穂先を躱し、躱し切れぬ攻撃はシストラムの柄や先端で素早く弾く。金属同士のぶつかりあう音が響き、次の瞬間には、猫の魔女の動きが攻撃に転じている。
「――っ!」
下段から上段へ振り上げられたシストラムを半身で避ける。がらん、というシストラムから放たれる催眠音は、麻來鴉レベルの魔力で全身を覆っていればそうそう効くものではない。だが、ファリーザの動きは途切れなく、二〇〇キロの鉄の塊をいとも簡単に操ってみせた。速い。唸りとともに振り払われる黒猫のシストラムが、麻來鴉の上半身を叩き折る角度で迫る。槍を側面に回しながら、麻來鴉はルーン・ストーンをマントの内側から放つ。
「〝守れ〟!」
指を鳴らす。守護のルーンによって魔力の障壁が瞬時に形成され、黒猫のシストラムの一撃を直撃寸前で防ぐ。重い。鈍い音がした。魔力の障壁越しだというのに、骨まで響くような衝撃。
「ぐっ!」
抑え切れない。身体は軽く宙に浮き、そのまま麻來鴉は後方へと吹っ飛ぶ。咄嗟に魔力で全身を包み込む。背中が固いものにぶつかる感覚。破砕音。ガラスが砕け散った。
ショーウィンドウを突き破り、麻來鴉は近くにあったアパレルショップの床を転げた。全身に痛みを感じる。守護のルーンを使ったというのに、骨格全体を揺るがせにするようなこの威力。
「相変わらずの馬鹿力だな」
槍を杖替わりにして立ち上がり、麻來鴉はファリーザを睨みつけた。同時にターコイズブルーの魔力が全身を駆け巡り、傷ついた筋肉を、罅の入った骨を急速に癒していく。
身に纏う魔力――赤紫から青紫へ揺らめく奇妙な色合いを立ち昇らせながら、ファリーザが余裕に満ちた笑みを浮かべる。
魔力には、色によって特徴がある。
たとえば青系統の魔力はいかなる魔術にも適応する『汎用性の高さ』を持ち、緑系統の魔力は、その所持者が多くの魔力を有する『豊かさ』を示すほか、身体や精神の『回復力』に優れる。白系統ならば浄化の術に適しており、黒系統ならば他者に害を与える術に適している。
赤――この一色は、呪力の色である。魔力とは正反対のマイナスの力。そして赤系統の魔力は、その色が赤に近ければ近いほど、より呪力的な傾向を帯びている。
赤系統の魔力は、もっとも攻撃に適した色である。術を用いない単純な物理攻撃であるシストラムの一撃が、守護のルーンを越えて麻來鴉にダメージを与えたのは、ファリーザの有する赤紫の魔力が作用したからだ。
猫の魔女の目が、人を小馬鹿にしたように細められた。
「あたしはシストラムを軽く振っただけ。あんたがひょろいのがいけないのさ。その魔力量だと、それなりに怪我したみたいだねえ? どうする? 今降参するなら頭潰すだけにしといてあげるけど?」
――舐めやがって。
感情とともに魔力が爆発し、常人には視認し切れぬスピードで麻來鴉は跳ぶ。翻るマントが残像めいて一瞬ファリーザの反応が遅れた。穂先は鋭くファリーザの首筋を狙い振り抜かれて迫る。皮一枚のところで躱してみせたファリーザに、すかさず麻來鴉は低い姿勢からの突きを放つ。
「はっ!」
嘲笑とともに、身を逸らしざま放たれたファリーザの回し蹴りが弧を描く。咄嗟に槍を手放し、麻來鴉は後方へ転回。ヒールの先端が鼻先を掠めた。二転。ファリーザから距離を取る。
(戻れ!)
着地。マントを翻し、念じる。槍に。手元に戻れと。同時に、二つのルーン・ストーンが宙を舞う。
「〝動け〟――」
指を鳴らす。〝騎乗〟のルーンが光り輝く。『移動』の意味を持つ騎乗のルーンの力が発動し、麻來鴉の身体は急加速する。
「〝斧〟!」
間を置かず、指を弾く。ターコイズブルーの閃光に包まれ、麻來鴉は魔力が変じた斧を掴み取るやファリーザの右腕目がけて斬りかかる。向かいからは、同じく騎乗のルーンで高速化した槍が迫る。刃先がぶつかる感触。固い音が響いた。弾かれている。間一髪、ファリーザは斬撃を防いでいた。槍はファリーザの左腕を掠めていたが、魔力を巡らせた肉体はすぐに傷を塞いでしまう。
まだまだ。地面を、建物の壁を、周囲に停車された車を蹴り、縦横無尽の高速移動で、麻來鴉と大鴉の槍がファリーザへの攻撃と離脱を繰り返す。すれ違いざまぶつける斧の斬撃。ミサイルのように飛び回る大鴉の槍。この速度に対応し切れる者は少ない。案の定、ファリーザの防御にもいくらかの隙が出てきた。騎乗のルーンの効果時間はそう長くない。そろそろ、決める――……!
「――ああ、鬱陶しいねえ」
忌々しげなファリーザの声が聞こえ、
その手に、何かが出現しているのが見えた。
いつの間に取り出したのか。それは、トランプほどの大きさの、一枚のカード。
あれは――
「〝セト神〟」
カッ、カッ、と。
ファリーザがヒールの底を二度地面に打ちつける。
ファリーザの瞳が赤紫色に発光し、身に纏う魔力もまた赤く噴き上がる。カードに描かれた絵図が蠢き、遠吠えのような声が響く。
神々の言葉――ヒエログリフ。カードに描かれし、エジプト神話のセト神を示すヒエログリフがファリーザの魔力の色に染まる。
砂漠と戦争の神の力。
「吹き荒れろ」
ファリーザがそう言った瞬間、暴風とともに顕現した砂嵐が麻來鴉と槍を吹き飛ばす。体勢を保てず、麻來鴉は地面を転がる。強力な魔力をぶつけられたために、騎乗のルーンの効力が切れる。
「あんたまさかさあ、忘れてたわけじゃないよね? あたしの魔術をさあ」
槍が、甲高い音を立てて、ファリーザの後方へと落ちた。マントをはためかせながら、麻來鴉は素早く立ち上がる。
《聖刻文字魔術》。麻來鴉がルーン文字を使うルーン魔術の術者であるのと同じく、ファリーザはエジプトに伝わる古代文字、ヒエログリフを用いた魔術を行使する。
「忘れているわけないでしょ」
手の中の魔力の斧を軽く放り、一回転した斧の柄を掴み取る。麻來鴉の思念を受けて槍が低い位置で浮遊を始める。
「んじゃあ油断? まあ、どうでもいいけど。あんたの〝騎乗〟のルーンは破った。ちょこまか動き回るのもしばらくはできないでしょ」
ファリーザの指摘は正解である。麻來鴉のルーン魔術には使用後の反動によって再使用できるまでに時間がかかるのだ。これは魔術行使時に使用した魔力の量に比例して長くなるほか、今のようにほかの魔術で破られてしまった場合も再使用までの時間は伸びてしまう。
つまりは、騎乗のルーンによる高速移動はすぐにはできない。
「だから何? あんたこそ忘れてんじゃないの。わたしのルーン魔術は何でもできるってことをさ」
麻來鴉の右手の指は、すでに次のルーン・ストーンを挟んで構えていた。斧のルーンで作り出した魔力の斧にガタつきを感じる。おそらく、あと一、二合の打ち合いが限界だろう。
「何でもはできないでしょ。あたしのヒエログリフには絶対勝てない」
ファリーザの手にもまた、新たなカードが指先に挟まれていた。もう片方の手に持たれたシストラムが、からん、と小さな音を立てる。
気が、張り詰めた。対峙する両者の魔力が陽炎のように踊る――
駆けた。同時に。二人の魔女が地面を蹴り、一気に間合いを詰める。麻來鴉の手から放たれたルーン・ストーンが、ファリーザの正面に迫り、迎え撃つように放たれたファリーザのカードが、ルーン・ストーンに突き刺さる。
「〝茨〟!」
「〝アポピス〟!」
鴉の魔女が指を鳴らし、
猫の魔女が地面を蹴りざま二度足音を立てた。
ターコイズブルーの魔力を受けたルーン・ストーンから無数の茨が放出される。全く同じタイミングで、悪蛇アポピスのヒエログリフが描かれたカードから、無数の黒いコブラが出現し、魔力の茨に喰らいついてもつれ合う。
その時、すでに麻來鴉は地面を滑りファリーザの足元にまで接近していた。麻來鴉の急接近に咄嗟に反応したファリーザがシストラムを振るうが、距離が近すぎる。スライディングの勢いは止まらず、シストラムにはすれすれで触れぬまま、麻來鴉はファリーザの足元を抜ける。
「逃がさないよ!」
振り向きざまにファリーザがシストラムを振り下ろした。同時に、麻來鴉も斧を振るう。シストラムと打ち合った魔力の斧が砕け散ったその瞬間に、麻來鴉はくるりと跳んで立ち上がり、呼び寄せていた大鴉の槍を右手に掴んだ。
「〝野牛〟!」
左手で指を鳴らし、野牛のルーン・ストーンを発動させる。野牛のルーンは膂力と運動能力を向上させる。腰を深く落とし、突きの体勢。この距離で槍を突けば、ファリーザの胴体を貫ける。普通の人間相手なら致死の一撃だが、相手は魔術師である。その心配は不要だ。
「甘い!」
――視界の端で、くるくるとカードが回っていた。ヒエログリフ。雄牛の神を示す文字――
「〝アピス神〟!」
カッ、カッ、と。
ヒールが二度高く鳴る。
赤紫の魔力を噴き上げながら、ファリーザの二の腕の筋肉が膨らんだ。アピス神は力強き神。そのヒエログリフは、使用者に文字通り力を齎す――
「ふんっ!」
「おらぁあっ!」
麻來鴉が放った強烈な突きの一撃をファリーザのシストラムが横殴りに迎え撃った。穂先がシストラムの側面とぶつかり、槍全体がうねる。衝撃で、麻來鴉は後方へと吹っ飛んだ。だが、野牛のルーンはまだ効果が切れていない。衝撃を活かし、麻來鴉は宙を踏むかのように転回。さらに上へと跳ぶ。
次の一手は、すでにある。空中の麻來鴉と、地上のファリーザの視線が交錯した。
「――聞け。数多の名が一つ。疾る光は我が軍勢。天より降り落ち敵を穿つ――」
唱える。ルーン魔術の呪文。麻來鴉が練り上げ、組み上げた魔術。マントの内側から、三つのルーン・ストーンが飛び出し、ターコイズブルーの光が灯る。
「――乞え。神威に刃向かう罪人よ。汝が罪に秤が傾く。これは心の臓腑を食い破る牙――」
地上で、赤紫の魔力とともに、剥き出しの攻撃性を表す呪文が詠唱される。猫の魔女の周囲には、すでに三枚のカードが、魔力に包まれて浮かんでいた。
「〝雷光〟――〝勝利〟――〝成長〟」
「〝マアト神〟――〝アヌビス神〟――〝トト神〟」
ルーンの名を唱えた麻來鴉の指を鳴らし、
神々の名を唱えたファリーザが二度地面を踏む。
「撃ち落とせ、雷光軍勢!」
「裁きの時間だ、貪食怪獣牙!」
瞬間、三つのルーン・ストーンにより空中から放たれた幾条もの雷撃と、地上で浮遊する三枚のカードが織り成す魔法陣より飛び出した鰐の如き幻獣の顎が、光の速度で激突する。
閃光。そして轟音。咄嗟に、オボロとヨミチが守護のルーンを展開し、十文字を守る。強大な魔力同士の衝突が爆発を生む。衝撃波で周囲のガラスが砕け、路面が焼け焦げる。
濛々とした煙が視界を覆い尽くしていた。
着地した麻來鴉は即座に槍を構える。風に流され、煙が徐々に晴れていく。数メートル離れた向かいで、ファリーザが猛獣めいた姿勢のままシストラムを構えていた。
魔力に余裕はある。おそらくはファリーザも同じ。
だが、このままでは容易に決着はつかない。双方の実力は拮抗している。
「あたしには仕事があるんだ、鴉の」
忌々しげにファリーザが口を開く。
「そろそろぶっ殺してやるよ。お前の死体をこの町に吊るしてやる」
「急いでいるのはわたしのほうだ」
ターコイズブルーの魔力を槍に纏わせ、麻來鴉は鋭く言った。
「これ以上、あんたに構っている暇はない。次で終わりにしてやる」
鴉の魔女がそう宣告した直後。
――ブゥウウウン
ひどく大きな、耳障りな羽音が、その場の全員の耳に聞こえた。