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4.デモンストレーション

 体育の時間は無事に間に合った。星羅が着替え終わったタイミングで全員がグラウンドに向かって走ったが、バテていないのは星羅だけだった。

「た、体力オバケェ……」

「体育が得意科目って、あながち間違いじゃないかも……」

 息を整えつつゆっくりと準備運動をしながら、牧子と奏はこぼし合う。星羅はその横で、見よう見まねで同じ動きを繰り返していた。

「よーし、準備運動終わり!」

 パン、と橋本が手を叩いた。

「今日は一組、模擬戦をしてもらう。柳内、河原(かわはら)、前に出ろ」

「ええっ⁉」

「……はい」

 飛び上がった男子一人に対し、星羅は無表情に頷いて前に出る。

「柳内、〝アーツ〟は持ってきてるか?」

「……はい」

「それを出してみろ」

「……はい」

 頷いた星羅が首元に手を突っ込む。

 引っ張り出されたのは、銀色の鎖に繋がれた鎌のようなアクセサリーだった。

 能力者が死んだとき、遺灰の中から現れるものがある。〝コア〟と名付けられたそれは、専門の職人が加工することで強力な武器となる。能力者の置き土産。未来へ遺した能力の欠片。それが〝アーツ〟。

 星羅はそれを鎖から外し、軽く握る。

 どこからか緩やかな風が吹く。星羅がゆっくりと手を開くと、アクセサリーは瞬く間に大きくなった。

 適合者を見つけた〝アーツ〟は、その者の意思に合わせて大きさを自在に変えられる。知識として奏たちも知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。

 星羅の背丈を軽く超える大きさ。緩やかにカーブした刃は三日月のように冴え冴えと輝く。一瞬で命を刈り取れそうなのに、その行為に一種の誇りを持つような、凛とした佇まいだった。

「かっけー……」

 男子の誰かが呟く。それはクラス全員の感想でもあった。

「柳内の〝アーツ〟は、見ての通り大鎌だ。これ自体、殺傷能力が高い。だが主な能力は強力なバリアを張れること。柳内、できるか?」

「……はい」

 頷いた星羅が、鎌を持つ手に力を籠める。

 すると、周囲にドーム状の結界が現れた。三角形を繋ぎ合わせたような模様をしたそれは、日中だというのにまるでプラネタリウムのようである。

「ありがとう、柳内。解いていいぞ」

 橋本がそう言うと、星羅は少し間をおいて結界を解除した。ドームが空気中に溶けて消える。

「みんなも〝アーツ〟を見る機会はなかなかないだろうから、よく見せてもらえ。あと、本題は柳内と河原の一騎打ちだから」

「はい先生!」

 バッ、と生徒が一人挙手した。

「なんだ、河原」

「一騎打ちってどうするんですか? 俺の能力、攻撃系じゃないですよ?」

「ああ、すまん。言葉が悪かったな。一騎打ちと言うか、デモンストレーションだ」

「〝アーツ〟の、ですか?」

「いや、柳内の身体能力について」

 ますます意味がわからない。顔を見合わせる生徒たちに、橋本は続ける。

「ホームルームでも言ったが、柳内は非能力者だ。それに対していちゃもんつける馬鹿が一定数いるのは、俺たちも柳内も想定済みだ。だからこそ、あらかじめ柳内がどれだけ強いのかを知ってもらうのが今日の目的だ」

 ふむふむ、と生徒たちが頷く。

「柳内、〝アーツ〟はもう使わないからしまってくれ。河原、今から影で柳内の動きを封じろ」

「はい」

「は、はい」

 頷いた河原の足元から、影が不自然に伸びる。大鎌をペンダントに戻した星羅の影とぴたりとくっついた。

「どうだ、柳内?」

「……動けません」

「そのまま本気を出して、なにか素振りしてみろ」

「……はい」

「っうわ⁉」

 バッ、と。

 空手の構えを取っただけで、河原が体勢を崩した。同時に影がシュルシュルと彼の足元に戻っていく。

 河原の能力――影による行動の制御を一瞬で崩した。捕らえられたらたとえ空中だろうが水の上だろうが動けないし、その支配下から解放されたら自然のルールにのっとって落ちる。

 そのはずだった。

「え、伸治、お前手加減した?」

「してない! ちょっと待ってなんの競技やってたの⁉」

「……格闘技全般」

「嘘だ! 絶対メダリストだ!」

「残念ながら嘘じゃない」

 橋本がため息交じりに言った。

「ただまあ、気持ちはわかる。俺も入学前の顔合わせで軽く手合わせさせてもらったが、お前らと同い年とは思えないくらい強かった。……柳内、空手と柔道の帯何色っつったっけ?」

「……茶色です。今度、黒帯の昇格試験があります」

 黒帯! 生徒たちが一気にざわめく。

「すごい、柔道と空手で黒帯?」

「他にもいろいろ習ってるって言ってたよね?」

「はい先生! あとで個人的に申し込んでもいいですか?」

「能力禁止かつ俺の監視付きならいいぞ。先に言っておくとアリーナは使えないからな。諦めろ」

 えー! と男子を中心にブーイングが起こる。

「文句を言う暇があるなら見て勉強しろ! 河原、行けるか?」

「は、はい」

 再び河原の足元から影が伸び、星羅のものと繋がる。だが今度は、構えたままあまり動かない。

「お、行けるか?」

「いいぞ、伸治!」

「話しかけるな集中してんだ!」

 男子を中心としたヤジに河原が怒鳴り返す。汗が噴き出るその顔に、余裕の色はない。

 しかしよくよく見てみると、星羅の体のあちこちが微妙に動いていた。肘や膝をわずかに動かしては戻している。どの程度まで自分が動けるのか、筋肉が耐えきれるのか、確かめているようだった。

「っふ!」

「うわっ⁉」

 予備動作なしで星羅が足を振り上げた。対応しきれず、河原がまたつんのめる。

「ダッセーぞ、伸治!」

「もうちょっと踏ん張れ!」

「やってるっての!」

 クラスメートに怒鳴り返し、河原は三度、影を伸ばす。

「ふぅー……」

 低く、長く、細く息が吐き出される。しかし星羅はそんな彼を一瞥して、

「っ!」

「っだ⁉」

 刺突を繰り出すような動作をしてまた倒した。

「そこまで!」

 橋本が声を上げた。

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