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3.傷痕

 星羅は不気味なほど大人しかった。

 授業は真面目に聞くし、ノートもちゃんと取る。休み時間中に観察してみたが、どこへ行くわけでもなく椅子に座り続ける。噂を聞いて顔を覗かせてきた上級生たちにも目を向けない。まるで人形のようだった。

 事態が動いたのは、三限目の体育の前。

 私服登校の学園だが、体育はさすがに体操服がある。休み時間の間に男女別で着替えるため、奏は星羅に声をかけた。

「柳内さん、次の時間体育だけど、体操服はある?」

「……ある」

「じゃ、それ持って更衣室に行こう? 案内するよ」

「……わかった」

 星羅が体操服の入っているらしいビニール袋をロッカーから持ってくる。

 奏が星羅の手を引いて、他の女子と共に彼女を更衣室へ案内した。

 更衣室と言っても、空き教室を利用しているだけだ。男子が覗いてこないように、分厚い遮光カーテンでばっちり目隠しもできる。

 余談だが、過去に覗き見した男子は一週間の謹慎の末、別の都道府県にある系列の学園に転校となった。転校先にもその理由を包み隠さず報告したため、肩身の狭い思いをしたとの噂である。

「ここで適当に着替えるの。隣にいていい?」

「……うん」

 奏は星羅と一緒に、がらんどうの教室の一番後ろで着替え始めた。他の女子は早々に黒板の方で固まっている。

(薄情者!)

(ごめん!)

 アイコンタクトとジェスチャーでやりとりする。付き合いが長いとそれだけでおおよそのことが察せるから便利だった。

 唇を尖らせる奏の横で、星羅がさっさとジャージを脱ぐ。

「……え」

 空気が凍った。

 自分たちの周りだけではない。この空き教室全体が凍り付いた。

「ね、え。柳内さん」

「……?」

「これ、って……なに?」

 目を見開いた奏は、視界に映るそれを視線で指し示す。

 指さす気にはなれなかった。

 背中から腕にかけて広がる、みみず腫れの痕。大小さまざまな、火傷の痕。皮膚が引きつったそれを、どうして平然と見ていられようか。

「…………」

 星羅は自分の腕を見た。

「どれ?」

「……ぜんぶ」

「……火炙りの痕」

 淡々と。それだけ答えて、星羅は着替えに戻った。半袖の体操服を頭からかぶり、袖を通す。続いて脱いだ下半身にも同じものがびっしりと並んでいて、離れていた女子の方から悲鳴が上がった。

 奏はその場から動けなかった。着替えるのも忘れて、ただただ星羅の傷跡を凝視する。半袖の体操服では隠し切れない火傷の痕が気持ち悪かった。

 星羅は着替え終わり、自分の着ていたジャージを袋に詰めると、また動かなくなった。そこにはなんの感情もない。次の指示を待つだけの人形。

「……柳内さん」

 カラカラに乾いた喉をどうにか動かす。

「冬用のジャージって、持ってる?」

「……持ってる」

「今、ある?」

「……寮の個室」

「よし、取ってこよう」

 えっ、と声を出したのは誰だったか。

「柳内さん、悪いけどこの上からこのジャージ着てほしいの。いい?」

「……わかった」

 結んだビニール袋の口をほどいて、星羅は紺色のジャージを重ね着する。その横で奏も、急いで体操服に着替えた。

「みんなごめん、先生に遅れるって伝えといて」

「え、えっ、奏?」

「私の能力を使えば、五分の遅刻くらいで済むから!」

「いや、それはそうだけど……」

「そもそも、部屋の場所わかるの?」

 うっ、と奏は言葉に詰まる。

 学生寮は初等部、中等部、高等部で固まっている。それぞれ校舎から歩いて五分とかからない場所に寮が建っていた。奏の能力を使えば、最速一分で寮の入り口に到達できる。だが、いくら緊急事態とはいえ、管理人の目を掻い潜って寮の部屋へ戻ってグラウンドに向かうのは難しい。

 休み時間の残りはあと三分もない。

「いやでも行く、行こう!」

「いやちょっと待ってよ奏!」

 別の女子が声を荒らげた。

「学園の敷地内で勝手に能力使ったら停学ものだよ⁉ 事情は私らがちゃんと話すから、二人でダッシュで行ってきなよ!」

「あ、穂香(ほのか)も行くのは止めないのね」

「そりゃあ、あんな痕見たら止めらんないって」

 ねえ? と話を振られた女子たちが頷く。

 そこに、コンコンコンッ、と慌ただしいノックの音が響いた。

「おーい、柳内はいるか?」

 息が上がりながらも問いかけてくるのは、クラス担任兼体育担当の橋本。

「います! 女子も全員います!」

 星羅が答える前に奏が答える。

「おう。すまない柳内、予備のジャージを持ってきた。俺が盾になるから、回収してくれ」

 紙袋が置かれる。中身が詰まった、少し重くて乾いた音だった。

 奏が急いでドアを開け、隙間から回収する。中身は少し大きめのジャージだった。

「多少の遅刻は大目に見る。ゆっくり来い」

 そう言い残して、橋本らしき足音は遠ざかっていった。

 空き教室にいた面々から大きなため息が出る。

「びっくりしたぁ~」

「まあ、これで全力疾走も能力も使わなくて済んだし、結果オーライか」

「橋本先生ナイスー」

 奏は紙袋を星羅に手渡す。

「はい。こっちに着替えて」

「……うん」

 小さく目を見開いたまま、星羅は頷いた。

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