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30.大好き

「やりようはいくらでもあったよ。それこそあたしと共闘して、お父さんとお母さんを説得することだってできたかもしれないじゃん。養子縁組とかさ」

「……それができれば、苦労はしないよ」

 酸素をかき集めて、ファントムは答える。

「知っているかい? 闇組織に売られた子どもは、戸籍を消される。存在そのものが、法的に存在しない。……僕は、透明人間なんだよ」

 星羅が目を見開く。知らなかったのだろう。必死に守ってきた甲斐が少しはあったと、ファントムは微笑む。

「それに……いくらでも姿を変えられるとしても、素顔で君たちと接触し続けていれば、いずれ組織にも気付かれる。組織を抜けるときは、死ぬ時だ。仮に壊滅させたとしても、残党や、僕を引き込みたい連中は山のようにいる。……日の当たる場所に、いられないんだよ」

 追手を少しでも少なくするため、組織の構成員は皆殺しにした。嗅ぎ回っている連中も、隙を見て何人も殺した。

 星羅を守るため――自分の安息を守るために。

「それでも、さ……。すべてがなかったことになるのは、やっぱり怖いんだ」

 戸籍もない。人権もない。変身能力の酷使で、一時期は素顔の自分すらわからなくなった。そのおかげで、組織ではファントムの素顔を誰も覚えていなかったし、手配書にも似顔絵は載らなかった。

 だからこそ、本当の自分を知ってもらいたかった。自分が誰の記憶にも残らない恐怖がまとわりついていた。

「……あたしが切ったのは、悪縁だけだよ」

 星羅が静かに言った。

「真っ黒な憎悪の〝縁〟。あんたの感情は透明な無関心だったから、見つけるのは簡単だった。でも数が多すぎた。……百本どころじゃなかったよ」

「ああ、まあ、予想はしていたけど……」

 問題はそこじゃない。

「〝縁〟をぜんぶ切るつもりじゃなかったの?」

「あと一本切って終わり。でもぜんぶ切ったわけじゃないよ。通りすがりの人とか、それこそあっちの四人とかの〝縁〟は残ってる」

「…………」

 ファントムが長く、長くため息を吐き出した。

「早とちりだったってわけか……」

「だって種明かししたら大人しくなるでしょ? 今まで騙されていた分、これくらいは仕返ししてもいいと思わない?」

「あはは……」

 虚勢を張った笑いは、乾いて不格好なものになった。

 少しだけ痛みが和らいだ。ピークは過ぎたらしい。ゆっくりと起き上がり、ナイフを地面に突き立てる。

「降参。……君の勝ちだよ」

「……うん」

 喜びはない。悲しみもない。自分でもびっくりするほど、二人の感情は凪いでいた。

「……ちなみに、最後の一本は?」

「……あたしたちの〝縁〟」

 感情のない声が、星羅の口から零れ落ちた。

「これを切ったら、二度ともう会えない。……これが、あたしからの罰」


 ずっと考えていた。どうすれば、ファントムに一番効果的な罰が与えられるだろうか。

 学校での〝処刑〟はいいアイデアの宝庫だった。しかし、どれも決定打に欠ける。死ぬほど後悔させなければこちらの気が済まなかった。

 その中で出会った、両親の〝コア〟から作られた〝アーツ〟。父が持っていたバリア能力と、母が持っていた〝縁〟を切る能力。

 これだ、と思った。

〝縁〟を切る。その力はすさまじい。二度と会えなくなる。声すら聞けなくなる。〝縁〟を切って、切って、すべて切ったら、最後は消滅してしまう。

 ファントムを捕まえて、どこかに監禁して、ゆっくりと〝縁〟を切っていく。その痛みと恐怖に泣き叫ぶといい。

 ――そう思っていたのに。


「あたしは、ここで〝縁〟を切る。でも、あんたもあたしも生き続ける。決して出会わないで。死ぬまで。……家族と思っていた人と、絶対に会えないのは、きっと大きな罰になると思ったから」

「……なるほど」

 ファントムは小さく項垂れる。〝縁切り〟の効果を近くで見ていたからわかる。ああ、とても残酷な罰だ。

「わかった。……いつでも、切ってくれ」

 星羅は頷いた。

「因果干渉、開始」

 白目が黒く染まる。〝縁〟の世界に潜り込む。

 二人の間を結ぶ、二種類の糸。あれ、と首をかしげて、はたと思い至る。

 ファントムと、空木明人。二つの名前から〝縁〟が生じている。

(面白いなー)

 と思ったが、だからどうだというわけでもない。

 二本まとめて切る。そうすれば、星羅は目の前の彼とさよならになる。

 やっと復讐が終わる。両親の仇が取れる。平穏な人生を歩めるようになる。

 ……二度と、会えなくなる。

(ああ、嫌だな)

 決意が揺らぐ。

 それを振り払うように、まとめて〝縁〟を掴む。

〝縁〟に乗った感情の色は三つ。星羅からファントムへ向けた〝憎悪〟の黒。明人へ向けた〝好意〟のオレンジ。そして、明人とファントムの両方から向けられているのは、〝愛情〟の赤。

 やり方は最悪で、不器用で、幸せとは程遠い十年間だった。それでも、幸せを与えようともがいた気持ちは本物だった。

(そう……うん。頑張っていたんだ。この人なりに)

 最善を尽くそうとしていたのだと、今になってようやく気付く。

〝縁〟を掴む手に力を込める。

 要領はさっきと同じ。刈り取れば〝縁〟は消滅する。

 十五年間、ずっと見守ってくれた人と会えなくなる。

 この十年、ずっと復讐のために研いでいた刃を今使わずして、いつ使うのか。

 あの屈辱に耐えた日々が、ここで実を結ぶのだ。

 手が、震える。

「……明人おじさん」

 声が、震える。

「大好きだったよ」

 ざくっ

〝縁〟が切れる。心臓をナイフで抉られたような痛みが二人を襲う。

 手の中から、〝縁〟だったものがはらはらと零れ落ちた。

 ああ、消えてしまう。戻ってくれと身勝手に願ってしまう。

 でも、もう終わらせなきゃ。

「……修復、完了。これにて因果干渉を、終了する」

 視界が戻る。街灯の灯りがやけに眩しい。

「柳内‼」

 大声が割り込んでくる。ハッとして顔を上げると、橋本がこちらへ走ってくるのが見えた。

 ファントムが立ち上がり、ゆっくりと下がる。軽く両手を上げて、すべてが終わったことを告げた。

 警官二人がそちらへ駆け寄るのを尻目に、橋本が星羅を抱きしめる。

「せ、先生?」

 殴られたり、嫌味の一つでも言われると思った。セクハラだと言おうとしたが、それにしては手つきが違う。

「……よかった」

 吐息のような震えた声。その存在を確かめるように、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。

「無事でよかった……!」

 星羅は驚いた。大人が泣いているのを、初めて見た。

 奏たちがゆっくりと駆け寄ってくるのが見える。心臓が痛い。〝縁切り〟の反動とは違う。柔らかい場所に爪を立てられているような痛み。

 目の前で、ファントムに手錠がかけられる。

 ああ、終わった。

 これでもう、二度と会えない。

 痛みが広がる。熱いものが目の奥から押し上げてきて、決壊して頬を濡らす。

 喉が、痛い。

「……う、っ、あ」

 ああ、そういえば。

 最後に声を上げて泣いたのは、いつだったっけ。

「ああっ、あああっ……! ううぅああああああああ~……‼」

 産声のような慟哭が、夜の公園に響き渡った。

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