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29.家族

「あっ、があ……!」

 ばちん、と記憶の海から引き戻される。四度目の〝縁切り〟が発動した。

 ファントムの額に浮かぶ汗に、別の汗が混じる。

 能力者が自分の能力を生まれながら把握しているように、〝アーツ〟に適合した人間はそれが持つ能力を適合した瞬間から理解して使用できる。

 だとしたら、星羅はすべての〝縁〟を失った人間が辿る先も知っているはず。

 あと、あと何本、〝縁〟は残っている?

(たしかに殺しはしないだろうけど!)

 ああ、〝縁〟を残らず切って存在を消すなんて、なんて残酷な処刑方法か!

 星羅は勝敗にこだわっていなかった。なら、自分が勝って〝縁切り〟を止める以外に方法はない!

 足に向けてナイフを投げる。至近距離で当たらないはずはない。

 ギャリン、と火花が散った。舌打ちする。〝縁切り〟と同時にバリアを張れるとは。

 大鎌が振られる。また激痛。

(ポテンシャル高すぎるだろ!)

〝アーツ〟を手にしてまだ三ヵ月と経っていない。先天性の能力者でも自身の能力をコントロールするのに年単位の時間がかかるというのに、二つの能力を同時に使いこなしている。絶対に部屋でこっそり特訓していただろう。正解だ。

「本当に厄介だな……!」

 毒づいたはずの口元には笑みが浮かぶ。

 (ちち)星羅(むすめ)を守り、千景(はは)が確実に追い詰める。

 死してなお壊せない絆を見せつけられて、それが狂おしいほど(ねた)ましい。

 ファントムは落ちたナイフを一瞬でその手に収める。このナイフ型〝アーツ〟の能力は「引き寄せ」。転じて「適合者の手元へ一瞬で戻ってくる」ものだ。ずっと鞄の底板の裏に隠していて、最初に星羅を人質に取った際、すぐに取り出して脅しに使えた。

 投げても回収に手間取らないのが、この〝アーツ〟の最大の利点だ。連続で投げられる。それでもバリアで守られていては手が出せなかった。

(――いや、一つある)

 ファントムは開いていた距離を一気に詰めた。

 次の〝縁〟を切ろうと構えていた星羅が目を見開く。後ろへ飛ばれる前に、その手を掴んだ。

「やっぱり、ここは実戦の差だね。僕が逃げ続けると思っていたから、遠距離からの攻撃しか想定していなかった」

「――っ」

 白目が戻る。星羅がじろりと睨んだ。

「降参しないよ」

「それは別にいいけど。……君、あと何本くらい〝縁〟を切る予定だったのかな?」

「……さあ?」

 星羅が首をかしげる。なにやら指折り数えるような仕草をするが、すぐにまた首を傾げた。

「がんじがらめすぎてわかんない。……どれだけ恨みを買ったの?」

「知らない。……まあ、現役時代に殺しまくったからね。百人は優に超えてるんじゃない?」

「そっか。……じゃあとりあえず」

 白目が塗り潰される。

 大鎌が縮んでいく。草刈り鎌ほどのサイズになったそれを右手に、左手はなにかの束を掴むように空気を握る。

「舌、噛まないでね」

 ザクッ‼

「――っ⁉」

 体が内側から爆発したかと思った。

 視界が一瞬ブラックアウトする。地に足が着いている感覚がしない。手や顔が砂利にこすれて、やっと自分が倒れたと気付いた。

「カヒュー……カヒュー……」

 息が、できない。息は吸えているのに、その量が圧倒的に足りない。肺が、心臓が、生きようともがく。

 ――ああ、死にたくない。

「……明人おじさん」

 星羅が呼びかける。無意識に離すまいとしていたからか、手を掴まれたまま一緒に膝をついている。狭い視界の中で白目が戻ったその顔は、泣き出しそうに見えた。

「あたしは、昔から明人おじさんも、家族だって思ってたよ」


「ねえ、なんであきっとおじちゃんは別々に帰っちゃうの?」

 まだ舌足らずで「あきひと」と呼べなかった頃。

 星羅は両親にそう訊ねた。

「え……」

「なんでって……明人は家族じゃないからな……」

「なんで?」

「えー」

 困り果てる両親に気付かず、星羅は言った。

「あきっとおじちゃんも家族でしょ?」

 時々家に帰ってくる優しいおじさん。当時三歳の星羅の認識はそうだった。

 幼稚園は楽しい。でも、家に帰っておじさんと遊ぶ方がもっと楽しい。なのに、おじさんは夕方のチャイムが鳴ると帰ってしまう。それが寂しくて、悲しかった。

「……あのね、星羅」

 母が目線を合わせて語りかける。

「明人おじさんは、おうちが別のところにあるの。だから、一緒に暮らせないんだよ」

「んー……?」

 優しい言葉で理解させようとしているのはわかった。ただ悲しいかな、星羅の思考は斜め上に吹っ飛んだ。

「じゃあお引っ越ししようよ!」

「は? 引っ越し?」

「そう! おじちゃんちに引っ越すの! おじちゃんが引っ越してくるのもいいよ!」

 名案だ。家が二つもあるからややこしいのだ。だったらどちらかの家に四人で暮らせばいい。天才だと星羅は自画自賛した。

 意味を理解した父が爆笑した。母は「そうきたかー……」と頭を抱えた。賛成してくれない二人が心底不思議で、なんか不愉快だった。

「……あのね、星羅ちゃん」

 明人が同じようにしゃがんでくれる。困ったような、嬉しいような、泣きたいような、そんな複雑な顔をしていた。

「星羅ちゃんの家族は、お父さんと、お母さんと、星羅ちゃんだけ。僕はいないんだよ」

「違うよ! お父さんとお母さんとあきっとおじちゃんとあたしなの!」

 食い気味に否定した。ありえないことだった。一緒に遊んで、ご飯を食べて、こうして遊園地にも出かける。それでどうして家族でないのか、星羅にはわからなかった。ちなみに、遊園地に明人を連れて行こうと提案したのは星羅自身である。それはもう地団太を踏んで引っ繰り返って駄々をこねて親を根負けさせたのだが、当人はすっかり忘れていた。

「うーん」

 だけど、大人たちは誰も笑顔で頷いてくれない。それが腹立たしくて、なぜか涙がこみ上げてきた。

 不意に、明人がポケットの携帯電話に目をやる。

「――ごめん、会社から呼ばれた。トラブったみたい」

「え、大丈夫?」

「休みだって言うのに忙しいな」

「いつものことだよ。……じゃあ星羅ちゃん、またね」

 明人が作り笑いで手を振る。いつもなら「ばいばい」と言えたが、この日は違った。

「ヤダ!」

「えっ」

 明人の足にしがみついて、星羅は首を横に振った。

「ヤダ! 一緒におうち帰るの!」

 なぜだかわからないが、このまま離したら二度と会えなくなる気がした。だから手足にめいっぱい力を入れて、彼にしがみついた。

 でも子どもの力なんてたかが知れている。母が慌ててべりべりと星羅を引きはがし、その腕に抱き込む。

「こーら、星羅。おじさんの邪魔をしないの」

「ヤーダー‼」

「いい子にしてないと、晩飯はピーマンの肉詰めにするぞ?」

「ヤダー‼」

 泣いて暴れるが、母の腕はびくともしなかった。あの力は一体どこに隠れているのか、今でも不思議に思っている。

「ほら、明人。今のうち!」

「あ、うん……ごめん、またね!」

 走り去る明人の背中を、星羅は泣き叫んで引き留めようとした。小さな手は届かなかった。やがて悲しみは怒りに変わり、両親への八つ当たりになった。それは家路について、泣き疲れて眠るまで続いた。

 ――悲しかったけれど、幸せな記憶だった。

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