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26.一時休戦

きりの良いところまで、と思ったら長くなりました。

『状況を整理させてくれ』

 橋本の疲れた声がスマートフォン越しに聞こえた。

『まず、柳内が脱走。それを追って河原と樋口も脱走。山野川中流の鮎入大橋で柳内を保護。その時にファントムとも接触。現在、橋付近の鮎入公園に一緒にいる……でいいのか?』

「はい」

 星羅の平坦な肯定に、電話の向こうが絶句した。

 公園の片隅にあるベンチに、星羅は奏と河原に挟まれるように座っていた。後ろではファントムが背を向けつつ、会話に耳を傾けている。

 相手がファントムだとわかった瞬間、奏は悲鳴を上げるわ、河原がスマートフォンで橋本に電話を入れるわで大騒ぎだった。どうにか敵意がないことを証明したものの、今度は電話越しに一部始終を聞いた橋本たちの頭痛を和らげる必要があった。

「今のところ敵意はありませんけど、警察にはまだ引き渡したくないです。本人も断固拒否しています」

『そういうところまで話を進めるな! ありがたいけど!』

 どうやって説明するんだこれ、という嘆きは聞かなかったことにしておく。隣で聞いていた矢代が「あははははおもしれー」とヤケエナドリをキメていたのも知らんぷりした。

 奏がそっと覗き込むように訊ねる。

「ちなみに星羅は、ここまでどうやって歩いてきたの?」

「……実はあんまり記憶にない」

「「「『えっ』」」」

 四人の声が重なる。星羅は目を伏せて、ずっと手の中に握りしめていたものを見る。

「ふらふら山道を下りていって、繁華街を抜けて、気付いたらここにいた。ルートはマジで覚えていない。なんかこう、歩きながらドラマを見ていた感じ」

 壊れたバレッタに自分の顔が映る。ぼやけたそれは醜く歪んで、〝縁切り〟をした元同級生のように見えた。

「嘘でしょ……」

「マジか……」

 奏と河原が頭を抱える。

『柳内』

 橋本が呼びかけた。

『渡会がなにを言ったか、覚えているか?』

「はい」

『そうか……。渡会を擁護する気はないが、あいつは自分と真逆のお前が気に入らなかったんだろう。渡会は非能力者の両親のところに産まれてきたからな』

「……そうですか」

 星羅は一言だけ返す。

『だからと言って、あいつを許すかどうかはお前次第だ。そのことも含めて、今細川先生が話している』

「…………。先生」

『なんだ?』

「渡会のご両親は健在ですか?」

『ああ。定期的に会いに来ているぞ。本人は会いたがっていないが』

「じゃあ伝えてください。ご両親との縁を切りたくなったら、いつでも言いに来てって」

 電話の向こうで橋本が沈黙した。

『……なぜだ?』

「自分が能力者で、両親が非能力者。たしかにあたしとは真逆ですけど、あっちには両親がいます。あたしの親はもう死んで会えないけど、あっちは会える。同じ土俵に立ちたいなら、せめて二度と会えない環境になってからにしてほしいなって」

 殺すと言わない時点で、星羅の方がよほど理性的だ。冗談のつもりで度々場を凍らせる渡会に爪の垢を煎じて飲ませたいと思ってしまう。

『……一応、伝えておこう』

 どこまで響くかわからないが、たまに飛び出る星羅の過激な発言で目を覚ましてくれれば儲けものだ。

『ところで柳内。さっきみたいに死にたくなったりはしていないか?』

「はい」

『そうか。お前が脱走したせいで、これだけ大騒ぎになったっていう自覚はあるか?』

「……一応」

『ならいい。……少し遅れたが、みんな無事でよかった』

 橋本の柔らかい声に、奏と河原が頷く。だが星羅は、じっとスマートフォンを見つめる。

「……先生。その中に、あたしは含まれていますか?」

『当然だろう』

 食い気味の回答。しかし星羅は首を横に振る。

「嘘です。二人の心配はしても、あたしの心配はしていない」

『柳内がいなくなった時点でどれだけ大騒ぎになったと思っているんだ。警察の方にも協力を要請したんだぞ』

 両脇の二人が激しく頷くが、星羅はなおも否定する。

「違う。あたしが悪いから、疫病神だから、明日処刑するんでしょ?」

『……おいファントム、保護者役。一体全体どういう教育を受けたらこうなるんだ?』

 橋本の声が低くなる。後ろで聞いていたファントムが振り返った。

「どうもこうも、事前にお渡しした資料の通りですよ。あれ、誇張でもなんでもないですから。なんなら厳選したんですよ? 全部書き出したら紙の量二倍になりましたから」

『……あれで?』

「あれで」

 橋本が絶句する。河原が声を潜めて訊ねた。

「なんの話?」

「あたしが〝縁切り〟の反動でぶっ倒れている間に、学校側に今までやられたことのリストを書いて渡してもらってたの。毎日どつき回してくれてたから、本当に厳選するのに苦労した」

「……一部だけ聞いてもいい?」

「あんまり気持ちが良いものじゃないよ?」

 ファントムが思わず口を出すが、二人とも首を横には振らなかった。

「それでも、です」

「同じく」

「んえー」

 口をへの字に曲げた星羅が、指折り数えていく。

「まずタバコや線香の火で根性焼きと落書きでしょー? 休み時間ごとにプロレス技の実験台にされたし、男子トイレの便器に頭から突っ込まされたり、緑色のプールに手足が縛られたまま沈められたりしたし、逆さ吊りとか首吊りの練習もさせられたしなー。あと」

「星羅ちゃんストップ」

 ファントムが肩を叩いた。

「三人とも限界」

 そう言われて二人を見れば、街灯の灯りの下でも真っ白な顔になっていた。スマートフォンも沈黙している。

「……まだあるけど?」

「一般人はこれが限界なんだよ。忘れた? 小学校で初めての遠足の時、掃除用具のロッカーに閉じ込められて夜まで放置されたの」

「あー……。あの後、人生初の被害届を書いたんだよね。というかなんでわかったの?」

「下校時刻になっても帰ってこないんだから不審に思うけど? 教師に聞いてもしらばっくれるから強行突破させてもらったし。あれで一緒に担当した警察官、全員が怒り狂ったし号泣したんだけど?」

 翌日は仮病を使って病院に行き、署内の小さなスペースに保護された。お昼に「虫が入ってない給食初めて!」と笑顔で言い放って食堂を凍らせたのは今でも伝説だ。

「その後も教師も生徒も全然懲りなかったから、被害届を重ねたうえで〝縁切り〟って言う強硬手段に出たけどね。前科いっぱいつけたのに、カネを払えばチャラになると思っているあたりが今思い出してもムカつく」

 ファントムの指が忙しなくベンチの背を叩いた。

「最後の一年くらいは証拠集めでハイになってたよね」

「あれはむしろテンション上げていなきゃやってられなかった」

「そっか……あ!」

 唐突に星羅がぽんと手を叩いた。

「だから警察の人たち、あたしが来るたびにお菓子やらココアやらくれてたの?」

「今更⁉ 矢代たちが聞いたら泣くよ……?」

『今まさに隣で泣いているんだが?』

 橋本の声の後ろですすり泣きが聞こえる。大の大人が泣いている事実に内心引いたのは内緒だ。

「あー……稼げるようになったらなんか奢る感じでいい?」

「その前に誠心誠意謝ること! みんなに二重の心労かけさせてる自覚ある?」

「特大ブーメランじゃないか! そもそもあんたが諸悪の根源だって自覚ある?」

「あるに決まってるだろ! 何度胃に穴が開きかけたかわかんないし、申し訳なさ過ぎていまだに千景と匠に挨拶に行けないし!」

「理由つけて墓参りに行かなかったのそれかよ! だいたいなに、家族になりたかったって! ちっとも理解できなかったんだけど⁉」

 痛いところを突かれたのか、ファントムが黙った。奏も河原も不安そうに自分たちを見ているが、横やりは入れない。スマートフォンの沈黙も同様だと察した。

「…………。文字通りの意味だよ」

 ファントムは力なく言った。

「君たち三人家族に、僕も入りたかったんだ」

「…………。ごめん、やっぱり意味がわからない」

 星羅が掌を突き出して頭を抱える。

「どういうこと?」

「憧れていた、が一番近いかな。すごく優しくて、穏やかで、温かくて……ずっと一緒にいたいと思ったんだ。でも、僕はどう頑張っても『君たち一家の友人』止まりで、そこから先には行けない。それで悩んで考えて、考え抜いた末に……二人を殺した」

 ひっ、と奏が息を呑んだ。

 星羅はゆっくりと手を下ろし、ファントムを見上げる。

「……後悔しなかったの?」

「あの時はね。でも、君の周りが悪人だらけだと気付いた時に、初めて後悔した。いらない傷を負わせてしまったって。絶対に幸せにしようって決めたのに」

「だから施設からあたしを引き取って、あそこ潰したのか」

「……怒ってる?」

「お父さんとお母さんのことはね。施設に関しては、ダイナマイトを使ってもよかったと思ってる」

「それは僕らが捕まるからダメ。可能な限り社会的制裁をしたから、それで勘弁して」

「チッ」

 大きな舌打ちが聞こえた。同時に、奏たちは人間不信の根源を見た気がした。

 両親を失い、施設に預けられて孤独な中で、子どもも大人も助けてくれない。むしろ傷付ける存在なのだとすれば、誰も信用できなくなるのは当然だ。そして唯一信頼できる人が、実は仇だった時の絶望は計り知れない。

 河原がスマートフォンに向けて口を開いた。

「せんせー、渡会の奴、ギッチギチに締めた方がよくないですか?」

『あいつに関しては今、細川先生が〝お話し〟中だ。あれで改善できなかったら転校も視野に入れる』

 橋本の言葉に、奏と河原が顔を見合わせる。

「……反省すると思う?」

「しないと思う」

「え、あたしが転校するか退学すればいい話じゃないの?」

「「「『んなわけあるか(ないでしょ)』」」」

「えー」

「星羅ちゃん、いい加減覚えて。これが普通の同級生や大人の対応だから」

「えー……信用できない」

『信じられないなら、いっそのこと利用するつもりでいろ』

 橋本が言った。

『こちらはお前が〝アーツ〟の適合者だとわかった時から、全力でバックアップするつもりでいるんだからな。ファントムとの決着をつけた後も、真っ当な社会人として生きられるように』

「…………」

 星羅は知っている。そう言って自分の信用を得た大人が、どれほど絶望に愉悦を覚えるのか。

 人間は他人を傷つけ、騙し、陥れ、絶望させるのが大好き。

 だから信用しない。誰も信じない。

 ……でも、そうか。そっちがその気なら。

「わかりました。せいぜい利用させてもらいますよ」

『ああ、それでいい』

 宣戦布告をした。相手もそれを受け取った。

 互いに思惑が明確な中で動けるのは気分がよかった。

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― 新着の感想 ―
ラスボス枠かと思われたファントムが実は星羅ちゃんの保護者枠かつそこまで悪い仲じゃないという複雑骨折した関係性よ 星羅ちゃんの虐めの一部が公開されたけど服とか下着を刻まれたりとかもしてるしこれより更にエ…
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