25.掴む
歩く。歩く。
音は聞こえない。視界はクリア。
まるで音のない映画のような世界。映画、テレビでしか見たことないけど。
みんな普通の人。仕事帰り? 買い物帰り? それともデート?
……ファミレスに、家族。
いいなあ。
あたしも、あんな風になれたかな?
……あんな風に、なりたかった。
ねえ、お父さん、お母さん。
あたし、人殺しの子どもになっちゃった。
あいつらの言うとおり、処刑されなきゃいけない人だった。
それでも、いっぱい頑張ったよ。
殺されないように。死なないように。
ファントムを殺せるように、頑張った。
いっぱい頑張った。
頑張ったよね。
だから。
もう、そっち行っても、いいよね?
「いねえー! つか人、多すぎ!」
花折市の繁華街の上。ビルの屋上で河原は叫んだ。
学校から市街地まで、思い当たるところはぜんぶ探した。だが人の気配はなく、繁華街では人が多すぎて星羅を見つけ出せなかった。折りしも今は午後七時。帰宅ラッシュや外食のピーク時間だった。
「あと人の足で行ける場所ってどこよ⁉」
奏がスマートフォンのマップアプリを拡大して探すが、どこも行った場所。あの精神状態の星羅が大人しく学園に戻るとは思えない。
しかも最悪なことに、二人とも行った場所といえば、バスで往復した道のりと駅周辺くらいだった。そこから四方八方にある住宅街に行くという発想がなかった。誰かの実家へ遊びに行くならいざ知らず、そんな年頃でもないのが仇になった。
自分たちがどれだけ甘い計画で出てきてしまったのかを知った。SNSには牧子たちから心配する声がどんどん来ている。怒られるのを覚悟して戻るかと一瞬考えた。でも諦めたくない。
「考えろ、あの状態の人が行く場所と言えば……?」
額に拳を当て、目を閉じて河原は集中する。
花折市は山を切り拓いて作られた。裾野には繁華街があり、住宅街はそこかしこに。山を登れば学園がある。
身近な自殺場所と言えば森の中? いいや、衣服を使うにしたって、それ用の道具を持っていない人が森の中を歩き回っても衰弱するだけ。それを狙っていたとしても、すぐに警察が山狩りを始める。
であれば、もう一つの場所――
「鮎入大橋!」
「うわっ⁉」
河原の声に奏が飛び上がった。
「樋口、ここから山野川沿いに下るぞ!」
「え、なんで?」
「一ヵ所あるんだ! 一級河川にかかっていて、なおかつ高さのある橋!」
「案内して!」
再び手を取る。緊張で滲んだ汗は、果たしてどちらのものか。
突風が二人を空へ運んだ。
歩く。歩く。ずっと歩く。
ファントムがずっと近くにいたのに、気付かなかった。本当にアホだ。
それがショックで引きこもって。カマッテチャンがなにかはわからないけど、今のあたしにぴったりだ。あの男子、たまにいいことを言う。
歩いて。歩いて。歩き続けて。
街の明かりが消えて、街灯だけになって。
まっくらに、あかり。
地獄に続く道みたいだ。
さらさらと水の音がする。とても遠い。真下を流れる。
ああ、ここなら、きっと。
お父さんとお母さんに会えるかな。
「みぃつぅけぇたぁぁぁぁああああああああっっっ‼」
「え」
真下からの声に思わず下を向く。
次の瞬間、石に頭を打ち付けたような衝撃で目から星が散った。
「「いっ‼」」
誰かと二人して痛みに呻く。
軽く仰け反った体がバランスを取ろうとして、橋桁から足が滑り落ちる。
「あっ」
ふわりと重力が包み込む感覚。正気に戻った頭が恐怖を伝達する。
おちる。落ちる。いやだ。
怖い!
「柳内さん!」
「星羅ちゃん!」
後ろから二人分の声がした。両腕を掴まれる。体が不自然に止まる。
「君もしっかり! せえので引っ張り上げるぞ!」
「は、はい!」
三本目の腕が、目の前で宙ぶらりんになっている奏(ここでようやく彼女だと気付いた)を掴んでいる。
「せえの!」
ずるずると欄干の内側に引っ張られる。途中で奏も能力を使ったのか、星羅の腰にしがみついてその体を持ち上げていた。
最後はそろって、橋の中央で倒れ込む。
「っぎ……ギリギリセーフ……」
河原が大の字になって呟く。
「えーっと……?」
「星羅のバカぁっ‼」
なんでここに? と言う前に、奏の怒声が耳をつんざいた。
「バカバカバカ! 死ぬことないじゃんかあ! なにかあったなら言ってよお! 手伝えなくても話を聞くくらいはできるんだからさあ!」
ぼろぼろと涙を流した奏が、星羅の胸ぐらを掴んでまくしたてる。星羅は、いつかの空き教室の時みたいだなあ、と明後日の方向に思考が飛んだ。
「いや、本当……。心臓止まるかと思った……」
後ろにいる男が声を震わせる。星羅の思考が引き戻されたが、そちらを見る気にはなれなかった。
一体全体、なにがどうなっているのか。
ここはどこで、なんでみんながいるのか。
「……えーっと」
収拾がつかない滅茶苦茶な状況の中、星羅は訊ねる。
「とりあえず、今のあんたはどちら様?」
河原と奏も顔を上げる。
そういえば、一緒に助けてくれたこの男は誰なのか。
二人に見つめられた男は、あーとかうーとか唸った末に、降参したように笑った。
「……さっきまでは、空木明人。でも今は、ファントム」
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