24.共犯
『……検問、引っかかりません』
『変身……厄介だな……』
『近隣の警察署にも……』
ノイズ交じりの無線に耳を傾ける。外でぼんやり過ごしていても寒くない季節になった。ベンチで缶コーヒーを片手に休憩する男性を装い、ファントムは盗聴を続ける。
『これ……逃亡され……』
『バカ、……なこと言うんじゃない』
焦る声を同僚が叱咤する。そのやり取りがどこか懐かしくて、思わず笑みが浮かぶ。
それでも頭に浮かぶのは、一人の少女。
(……出会わなきゃよかった、か)
感情のままにぶつけられた魂の絶叫。表社会にかかわらなければ、きっと知らずにいた感情。
でもきっと、何度過去に戻ったとしても、彼らと出会い、同じことを繰り返す。それだけは確信していた。
イヤホンに特有のノイズが入る。新たな無線が飛び込んだ。
『花折警察署から……へ。能力者……より緊急要請。生徒が一名行方……。ファントム捜索と共に……されたし。氏名は柳内星羅――』
手の中の缶コーヒーが落ちた。
「お前、本っ当にバカ……」
橋本はどうにかそう言うだけに留めた。一昔前だったら拳骨の一つや二つくらい落ちていそうな事態を引き起こした渡会は、つんとそっぽを向いて反省の色はない。
「細川先生、お願いします」
「わかりました。渡会さんはちょっとお話ししましょうか」
「……はい」
しぶしぶ頷いた渡会を細川が連れて行く。彼女のこめかみに青筋が浮かんでいるのが見えた。誰も渡会に同情しなかったが。
「警察への連絡、できました」
「ありがとうございます。さて……」
橋本は情緒不安定に陥った生徒たちを見渡した。
「すでに何人かは知っていると思うが、一年の柳内が脱走した。警察にも協力してもらっている。先生たちはこれから柳内の保護に向かう。心配だとは思うが、お前たちにできることはここで待つことだ。間違っても探しに行こうと思うな。二重遭難を起こして余計に迷惑をかけたくないならな」
そわそわしている一部の生徒に釘をさす。ひとまずこれで大部分の生徒は納得してくれただろう。が、それをものともしない残りの一部がいるのもわかっている。
「安藤先生、高橋先生、すみませんがこちらをお願いします」
「「わかりました」」
監視の目はこれで十分だろう。教師を男女一名ずつ寮に残し、橋本は職員室に走る。そこは教師たちの臨時の作戦会議室になっていた。超特急で駆けつけてくれる警察官の待機場所にもなっている。
実際、これで脱走に次ぐ脱走が起こったら、誰を探せばいいのかわからず大混乱に陥る。ただでさえ警察は今ファントムの捜索でピリピリしているのだ。
皮肉にも、星羅はファントムの最も近くにいた人物だ。彼女を探していればファントムが釣れる可能性もある。それくらいなら警察も許容範囲だが、それ以外の生徒に割ける戦力はない。
(ただまあ、窓からフェンスに飛びついて越えるとは思わんな)
防犯と脱走防止を兼ねたフェンスは、寮の窓から一メートルほど距離がある。普通ならその距離と高さに足がすくむところだが、星羅はそれを超えてしまった。
ただ身体能力が高いだけではない。恐怖というリミッターが外れている可能性がある。最悪の事態が頭をよぎる。
「くそっ」
誰もいない道のりで、一人毒づく。
「なにが教師だ」
生徒一人救えないなんて。いざという時に動けないなんて。
なんて、無力だ。
「……で? 言われたそばから脱走するのを目撃して思わず止めちゃったんだけど。言い訳ある?」
「…………。見逃して?」
奏はできるだけ猫なで声を作って言った。動けたらぶりっこポーズもつけるつもりだったが、河原の影に縫い留められてそれは叶わない。
「却下」
河原は即答した。
「先生も言ってただろ。二重遭難して柳内さんの方に迷惑がかかったらヤベーだろ」
「わかってるよ。でもじっとしてたら嫌な方向にずっと頭が行くのよ」
いつもの口調で奏も応える。
あのバレッタは、星羅が持っていた物の中で一番古ぼけていた。それだけずっと大事に持っていて、守り抜いた物である。あの短時間であれだけを持ち出す選択をした。そこに意味がないとは思えなかった。
「お願い、見逃して。私の能力だったら、最悪どっかから飛び降りるなんてことがあっても助けられる」
「それで二人まとめて落っこちたら本末転倒だろ」
「じゃあ見殺しにしろって言うの⁉」
「そうは言ってない! あと声が大きい!」
河原に指摘されて、奏はぐっと息を呑み込む。河原も自分を落ち着かせるように深呼吸をして、奏を見る。
「つーかそもそも、行く当てとか心当たりとかあんのかよ」
「……それは」
「市内だけでけっこう広いぞ。柳内さんのことだからたぶんスマホとか置いてったから、GPSも役に立たないんだろ?」
その通りだ。だから警察の人海戦術も必要になっている。
「だとしたら、余計に俺らは足手まといだ。待つしかないだろ」
「……それで納得できたら、苦労しないよ」
奏は聞き分けのいい子だ。自分でもよくわかっている。だけど今だけは、この胸騒ぎを無視できなかった。
今探しに行かなかったら、手遅れになる。そんな焦燥がずっとまとわりついていた。
「だよなー」
河原が項垂れる。しばらく薄暗い地面とにらめっこして、ゆっくりと顔が上がる。
「……一個、条件がある」
「なによ」
「俺も連れて行け。共犯になってやる」
「……って、背負えるかどうかわかんないわよ?」
「そん時は走って追いかける。一人で探しに行かせられないって言ってんだよ」
「…………」
奏はじっと河原を見つめ、ゆっくりと顔を緩めた。
「ありがと」
「ん。解除するぞ」
「うん」
自分の周りに風を集め、高度を維持する。体育の授業で何度もこっそり練習した甲斐があった。
ただ、二人分の体重は想定していなかった。風の加減がわからない。
ゆっくりと河原の部屋に近付き、手を取る。
風の足場を広げるようにイメージする。
「うおっと」
窓枠を蹴った河原の体は、奏より頭一つ分沈んだくらいで持ちこたえた。
「男子を見下ろすって、なんか新鮮だね」
「うるせー。……で、どこに行く?」
「ここから一番近い橋から行く。しっかり掴まっててよ」
「振りほどかれねー限り離さねえから」
自然と口角が上がる。冷たい風が火照る体に心地いい。
さて、人生初のルール違反。良ければ停学、最悪退学。
それでも二人は、フェンスを越えて夜の街へと滑空した。
十分後、巡回した教師らがそれぞれの部屋で悲鳴を上げた。
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