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23.憔悴

 ここは今までと違うのかな。

 表立って排除しようとしない。みんなが逆にあたしを庇う。それがなんだか怖くて……そわそわして落ち着かない。

 能力者は良い人なのかな。それとも、この人たちが良い人なのかな。

 わからない。まだ信用できない。

 だから、一緒にいてほしかった。

 考える時間が欲しかった。

 ねえ。

 なんでいなくなっちゃったの?

 なんで、お父さんとお母さんを殺したの?

 教えてよ。答えてよ。

 明人おじさん。


◆   ◆    ◆


「星羅ー、おはよー、朝だよー」

 午前八時。奏は星羅の部屋をノックしていた。

 いくら寮と校舎の距離が近いとはいえ、起きて着替えてをしたらタイムリミットギリギリである。だから呼びかけているのだが、部屋からはうんともすんとも返事がない。

「ごはん持ってきたからさ。入るよー」

 言いながらドアノブを回す。寮の個室に鍵はない。籠城や脱走、自殺などを防ぐためだ。

 ベッドと勉強机しかないシンプルな部屋。服の類がないのは、備え付けのクローゼットにぜんぶ押し込んでいるからだ。雑に丸められた服を見て穂香が発狂したのは記憶に新しい。

「おはよう、星羅。朝ごはん、置いとくね」

 電気スタンドと教科書やノート、そして壊れたバレッタ。勉強机の上にはそれに加えて、昨日も持ってきた夕食の残りが鎮座していた。

「お、味噌汁飲み切ったんだね」

 トレーを入れ替えるついでに、完食状況を見る。一昨日はスープも完食できなかったから、目覚ましい進歩である。

「えらい、えらい」

 さなぎのように盛り上がっている布団の頭部分を撫でてやると、弱い抵抗が返ってきた。言葉はなくても、反応があるだけで嬉しい。

「またお昼、様子を見に来るからさ。……行ってくるね」

 そう呼びかけて、奏は星羅の部屋を後にした。

 ファントムが星羅の〝アーツ〟を奪い、逃走を図ってから三日。

 星羅は部屋から出られなくなっていた。


 奏たちがその異変に気付いたのは、星羅が橋本に抱えられた状態で戻ってきたたからだった。

「星羅、どうしたの⁉」

 奏が一目散に駆け寄ったが、返事がない。全身からだらりと力が抜け、目の焦点が合っていなかった。

 そのまま寮のベッドに寝かされた星羅をスクールカウンセラーの細川に任せて、橋本は一年生に招集をかけた。

「柳内は今、ひどく不安定な状態にある。だからといって腫れ物のような扱いは逆効果だ。起きてきたら遠巻きにせず、いつもどおり接してやってほしい」

 詳しい原因は聞かされなかった。だけど警察の慌ただしい様子を見たら、例の殺し屋絡みではないかと予想できてしまった。

 不穏な空気のまま時間だけが過ぎ、夕食になっても星羅は部屋から出なかった。食堂のおばちゃんたちも心配して、部屋にご飯を持って行ったほどだ。翌日の朝食から奏がその運び役を買って出ても、星羅はベッドの上で丸くなったままだった。

「神崎さんに聞いてみる?」

 と言い出したのは、検査入院から帰ってきた河原だ。特に異常もないと太鼓判を貰って帰ってきた彼は、大騒ぎになっているクラスを見てまず驚いた。

 だが、周りが落ち着かないとかえって冷静になれるらしい。河原の提案にそれだ! と意気込んだ女子たちが星羅の部屋に突撃。電池切れを起こしていたスマートフォンを勝手に充電し、電話番号を入手。一応、一声かけたが、布団越しで返事は聞き取れなかった。

 すぐさま電話を掛けるが、「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」の自動アナウンスが繰り返されるだけ。番号を何度も確認したし、三人ほど交替でかけてみたがダメだった。

「神崎さん、死んでた」

 途方に暮れた奏たちに、ようやく星羅の声が届く。

「ファントムだったよ」

 これにより、真相が一気に広まった。だからといって、動けた者は皆無だったが。

 憔悴した星羅にどう声を掛けたらいいかわからず、ほとんど誰も近付かない。皆も意識して話題を避けるようになった。

「樋口ー、柳内さんどうだった?」

「今日もダメ。相変わらず繭みたいな状態だった」

 逆に意識して情報共有を行っているのは、奏と河原くらいだった。ベランダで横並びに体を預ける。授業がある日中は、細川が星羅に張り付いてくれている。おかしな行動には移らないと思いたいが、それでも嫌な想像が時々頭をよぎる。

「部屋から出てきてくれたら、色々と話ができると思うんだけどなー」

「出てきてくれたら、ね。部屋に入れたとしても、コミュニケーションをシャットアウトされちゃあねー」

 二人そろってため息が出る。後ろで渡会が「夫婦かよ」と茶化してきたが無視した。

「……ずっと信じてきた大人が仇だったなんて、相当なダメージだよな」

「うん。前の学校じゃ、友達だと思ってた人たちにずっと裏切られ続けてきたって言ってたし。ファントムを殺すって目的が大きな支えだった分、立ち直れるのかどうか」

 出会ってもうすぐ二ヶ月。まだ二ヶ月しか経っていない。星羅について、知っていることよりも知らないことの方が多い。

 好きなことも、苦手なことも、食べ物や服、音楽の趣味。ファントムを殺した後の生き方や夢。

 聞きたいことはいっぱいあるけれど、まず彼女をあの小さい部屋から引きずり出す必要がある。力ずくではなく、彼女自身の意思でなければいけない。でなきゃ、当初の目的であるファントムを殺すことさえ叶わない。

「おーい、樋口ー、河原ー」

 橋本の呼ぶ声で、二人はハッと顔を上げる。

「チャイム鳴ったぞー、席に着けー」

 出席簿をひらひらと振って呼んでいる。二人はクラスメートの失笑を聞きながら、慌てて教室に戻った。


 昼休みに奏が寮へ戻っても、星羅は反応しなかった。細川の話では、手を握り返すなどで相槌を打ってくれる程度だという。

「柳内さんも、樋口さんが心配していることはわかっているから。今まで通り声をかけて続けてあげて」

 と許可をくれたので、奏はできるだけ星羅に呼びかけるようにした。放課後になれば、たまに牧子や穂香など他の女子も声をかけてくれる。

 それでも、布団の中から出てきてくれなかった。

「んで、今日も惨敗だった?」

「そう……」

 多目的室の片隅で、河原に問われた奏は机に突っ伏した。

「んもお~、なんてことしてくれたのよファントムは。私らのこの二ヶ月の努力を返せえ~!」

「やっとまともな会話ができると思った矢先だったもんね」

 ぶつけようのない怒りに悶える奏を、牧子がよしよしと撫でる。

「このまま死んじゃうんじゃねえか?」

 渡会が軽い調子で言う。奏ががばっと起き上がった。

「バカ言わないで。絶対に生きる気力を取り戻させてやるんだから」

「んなこと言ってもよお、あいつがいじめられてたのって、要は『殺人事件の関係者』ってことだろ? 刑事さんがファントムだったってんなら、ずっと気付かなかったあいつがバカだし、人殺しの子どもになっていたってことだろ? それでショック受けて引きこもるとか、ただの構ってちゃんじゃねーか」

 ドカン。

 殴りつけられたテーブルが震える。それでも怒りが収まらない河原が渡会の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんじゃねえぞ! じゃあお前はなにか? 柳内さんが〝被害者の子ども〟ってだけでいじめられて、挙句自殺してもよかったって言うのか⁉」

「そうは言ってねえだろ。仇がずっと目の前にいたのに気付かなかった間抜けだっつってんだ」

「同じだろうが! お前は自分の親とファントムがすり替わってても気付くっていうのか⁉」

「気付くに決まってるだろ!」

「でも柳内さんどころか周りの人が誰も気付かなかったんだぞ⁉ 同僚の警察官もだ! それくらい相手のことを知り尽くしているやつに潜り込まれたら、打つ手なんかないだろ⁉」

「だからそれが間抜けだっつってんだ。有能な警察官が聞いて呆れるんだよ」

「この……っ!」

 憧れの職業を侮辱された。それは未来の自分を侮辱されたようにも聞こえた。

 拳が震える。悲鳴を上げる理性をぶっちぎって、河原は拳を振り上げた。

「やめなよ、河原」

 振り下ろされる直前、静かな声がそれを止めた。

「いいよ。ここで愚痴った私がバカだった」

 奏が席を立つ。こちらを見てもいないのに、渡会への軽蔑がはっきりと浮かんでいた。

 多目的室から見える廊下へ目をやって、奏が唐突に固まる。

 表情が、じわりじわりと驚愕、焦りに変わる。血の気が引いていく。

「え……嘘、やだ、待って……!」

「……奏?」

 ぶつぶつと独り言が零れる。心配そうにする牧子たちのことなど目に入らない。

「待ってよ、星羅‼」

 椅子を蹴飛ばして走り出す。後ろでクラスメートが驚いた声を出したのも聞こえなかった。

 まさか、さっきの渡会の言葉を聞かれていた? だとしたらものすごくマズい!

「女子は柳内さんを頼む! 俺、職員室に電話してくる!」

 渡会を突き飛ばし、河原も廊下へ飛び出す。向かう先は管理人室だ。寮内でのトラブルで、教師たちに確実に繋がるのは直通の電話だ。

「星羅、ねえ星羅!」

 奏が走って呼びかけるが、追われていることに気付いた星羅が階段を二段飛ばしで駆け上がる。折り返しでもまったくスピードが落ちない、どころか上がっている気がする。

「待ってよ!」

 ぜえぜえ息を切らせながら追うが、向かう先はおそらく個室。最悪そこで捕まえる。

 階段を上りきったところで、星羅が個室に飛び込むのが見えた。

 何秒か遅れて部屋の前に来る。ノックなんてしている暇はない。ドアノブを回して、硬い衝撃が返ってきた。

「ちょ……星羅! 開けてよ!」

 拳で激しくドアを叩く。部屋にいた上級生たちが何事かと顔を覗かせる。階段の方から、穂香たちが駆け上がってきた。

「奏! 柳内さんは⁉」

「開かない! たぶん椅子だけど、ドアを塞がれた!」

「はあ⁉」

 入れ替わり立ち代わり、何度もドアを開けようとする。椅子が衝撃の度に押されているようで、少しずつドアの隙間は大きくなる。足が入るまで隙間を広げたら、そこから椅子を蹴っ飛ばしてドアが完全に開いた。

「よし!」

「……え?」

 突入して、固まる。カーテンが風に揺れている。窓が大きく開いている。

 星羅の姿は、ない。

「ちょ……っと? 星羅?」

「柳内さん? どこ?」

 そんな、まさか。

 心臓が大きく跳ねる。嫌な汗で全身が冷たくなる。

 毛布の中も、クローゼットの中も、隠れられそうな場所は手分けして探した。

 だけど、どこにもなかった。

「あ、れ」

 マットレスをひっくり返しても見つからない。まさかと思って窓の方を見ようとして、奏は気付く。毎日部屋を訪ねていたから、気付いてしまった。

 机の上にバレッタがない。

 最初から存在しなかったかのように。

 星羅と一緒に消えていた。

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