19.殺し屋
割れた窓枠から、星羅は外へ飛び出す。室内履きがあって助かった。窓枠に残ったガラスを気にしなくて済んだし、砂利などにも煩わされない。
自分が操れる最大サイズにまで〝アーツ〟を大きくする。
突き出されたナイフを一振りで一蹴。連続で迫るもう一本のナイフはバリアを張って防ぐ。その首を刈り取ろうとして振り切れば、しゃがんで躱される。だが、身を守るように広がるバリアを見てしまっては、追撃の一手はどうしても緩む。
「嫌らしいね、その〝アーツ〟」
「どうも」
互いに距離を取って体勢を立て直す。
「……依頼主は、……あー、あめ? あい?」
「……よくわからないけど、依頼主に関しては守秘義務だよ。聞き出すかい?」
「いいや。見当は付いている。……地下犯罪組織に手を出すなんて、堕ちたもんだなと」
「たまにいるよ。にっちもさっちもいかなくなった人とかが、僕らに依頼を出すの」
「ふうん」
「聞いといて興味ないみたいな反応しないで? 傷付く」
「そりゃどうも。……あんた、ファントムとは顔見知り?」
「素顔は知らないよ。でもまあ、お互い組織のために殺し殺されって関係だったからね。噂はかねがね。だから彼が組織を裏切って壊滅させたと知った時は驚いたよ。こっちとしては、敵対勢力が一つ減ったから嬉しい誤算だったけど」
「……そうか」
情報があるなら吸い取ってやろうかと思ったが、あまり収穫はないようだ。結局奴が今どこにいるのか、わからないまま。
「それより、のんびりしてていいの?」
「?」
「あっちに人質がいるってこと、忘れないでよね」
「……ああ」
今思い出したかのように、星羅は呆けた声を出した。
「だから、大人しく殺されろと?」
「多少は抵抗してくれた方が面白いけどね」
ペストマスクがダンッ、と力強く地面を蹴る。あっという間に縮まる間合いに、星羅はぽいと大鎌を宙へ放り投げた。右足を下げ、体のラインが一直線になるようにし、重心を下げる。
「……?」
くるくると舞う大鎌を視界の端に捉えながら、ペストマスクは両手のナイフを突き出した。
星羅の胸が反らされる。服が切り裂かれる。
首を切ろうと捻った手首に、冷たい手が添えられる。肘を曲げられないよう両手でしっかりと右腕を掴み、体を捻って肩に載せる。
ふわりと、体が宙を舞った。
「うわっ⁉」
お手本のような背負い投げを受けた。背中から肺に向けて、息が出来なくなるほどの激痛が走る。だがペストマスクもプロの殺し屋だ。これくらい大したダメージではない。
視界にぎらりとなにかが反射する。網膜を焼かれたペストマスクが、体勢を立て直すべく起き上がる。
真後ろで、ずどんと重い音がした。
「チッ、惜しい」
「ひぇっ」
思わず少女のような声が出た。さっきまで倒れていた場所に大鎌が突き刺さっている。あのまま怯んでいたら首と胴がサヨナラしていた。〝アーツ〟の大きさを変えて引っこ抜いた星羅が、またそれを巨大化させる。
ペストマスクの視界は今、半分もない。眩しさで目がやられた時特有の、動く迷彩柄が鬱陶しい。だが、見えないわけではない。
閃く大鎌を紙一重で躱し、間合いを詰めてナイフを振るう。それをバリアで弾かれて、ペストマスクは苛立たし気に声を荒げた。
「ああもう! 君本当に素人? 同業者じゃなくて?」
「一応、格闘技はいろいろと網羅している。この前空手と柔道で黒帯貰った」
「そういう問題じゃない!」
ペストマスクも、曲がりなりにも殺し屋として鍛えられてきた。どこをどう傷付ければ、相手はどの程度で死ぬのか。目を潰された時、鼓膜が破れた時、あるいは両方を潰された時の対処法。時には仲間と殺し合い、素人だけでなく同業者とも渡り合えるだけの技術を叩き込まれた。
だから思ってしまう。まるで同業者と戦っている気分だと。
依頼内容では、相手は非能力者とのことだった。能力者育成学園に特例で中途入学していることも突き止めた。
これに気付いた組織は、依頼から手を引くべきか迷った。いくら非合法の闇組織であっても、能力者育成学園に対してはそれなりに敬意を払っている。能力者同士の殺し合いは、闇組織に属した者同士という暗黙の決まりがあった。
組織にとって学園を敵に回すことは、暗黙の決まりを破るも同然。しかしキャンセル前提で吹っ掛けた前金を受け取ってしまった以上、依頼は遂行されなければならない。
「っ!」
甲高い金属音がして、左手のナイフが空高く飛んだ。
大きく振りかぶった大鎌が見える。逃げようと後ろへ飛んで、誰かにぶつかった。
「捕まえたぞ」
両手が後ろに回され、ひとまとめに拘束される。持っていたナイフがすり抜ける。足払いをされて顔から地面に叩きつけられた。
「午前十時四十八分三十三秒、建造物侵入、銃刀法違反、および殺人未遂容疑で緊急逮捕する!」
「あがっ」
ベルトらしいものでそのまま拘束され、ペストマスクを引っぺがされてハンカチを口にねじ込まれる。自害できないようにして、ようやく神崎は一息ついた。
「すまない、星羅。手間取った」
「いや……別に殺してもよかったんじゃないの? こいつ殺し屋でしょ?」
「殺していいと言ったのはファントムだけだ。それだって可能なら出くわしてほしくないのに」
「えー」
「あとそれしまって着替えなさい。胸元ざっくり行ってるから」
神崎が星羅にジャケットを押し付ける。
「ほら、もうこいつは無力化したから。これ小さくして」
「……はーい」
大鎌を叩いて急かされ、星羅はしぶしぶそれをペンダントサイズに縮めた。
「応援は?」
「五分で着くって言ってた」
「それ事故らない?」
「そうならないよう祈っといて。ほら、向こうでみんな待ってるよ」
神崎が指さした先では、血相を変えた奏たちがこちらに走ってくるところだった。切られた服を見られないようにしながら、星羅はそちらに向かって歩き出す。
「…………」
不意に、星羅は立ち止まった。神崎の方を振り返る。
「ん? どうした?」
「……ううん、なんでもない」
星羅は首を横に振って、寮の方へと歩いていく。
遠くからサイレンの合唱が近付いてきていた。
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