18.襲撃
「――修復完了。これにて因果干渉を終了する」
目を閉じて宣言する。まぶたの隙間から光を感じて、ようやく星羅は目を開けた。
「星羅‼」
「げふっ」
次の瞬間、飛び掛かった奏のタックルをもろに食らって倒れる。
「おおっと。……〝縁切り〟、上手く行ったみたいだね」
尻もちをつきかけた星羅を神崎が支え、笑いかけた。
「うん。……で、これどういうこと?」
星羅が奏を指さす。星羅の背中に手を回した奏は、ぎゅうとその細い体を抱きしめたまま離してくれない。
「あー……」
神崎が目を逸らす。〝縁切り〟の間、星羅は因果律の世界にいる。故に〝外〟でなにが起こってもそれを感知できない。生徒たちを不用意に近付けさせなかったのも、接触したタイミングで誤って別の〝縁〟を切ってしまわないためだ。脅かしたおかげで、〝縁切り〟の最中は誰も近付こうとしなかった。
じとっと半眼になって睨めば、神崎が降参したように手を上げる。
「ごめん、前の入院のこと、ちょっと喋った」
「どこまで」
「同級生と教職員の〝縁〟を一気に切ってぶっ倒れたところ」
「…………」
星羅は無言で拳を振り上げ、神崎の胸へ振り下ろした。
「痛いよ」
「痛くないくせに。んで、奏さん? そろそろ離れて、苦しい」
「ヤダ。一週間昏睡してたって聞いたら心配するよ」
「オイ」
星羅が睨めば、神崎は笑顔のまま五歩離れた。瞬間移動のような速さだった。
「まあまあまあ。無事に〝縁切り〟は済んだんだ。あっちに反動をぜんぶ押し付けられたみたいだし、体はどこも異常ないんだろう?」
「まあ……」
「なら〝アーツ〟もそろそろしまったほうがいいんじゃない?」
「……そうだね」
しぶしぶではあるが、星羅は自分の大鎌に視線を向けた。
力を込めて念じれば、大鎌はあっという間に小さくなる。
手ごろな大きさへ自在に変えるには、もう少し集中力がいる。
だから気付かなかった。
周りの表情が驚愕に見開かれたことに。
「星羅、バリア‼」
神崎が叫ぶと同時に星羅と奏を抱きしめる。
勢い余って床に転がった三人の頭上に、割れた窓ガラスが降り注いだ。
手の中で〝アーツ〟が光る。プラネタリウムのようなバリアが窓ガラスから三人を守る。
「逃げろ‼」
橋本が叫ぶ。けたたましい音を立ててテーブルが倒される。悲鳴と警報が響き渡る。
バリアの中でがばりと起き上がった星羅と神崎は、多目的室の中央に立つ四つ足の生き物を見た。
巨大な犬、あるいは狼。影のように真っ黒な毛は全身が逆立っている。イヌ科特有の長く伸びた鼻の下では、鋭い歯を剥き出しにして威嚇している。
異常事態なのに、美しいと感じてしまうほどしなやかな足の下で、誰かが倒れている。
「河原っ⁉」
「ダメだ!」
飛び出そうとした奏を、星羅と神崎が取り押さえる。
声に気付いた狼が、河原を縫い留めたままこちらを見た。満月のように金色に光る眼が、獰猛に三人を映す。
「あ、それ以上動くと危ないよ」
後ろ……窓の向こうから声がして、三人はそちらを振り返る。
ペストマスクを被った何者かが、橋本の首にナイフを突きつけていた。
「えーっと、死刑囚? って呼ばれてた奴を探してんだけどさ。誰か知ってる?」
こてん、と音がしそうなほど可愛らしい動作でペストマスクが首をかしげる。だがナイフは静止画のように動かず、はっきりと喉元に突き付けられたまま。
奏が星羅を見る。状況は一瞬で理解できた。だけど感情が追い付かなかった。
ペストマスクの人物は何者なのか。どうやって学校に侵入したのか。人質を取ってどうするつもりか。
そして、星羅をどうする気なのか。
「ああ、その子か」
ペストマスクが星羅を射抜いた。
「依頼主から、君を殺すように言われたんだ。できるだけ残忍な方法でって」
「……そうか」
「ダメだ、星羅ちゃん」
星羅が立ち上がる。それを制するように神崎が言ったが、聞いていなかった。
「相手はプロの殺し屋だぞ」
「ファントムだってプロの殺し屋だよ」
小さくしたばかりの〝アーツ〟を大きくする。
「予行演習にはちょうどいいじゃん」
ペストマスクが、その内側でひゅうと口笛を吹いた。
「へえ、ファントムを探してるの?」
「仇だから」
「そりゃまた珍しい。彼、裏社会専門の暗殺者だったはずだけどな」
「会ったら聞くつもり」
「ははっ……できたらいいね!」
橋本に突き付けていたナイフを下ろした次の瞬間、ペストマスクは彼を星羅たちに向けて突き飛ばした。
「神崎さん、そっちよろしく!」
「いやよろしくって⁉」
バランスを崩して突っ込んできた橋本を受け止めながら、神崎が叫ぶ。振り向いた時には星羅はもういなかった。
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