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16.帰路

「つ……っかれたぁ」

 警察署まで迎えに来てくれたシャトルバスの中で、ようやく奏たちは体の力を抜いた。

「事情聴取ってあんなにダメ押しの確認されるんだね……」

「動画撮っといてよかったぁ……」

 事件の中心にいた星羅はもとより、その次に近い場所で現場を見聞きしていた少女らは、広い会議室のような場所で何度も同じ確認を取らされた。警察にしてみれば万に一つの誤りがあってはならないが故のことだったが、幾度となく同じ質問をされたら精神的に消耗するし、自分の記憶に自信がなくなる。動画や通話履歴、カラオケ中の男子たちを呼ぶために何度もSNSに呼びかけた際の画面を見せられなかったら、取り調べはもっと長引いていただろう。警察が用意してくれたお菓子やジュースも、一時的な現実逃避に役立った。

 ちなみにカラオケに夢中だった男子らは現在、寮で橋本にこってりと絞られている。

 日がすっかり沈んだ山道を、学園に向けてシャトルバスが進んでいく。

「ありがとう、柳内さん。助けてくれて」

「……ううん、平気」

 牧子が少し赤い目で振り返ると、星羅は目を泳がせて答えた。

 度重なる質問に疲弊して、途中で牧子が泣き出したことがあった。少し離れた場所にいた星羅が、馴染みらしい警察官をからかい半分で非難する。

「あーあ、泣かせたー」

「えっ、いや、泣かせたかったわけじゃ……!」

「そうやって追い込むから、たまに『人の心はないのか』って非難を浴びるんじゃん」

「こっちも仕事だからやってるんだが? 泣かせたいわけじゃないからな?」

「その子を泣き止ませてから言ってよ。説得力皆無だけど」

 頬杖を突いたまま意地悪そうに笑う星羅は、学校の時と違って饒舌かつ表情豊かだった。人形から人間に戻った星羅の言動に、奏たちが事情聴取を放棄してしまったのは仕方がない。だって、今日までどれほど頑張っても、あんな風に応えてくれなかったのだから。

 神崎らと別れてシャトルバスに乗り込む頃には、ある意味で見慣れてしまった彼女に戻ってしまったが。

「でも、よかったの? 被害届を出さなくて」

 隣に座る奏が星羅に訊ねた。あれだけしつこく事情を聞かれたのに、結局星羅は被害届を出さなかった。公衆の面前で暴言を吐かれた上、下手をすれば自殺の強要までされかねなかったのだ。たとえ厳重注意と不起訴で終わろうとも、被害届を出されればそれだけで相手に大ダメージを与えられるのに。

「……ん、あとでちゃんと縁を切る」

 星羅はそう言って、なにかをヒュッと切る動作をした。

「せめてもの情けで、メインの連中だけ切ったのが仇になったから」

「警察の方でも言ってたよね。縁を切るってどうするの?」

 縁を切る、なんて比喩はよくある。二度と接触しないしさせない。すれ違っても赤の他人を貫く。それが公的に力を発揮するのが接近禁止の公文書だ。これを破れば罰金などのペナルティが加わる。

 しかし、星羅の言い方は少し違う気がした。警察署でも同じ言葉を聞いた神崎が「弁護士に相談してくる」とどこか疲れた顔で言っていた。

「〝アーツ〟を使う」

 星羅は言う。少し間を置いて、独り言のように続けた。

「……あまり言いたくなかったけど、あの〝アーツ〟には二つの能力がある」

「そうなの?」

「そう。……あれは、あたしの両親の〝コア〟から作られた。だから、二人分の能力がある」

「そんなことありえるの?」

 穂香が身を乗り出した。

〝アーツ〟は本来、一つの〝コア〟から作られる。無理に複数の〝コア〟を使おうとすれば、〝コア〟同士が反発して立派な武器にはなれない。最悪の場合、〝コア〟そのものが消滅する。

「……職人もびっくりしてた。前代未聞だって」

 星羅も首肯した。

「でもあったの。火葬場から出てきたら、棺があった場所の真ん中に。二つの台の真ん中に」

 星羅の両手が、丸い形を作る。大事そうに持つその形は、資料で見る〝コア〟よりも大きく感じた。

「お父さんとお母さんの〝コア〟は、一つになってた」


「くそ、くそ、くそ、くそッ‼」

 ガァン、とステンレス製のペン立てが悲鳴を上げる。耳障りな音が鼓膜を刺激するだけで、気分は晴れない。

 雨宮衣梨朱(いりす)は苛立っていた。無限に湧き上がる怒りのままに当たり散らしたが、物が壊れるだけでちっともストレスの解消にはならない。

「あの疫病神……! なんで私が怒られなきゃいけないの⁉」

 昼間、なんとなしに出かけて遭遇した〝死刑囚〟。あれがすべての原因だ。

 着飾っていて最初はわからなかったが、姉と一緒に何度も〝処刑〟したその顔を見間違えるはずがない。

 会ったら絶対に〝処刑〟してやる。そう思っていたのに、味方する人は誰もいなくて。警察に連行され、挙句には連絡を受けた親に泣かれ、怒鳴られ、殴られる始末だった。

「ねえお姉ちゃん! お父さんヒドくない⁉ 可愛い娘をぶったんだよ⁉」

 壁越しに姉に訴えるが、返事はない。

 姉は受験の失敗を機に引きこもりがちになった。受験を控えた大事な時期に「ナイヨーショーメー」なるものが送られてきて、動揺した姉は実力を発揮できなかった。卒業こそできたが、今度は「眠るのが怖い」と母に訴えた。聞こえてきた話を総合すれば、どうやら悪夢を見ているらしい。今では睡眠薬が手放せず、家でも顔を合わせる機会はほとんどない。

 学校でもそうだ。クラスメートの半分ほどが新学期に合わせて転校。ほとんどが仲のいい子だっただけにショックだった。クラスの数が減ると、その分付き合いが濃くなる。なのに、衣梨朱と仲良くなろうという子はいなかった。表面上は仲良くしていても、本心を見せてくれない。衣梨朱はそういうのに敏感だったから、なおさらつまらなかった。

「ああもうっ! なんでこうもうまく行かないのよ⁉」

 投げられるものがなくなって、壁を力いっぱい蹴る。すると、ゴンと鈍い音が返ってきた。姉が「うるさい」と言っている証拠だ。起きているならそう言えばいいのに。

「それもこれも、ぜんぶあいつが悪いのに……!」

 そうだ。

 ナイヨーショーメーが来たのをきっかけに、今までの生活がすべて崩れた。学校で思うように遊べなくなった。友達と呼べる子がいなくなった。姉が引きこもりになった。両親が不仲になった。母が働くようになった。父は帰ってこなくなった。

「あんな奴、さっさと殺せばよかった」

 あれが学校にいる間は、どこかで理性が働いて、みんな最後の一線はなるべく超えないようにしていた。だけど衣梨朱は限界だった。

 あれを殺せば、すべてが元通りになる。そう信じて疑わないくらいには追い詰められていた。

 親から文字通り死守したスマートフォンを起動させる。

 見つけられたのなら、もう一度見つけることだってできる。

――手段を択ばなければ。

 アドレスを直接打ち込んで表示させたのは、真っ黒い画面のホームページだった。

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